第49話 クルスは作戦を開始した
「俺達があんたの軍門に下ったのは、それ以外に生きる道がなかったと判断して納得したからだ。それがなんだ、たった五人だけでサーヴェンデルト王国そのものを敵に回せってのか!?」
先に言ってしまおう。この時の、魔王を向こうに張った威勢のいい啖呵を、俺は後悔することになる。
それもすぐに。
「え?五十万人を敵に回す?なんでそんな面倒くさいことしないといけないんですか?そんなことをして、私に何のメリットがあるんですか?」
これでボクト様が少しでも嫌そうな顔をしてくれてたらよかったんだが、さも理解できない感じで真顔で言われるのは、なかなかきついものがあった、とだけ言っておく。
その後、冒険者として培ってきた交渉術でなんとか誤解を解いてから、近隣の人族の村へと歩を進めながら改めてボクト様の意志を確認してみたところ、
「人族の国を、二度と私の周りを騒がしくできないようにしてやろうと思っています」
具体的には?
「まだ考えていません。王都につくまでに思い浮かんだらいいんですけど」
ではなぜ俺達に道案内させているんですか?
「人族のことは人族に聞くのが一番でしょう?」
もし、王都につくまでに何も考えつかなかったら?
「とりあえず、人族の国のお城以外を更地にする予定です。さすがに手足をもがれて頭だけで襲ってくるような生き物はそうそういませんからね」
……せめて具体的な方法を考えついてから行動しませんか?
「嫌ですよ、面倒くさい」
…………そこをなんとか!
「私は快適な睡眠さえ確保できればあとは何でもいいんです」
………………………じゃ、じゃあ、俺達が考えた具体的な方法が良ければ、ボクト様は採用してくれますか?
「愚問ですね。誰の案であろうと、効率的であるなら私は気にしません」
という答えが返ってきた。
ドワーフの国、ガーノラッハ王国をついこの間襲った悲劇は、俺もよく知っている。
王城と言うべき大工房を粉砕し、鉱山都市ガーノラッハを壊滅に追い込んだのが、真の姿を現した我らが魔王様その人だってことも。
サーヴェンデルト王国の王城以外を更地にする。
他の誰かの言葉ならただのほら話だが、ボクト様が言ったのならそれは間違いなく実行されるのだろう。
それも軍勢を率いてではなく、ボクト様ただ一人の力で。
それでいったいどこまでボクト様の言葉が実現されるのか、そこまではさすがに分からない。
だが、被害は最低でもガーノラッハ王国の二の舞、悪くすれば有言実行率100%になってしまう可能性も考えると、ここで口出ししないわけにもいかなかった。
だからこそ、俺は自分を褒めてやりたい。
何とかボクト様に翻意させて、サーヴェンデルト王国を滅亡の危機から救ったのだと。
そして言ってやりたい。
その代償に、俺がサーヴェンデルト王国存亡の危機を一身に背負うことになっちまったじゃねえかこんちくしょう!!と。
そんなこんながあって、とりあえず永眠の森に一番近い人族の村に到着した俺達は、村に一軒だけある宿屋の二部屋を借り、ボクト様にはそのうちの一部屋で休んでもらい、もう一部屋に『銀閃』の四人で入った後、俺は三人の仲間、ランディ、ミーシャ、マーティンと、宿屋の狭い部屋に押し込まれた二つのベッドに二人づつ腰掛ける形で向かい合った。
そう、ボクト様とサーヴェンデルト王国滅亡の瀬戸際交渉をしている最中、一切助け舟を出してくれることなく黙り込んでいた麗しき三人の仲間と。
「「「……」」」
「さて、お前らに一つ言っておくことがある。お前ら、俺を見捨てたな?」
「「「………………」」」
「いや、いいんだ。理由は分かってる。『銀閃』のコンセプトは『地味で効果的な戦術』だ。確かにあの状況は無言でやり過ごすのが正解だ。そういう意味じゃお前らの方が正しいし、むしろなんで俺はあんなこと言っちゃったんだろうと後悔してるくらいだ。だが、一方で俺の行動が正しかったと思ってるからこそ、お前らは逆に不満を言うこともなかったはずだ、違うか?」
「……まあ、その通りだ、リーダー」
ここでようやく、サブリーダー的役割を果たすことが多いランディが口を開いた。
「そうね、さすがに王国滅亡とか、話についていけないけど」
「それって、僕達の故郷も滅びちゃうってことですもんね……」
続いてミーシャとマーティンも頷きながらそう言った。
よし、これで『銀閃』として、最低限の同意は得られた。
ならあとは、どう行動するか、だ。
「この問題のキモは、どれだけボクト様が力を振るう機会を減らすか、って一点だ。つまり、最小限の戦闘で最大限の効果を発揮できるかにかかってる」
「おいクルス、それってつまり……」
「ああ。正直規模が違い過ぎて今すぐ逃げ出したくなるような思いでいっぱいだが、正に俺達『銀閃』のやり方を、そのままそっくり応用できると思わないか?」
それから十日ほどの間、俺達はこの村に留まり続けた。最小限の被害でサーヴェンデルト王国に永眠の森に二度と手を出させないようにするための作戦を考える時間が必要だったからだ。
第一の懸念は、ボクト様が俺達にその時間を与えてくれるかどうかだったのだが、
「どうぞどうぞ、それがあなた達の『最速』なんでしょうから」
……なんだこの信頼。
いや、そうじゃないかもな。どう話が転ぼうとも、最終的には力づくでなんとかできるっていう自信の裏返しの言葉なんだろう。
まあ、やることに変わりはないからいいか。
第二に、この十日間の五人分の宿屋代などの滞在費だが、これも特に問題はなかった。
俺たち自身の所持金を使うまでもなく、フランチェスカ様が当座の資金を用意してくれたのだ。
最初は馬車一杯分の金銀財宝を積み上げられて慌てたが、とりあえずボクト様を含めた一年旅に出ても大丈夫なくらいの金をいただいてから出発した。
おそらくあの資金の出所は、これまで永眠の森に攻めこんできた軍やら冒険者やらからぶんどったものなんだろうが……考えても仕方ないな。
大事なのは、俺達の手持ちを減らさずに旅ができてるっていう事実だ。
ちなみに、高価な武具や装飾品の類は一切持ってこなかった。
ああいうのは、見る人が見れば一発で元の持ち主の身元に行き着いてしまう。これが冒険者ギルドを通した依頼なら、いくらかの報酬を引き換えに返還できたりもするんだが、今それをやると野盗と勘違いされてしまう危険があった。
金は必要な分だけ手元に置いておくのが一番だ。
そしてもちろんこの十日間、何も行動していなかったわけじゃない。
むしろ作戦の企画立案、そしてシミュレーションは三日ほどで終わっている。
じゃああとの七日間、俺達が何をしていたかと言うと、ただひたすら待っていた。
いや、さすがにこれだけじゃ誤解を生むだろうから正確に言うと、四日目に書いた数通の、そして全く同じ文面の手紙の返事を待っていた。
ある人物に俺達がこの村に滞在しているという、ただそれだけの文面を書き、その便箋を極一部の者にしかわからないいくつかの細工を施した封筒に入れて開け口にロウを垂らして『銀閃』の表向きの紋章が入った
そして基本ダラダラと、時に退屈しのぎに村の近くの小型の魔物を狩って村に迷惑料代わりにプレゼントしたりしながら七日間を過ごした。
その間、ボクト様は一切部屋から出ず、村の人達への言い訳に苦労したのはご愛嬌と言うべきだろうか。
そしてこの村に滞在して十一日目、王都方面の地平線に複数の土煙が立っていると村人から聞いた俺は、村の入口まで見に行った。
村人たちはすわ魔物か、それとも盗賊かと大騒ぎしていたが、俺は一向にそんな心配はしていなかった。もちろん、見に来ることすらしてない三人の仲間も同様だ。
そして土煙がだんだんと大きくなりその正体を見せ始めると、村人たちの動揺が全く別のものになった。
土煙の正体は魔物でも盗賊でも、はたまた商隊でも騎士団でもない。当然だ、俺が呼んだものだからな。
土煙の中にあっても煌びやかに見える豪奢な装飾の馬車。それが二台。
剣と斧をモチーフにした旗を計四本はためかせながら爆進するのは、冒険者ギルドの貴賓用馬車だと遠目にもわかった。
やがて村の入り口前に停車した二台から屈強そうな御者が降り、馬車の扉に手をかけた。
その前に立っているのは俺一人。村人は怖がって全員村の方から遠巻きに見ている。
「クルス!!無事だったか!!」
御者が扉を開けるや否や、突進するように俺に迫ってきたのは、冒険者ギルドグランドマスター、その人だった。
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