第50話 クルスは橋を架けてグランドマスターを脅した

「あ~~、これまで何をしていたとかなんで今まで連絡しなかったとか、言いたいことは山ほどあるが、まずは言わせてくれ。よく戻ってきた」


 開口一番、俺達『銀閃』の無事を喜んでくれた、冒険者ギルドの最高責任者、グランドマスター。

 王家の血を引いているやんごとなき御方らしいのだが、事情があって正式な身分を名乗れない立場にあるらしい、気のいいおっさんだ。

 俺が出した手紙に即応してこんな田舎まで出張って来てくれる事実が、その人柄をよく表していた。


「まったく、こんなとこまでこの俺を引っ張り出しやがって。これでも、王都の外に出るとなるといろんなところにお伺いを立てなきゃならん立場なんだぞ?それでなくともクソ忙しいってのに……手紙一つで俺を呼び出せる奴なんて、平民じゃお前くらいだぞ、クルス」


 訂正しよう、けっこう大変なことだったらしい。


「それで、俺をわざわざ呼び出した用件ってのはいったいなんなんだ?手紙には特に書いてなかったが、もちろん王国の今後を揺るがす一大事なんだろうな?そうだよな?ていうかそうだと言ってくれ。その通りのことじゃねえと、王都を出る時の言い訳にそうでっち上げた俺の首が飛びかねねえんだよ。ただでさえアッチも、こんな仕事辞めて自分を手伝えってうるさいくらいなのに……」


 後半はなんか独り言臭かったので相当追い詰められている(自業自得ともいう)感じだが、さすがもさすが、ドンピシャだ。


「安心してください。俺達があの、永眠の森から持ち帰ったのは、紛れもない一大事ですよ」


 俺はそう言いつつ、背後の村の方を意味有り気に見ながらグランドマスターの耳元へ顔を寄せた。


「お探しのリートノルド子爵家の印章を持ち帰ったんですから」






 これ以上を立ち話でするのは、ということで、俺達『銀閃』の四人とグランドマスター、そして村から連れてきたボクト様の計六人は本格的な話をするために宿屋へ、ではなく、グランドマスターが乗ってきたギルド専用の貴賓用馬車二台に乗り込むことになった。

 それというのもこの貴賓用馬車、それこそ王族が利用しても恥ずかしくないほどの費用がかけられており、移動手段だけでなく宿泊にも耐えうるスペースと設備を備えていると聞いたことがある。

 さらに噂では……その、あの、あれだ、やんごとなき身分の男と女が誰にも気づかれずに忍び会いむつみ合ってゴニョゴニョ……的な目的にも使えるらしい。

 もちろん御者はそれらの秘密を完璧に守れる、かつ護衛役としての実力も兼ね備えた特別な人材があてがわれており、任務中に見聞きしたことを一切口外しないほか、緊急時と呼びかけられた時以外は絶対に口を開かないらしい。


 貴賓用馬車のビロードのソファに腰かけたグランドマスターがそんな説明を簡単にして安全性をアピールした後、向かい合って座る俺、そしてその隣のボクト様に改めて向き直った。

 ちなみに言うまでもないが、もう一台の馬車にはランディ、ミーシャ、マーティンの三人が乗っている。


「んで、この兄ちゃんはいったい誰なんだ?」


「もちろん、今回の一件の当事者ですよ」


「んなこたあわかってるよ。じゃなきゃ、わざわざ俺の前に座らせたりはしないだろ。俺が聞きたいのはこいつの出自だ。まさかただの平民ってわけじゃねえよな?な?」


 うんうん、俺があえて回りくどい言い方をしてるせいもあって、普段の懐の深い感じとは違ってかなりイラついてるな。

 悪いが、もう少しもったいぶらせてもらうさ。もう少し焦らして、ある程度の心構えをしてもらわんことにはまともに聞いてさえくれなさそうなんでね。


「いい加減にしろクルス!お前が何を言いにくそうにしてるのか知らんが、俺も暇じゃないんだ、さっさと吐け!」


 それから何度か言を左右にして答えをはぐらかした後、とうとうグランドマスターはしびれを切らした。


 ……ここいらが限界だな、仕掛けるか。


「だから、後継者ですよ。それも正当な」


「……なんだと?」


 いきなり俺が核心を突く言葉を出したので、さすがのグランドマスターも反応が鈍い。狙ってやってるから当然なんだけどな。

 作戦の第一段階、そのキーとなるのが目の前のグランドマスターだ。

 説明はゆっくりとバカ丁寧に。ある程度相手をイラつかせた方が、情報ってのは信じ込ませやすいからな。


「こいつが、いや、この方こそが、リートノルド子爵が死の直前に印章と共に後を託した腹違いの弟君、ボクト様なのですよ」


「は……はぁあ?」






 それから俺は語った。亜人魔族どもが永眠の森と呼んでいる魔族の領域における、聞くも涙語るも涙の一大冒険譚を。


 見送ってくれた近衛騎士団の期待を一身に背負って森に侵入、厄介極まる妖精族の妨害に遭いながらも決してくじけることなく前進し、リートノルドの街で待ち受けていた恐ろしい魔族とも見事に対峙。その後、リートノルド子爵邸の隠し部屋に印章と共に潜んでいたボクト様を運よく発見し街を脱出。帰路を阻む亜人魔族の大軍と激戦を繰り広げながらもなんとか一人の死者も出さずに生還したが、追手の目を逃れるために幾度となく森の中を行ったり来たりしたので時間がかかったのだ、と。


 まあ、嘘なんだけどな。


 特に後半部分は俺の完全な創作だ。といっても、俺にはこの手の才能は無かったらしく、大分仲間の助言と手直しをもらったけどな。


 当然、ボクト様もグルだ。

 頼んだのは、俺の言うことに時々頷いてくれ、という一点だけ。

 下手な芝居は必ずボロが出る(タイプにしか見えない)し、そもそも演技できるタイプに全く見えない。


 まあ幸いというか、グランドマスターはボクト様の方には疑いの目を向けなかった。


 疑ったのは俺の話の方だ。


「クルス、嘘をつくにしてももう少しましな嘘を付けよ」


「え?全て実体験に基づいた嘘偽りのない真実ですが何か?」


「その言い方がすでに嘘くさいんだよ。そこ前言うならこっちも言ってやる。いいか」


 そう言って、グランドマスターは俺の作り話のあらを指摘し始めた。


 ふたを開けてみれば、まあ粗どころか穴だらけのストーリー構成だとはっきりと突き付けられてしまった。

 ほぼ実話の行きのくだりはともかく、リートノルドの街での戦いがまるで触れられてないとか、子爵の腹違いの弟の噂を一つも聞いたことがないとか、隠れるにしても従者の一人も連れずに一人きりでいたこととか。他にも細かい点を挙げればキリがないそうだ。


「決定的だったのはな、お前らが死者無しどころか、護衛多少含めて五人全員五体満足で森から脱出できたってところだ。一般市民どころか、名うての冒険者や騎士が侵入して帰ってこなかったってのに、足手まといを連れてちゃいくら『銀閃』だってただで済むわけねえだろうが」


 うん、まあ、ぐうの音も出なかった。

 だって、全部その通りだと俺でも思うからな。


 むしろ俺の狙いの本命は、おっさんがほら話と分かった上で俺達の話に乗ってくれるか、という一点だったんだが、見事に当てが外れた。

 当然の話だが、やはり俺達への信用よりもグランドマスターとしての責務の方が勝ったということだろう。


 それならそれで仕方がない。


 プランBと行こう。


「仰る通り、彼はリートノルド子爵の腹違いの弟なんかじゃありません」


「てめえ、非公式の場とは言え、この俺に向かってその手のほらを吹くことがどういうことか、わかってんだろうな?」


 フランクな口調こそ変わってないが、これまで見たこともないような冷徹な視線で俺を射抜いてくるグランドマスター。 

 王族にとって貴族家の継承問題はもっともデリケートな部類に入るのは分かってる。そりゃあ、グランドマスターだって怒髪天を衝くだろう。


 だが、そこを曲げてでも、この普段は気のいいおっさんには騙された振りをしていてほしかった。

 それが、一番グランドマスターを巻き込まない方法だと信じていたからだ。


 だがまあ、グランドマスターが俺の作戦の重要なピースであることには変わりないし、見て見ぬ振りができないって言うんならしょうがない。


「彼、この方の正体はトレント、あの魔族の領域の森を支配する永眠の魔王ボクト様ですよ」


「………………おいおい、二度も続けてほらを吹いたとあっちゃあ、さすがに俺も庇いきれ――!?」


「庇ってもらわなくて結構。ていうか残念ながら、今の俺は庇ってもらえるような立場じゃなくなったんでね。というわけで大人しくしてくださいよ。こんなつまらないことでアンタを殺したくない」


 グランドマスターの言葉を途中で止めたのは、俺の愛用の剣の切っ先。

 不敬にも暴力的手段でグランドマスターの動きを封じた俺は、今までと変わらないトーンで話を続けた。


「クルス……!?」


「アンタならわかるよな。偽者でも洗脳されてるわけでもなく、紛れもない俺自身が今アンタに剣を向けてることを。心配しなくても何もしやしないさ。ただちょっとばかり、この馬車をあるところへ走らせてもらいたいだけだ」


「……断ったら?」


「哀れな御者の死体がここに残って、アンタと俺達だけで向かうことになるだけの話だ」


「…………わかった。言う通りにしよう」


 この貴賓用馬車は、窓にはカーテンが引かれさらに完全防音のため、外から中の様子を窺うことはできないが、馬車内部に取り付けられた伝声管で御者に命令を出すことは可能だった。

 その伝声管を使ってグランドマスターは俺の指示通りに目的地を告げ、御者に向かわせた。






「殺すならさっさと殺せ。ここなら、貴様の狙い通りに事故に見せかけることも可能だろう」


 諦め顔で俺にそう問いかけるグランドマスター。

 それもそのはず、俺達が今日まで滞在していた村から馬車を走らせてもそれほど離れていないこの場所は、最近起きた大規模な地殻変動で、大地が大きく裂けて生まれた大きな峡谷の淵だったのだから。

 およそ数キロにわたってできたその裂け目の幅は大きく、徒歩で渡るには大きく迂回して断裂の端まで行くしか方法はない。

 本来なら橋を架けるべきなんだろうが、費用問題や魔族の領域に比較的近いせいもあって、周辺の町や村の要望があるにもかかわらず未だに建設のめどは立っていないそうだ。


 そして、今俺達がいるのが、断裂のほぼ中間地点。よほどのもの好きでない限りこんな道のない場所に来る者など一人もいないだろう。

 そんな場所で、二台の貴賓用馬車を離れた場所で待機させて峡谷の淵に並んで立つボクト様を含んだ俺達五人、そしてグランドマスターの計六人。そしてグランドマスターの言う通り、まさに事故死に見せかけて殺すにはおあつらえ向きのシチュエーションと言えた。


 まあ、そんな無意味なことは頼まれてもやらんのだが。


「まさか、殺すわけがない。こんな何もない場所だからこそ、アンタにお見せしたいものがあるんですよ」


「今度はなんだ?まさか今度は俺に腹違いの弟がいるとかいう気じゃねえよな?」


「それこそまさかですね。これから見せるのは証拠なんて生温いもんじゃない、疑う余地なんか微塵もなくなるほどの圧倒的な力ですよ」


 そうグランドマスターに言い放った俺は、その反対側の隣にいるボクト様に、あらかじめ合図として覚えてもらった目配せでとある作業をお願いした。

 正直憶えてくれているか半信半疑だったが、幸いボクト様は小さく頷いた後で峡谷の反対側の方へ右手を向けた。


 パキ パキパキパキ


 聞こえてくるのは、氷が次々とひび割れるような音。

 その発生源はここまで近ければ疑いようがない、ボクト様が掲げた右腕からだ。

 すでにそれまでの人族の皮膚ではなく、トレント族でしかありえない樹皮に覆われており、その内部からはこの肌で感じられるほどの生命力が溢れていた。


「まったく、道を遮るなんて悪い谷ですね。神様もひどいことしたものですよ……っと、えいや」


 ボクト様の口からそんな気の抜けた掛け声が聞こえたが、次の瞬間事前に知っていたはずの俺も含めた全員がそれどころではない衝撃に襲われた。



 橋が架かっていた。



 ……いや、ちょっと正確じゃないな。ボクト様の強大な木と化した右腕が一瞬で巨大化して峡谷の反対側まで届いてしまった、というべきだろう。

 しかも、峡谷に横たわった巨大な木はすぐにボクト様の右腕から分離すると、どういう構造なのか両端から根を生やし、そのまま崖上にガッチリと固定されてしまった。


 なんだありゃ?もう完全に自然の摂理とか無視しまくりじゃねえか……

 いや、今はグランドマスターの度肝を抜いたという事実だけを見よう。疑問を解消するのは一段落してからだ。


 しかし、事前に内容を知っていた俺達でさえ驚いたんだ。グランドマスターを襲ったショックはどれほどか。


「こ、これは……」


 まあ、予想通りに、予想以上の反応だな。

 ボクト様が魔王だという事実を信じたかどうかはさておき、間接的にではあるが数多あまたの亜人魔族の情報に触れてきたグランドマスターといえども、人族が莫大な資金と長い年月をかけて行う橋架事業を人族そっくりの姿で一瞬で終わらせてしまった非現実的な事実をその眼で見てしまった。

 それでも必死に考えを纏めようとするグランドマスターの背後に立った俺は、ギリギリ聞こえるかどうかの大きさでそっと囁いた。


「これだけの橋を一瞬で作れるのなら、仮にこの力をボクト様が王国破壊のために使ったとしたら、一体どれだけの被害が出るでしょうね。これでもボクト様の力を認めませんか?」


「お、お前はいったい何がしたいんだ?」


「簡単なことですよ」


 今にも峡谷に飛び降りそうなほど顔面蒼白で震えながら、それでも理性を失っていないグランドマスターは俺に尋ねた。

 その返答は、俺の中で最初から決まっていた。


「ボクト様をリートノルド家の後継者と、王国に正式に認めさせればいいんです」

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