第9話 起こされるよりも起きたいですマジで
「……っと、ちょっと、起きてくれないかな?」
「ふん!」
「ぐはっ……なんてね!二度も同じ手に引っかかったりは」
「ふうん!」
「ごはっ!……や、やるじゃないか朴人君。まさか大きめの種を生み出して投げてくるなんて。トレントの体に馴染んでくれているようで安心したよ……」
「おや、お久しぶりですね。いえ、そうでもないですかね。私にとってはつい先日のことですし」
「いやいや、そんなわけないじゃないか。相変わらず無茶苦茶な時間感覚してるね、君」
「その辺のことは、この体になった時にきっぱりと忘れましたから」
「切り替え早!」
「それで、今回はどんな御用なんですか?前回のような魔王の称号とかはお断りですよ」
「君ね、過去に魔王の称号を得るためにどれだけの……はあ、まあいいや。それこそ、君たちの世界の問題だしね。で、朴人君の質問の答えだけど、特にないよ」
「……それで私の至福の時間を邪魔をするのはやめてもらえませんか」
「いや、僕の方にはないだけで、起きる必要があるのはむしろ君の方だよ、朴人君」
「私、ですか?」
「まあ、僕の方にも全く用がない、というのは言い過ぎだったかもね。あまり君の周りの問題を放置しすぎると、うっかり世界が滅びるかもしれないと思ったから、こうしてまた君の前に現れたわけだしね」
「それはどういう……」
「まあ、起きるつもりになってくれたようだから、僕はこれで失礼するよ。じゃあね『永眠の魔王』。せいぜい好き勝手に生きておくれよ」
「あ、ボクト様起きました?起きてくださいね。起きてもらわないと困るんです」
「おやフラン……フランでいいんですよね?」
「そのことは後で説明します。とにかく一緒に来てください」
「わかりました。でもその前に、私の話を聞いてくれませんか?すぐに済みますから」
「……もう、ちょっとだけですよ」
「ありがとうございます。いえですね、私は寝ている間に何度も夢を見るたちでして、今回も何度か夢を見たのですが、どれも素晴らしいものでした。ただ、最後の夢だけは、植物のツルで全身を拘束されてギリギリと締め付けれらるという不可解なものだったんですよ」
「へ、へえええええええエえぇぇぇ……しょ、しょれは災難でしたね?」
「いえ、他にも変な夢は見ましたね……」
「ボクト様?」
「なんでもありません。では行きましょうフラン。何があったのかは道々聞きます」
「え?ついてきてくださるんですか?」
「何をいまさら。フランが私を起こしたのでしょう」
「いえ、そうなんですけど、こんなに素直にお願いを聞いてもらえるとは思っていなかったので……」
「必要があると思ったからこそ、フランは私を起こしに来たのでしょう?それくらいの分別は私にもありますし、フランのことも信頼しています。なにしろ、私の唯一の眷属なのですから」
「え!?……えへへ、ありがとうございます。ボクト様にそう言ってもらえてとっても嬉し……ちょ、ちょっと、置いて行かないで下さーい!」
久しぶりに日の当たる場所に出て来たにしては、朴人の目は日の光に眩まされることはなかった。
これもトレントになった影響なんだろうかと思いながら、元リートノルドの街を見渡す。
「変わっていませんね」
元、と表現した通り、すでに街に人族の気配はなく、その元凶である朴人の力でリートノルド全体が森に飲みこまれたような緑一色の景色に変貌している。
もっとも、寝る場所を確保したいという無茶苦茶な理由で、朴人が建物に一切被害を及ぼさない形で生やした木々の姿は不自然極まりないものだったが。
その記憶している限りの木々や枝葉の様子があまり成長していないなと朴人は感じたのだ。
「それはそうですよボクト様。いくら一月も眠り続けていたといっても、そうそう自然の景色なんて変わるはずがないじゃないですか」
「一月?フラン、まだ一月しか経っていないんですか?」
そう訊き返した朴人の体から次々と毒々しい色をした植物が芽を出し始めた。
安眠を邪魔されたことで、急速に不機嫌になっていく自分の感情を抑えるつもりが、朴人自身に無かったからだ。
抑えることが「できなかった」わけではないところは、良くも悪くも朴人ならではだろう。
「わわっ、しまってくださいボクト様!その猛獣の牙みたいな花びらを持ってる植物から滴っている雫が地面の草を真っ黒にしちゃってますから!」
「ああ、確かに地面が腐っていきますね」
「ていうかなんですかその花は!ボクト様の眷属になった私より魔力量が多いじゃないですか!」
「さあ?」
「さあ、て!?」
「フランはいちいち大げさですね。そこまで気になるのなら、ほら消しました」
朴人がそう言った途端に、全ての植物が真っ黒に枯れ果てて地面に落ちていく。
そして朴人がその辺りをぐしぐしと踏みつけると、まるでイリュージョンのように元の青々とした草の地面に戻っていた。
「うぅ……つ、突っ込みません。突っ込みませんよ私は!」
「フランが何を言っているのかよくわかりませんね。それよりも行きますよ。どんな問題なのか知りませんが、手早く片付けてしまいますよ。私はまだまだ寝足りないのです」
「あっ、待ってくださいボクト様ー!」
フランが目の前で起きたあまりに非常識な現実と戦っている間にも朴人はマイペースに歩き出し、慌てて彼女がその後を追いかけた。
フランの案内もないのに迷いなく進み続ける朴人。
果たしてただの偶然だったのか、それとも何か感じるものがあったのかは本人のみぞ知るところだが、ともあれ進行方向の先、元リートノルドの街の入口広場に位置する場所にその光景はあった。
「なんだ貴様は?」
最初に話しかけてきたのは、本物の二倍のサイズはありそうな二足歩行の黒い狼。
「人族……が今のこの森にいるわけありませんね」
そう独り言を言ったのは、とがった耳を持った色白で細身の美女。
「どっちでもいいじゃない。邪魔になるなら殺しちゃえばいいんだから」
「もう!ファラはすぐそんなこと言う!」
そんな物騒な会話をしているのは、出会った頃のフランのように宙に浮いた状態の手のひらサイズの瓜二つの二人の女の子。
「あなた達はバカですか。この状況で軽率な行動を取った種族は、即刻他の者達から追い出されると分からないのですか?」
「「なによ!!」」
そんな双子と言い争いになっているのは、両腕のあるはずの位置に白い羽、足の部分は鉤爪になっている妙齢の女性。
「ワシは何でもいい。とにかく安住の地を得られさえすればな」
辛うじて聞き取れるようなしゃがれた小声で呟いたのは、その声に似合わない巨体、というより巨木に目と口がついた存在。
おそらくは朴人と同じトレント族なのだろうと思われる老人だった。
いや、それだけではない。
「みなさん、お待たせしました」
ザワ
ようやく追いついたフランが声をかけた途端、それらすべて、入り口広場を埋め尽くすほど密集している種々雑多な種族が一斉に朴人達の方を向いた。
朴人がざっと見ただけでも、その数千以上。
朴人が眠りに付く前にはこの森には絶対にいなかったであろう亜人、魔族、魔獣などが元リートノルドの街に集結していた。
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