第10話 面倒事は苦手なので

「みなさん、こちらにおわすのがこの森の所有者にして私の主、ボクト様です!」


 精一杯声を張り上げたフランがいきなり朴人の自己紹介をする辺り、やはりここにいる者達が無理やり起こされた原因、少なくともその一つだと彼にも直感できた。

 そして彼らの方もまた朴人に用事があるらしく、広場に集まっている亜人、魔族などの全てが一言も発さずにじっと見つめてきた。


 まさに朴人の一挙手一投足が注目されている場面。


 そんな誰が緊張するだろう状況の中、朴人は一言だけ喋った。


「フラン、ちょっとこっちへ」


「なんですかボクトさまままままってまって!私と話がしたいのは分かりましたからせめて掴むのは手にしてください耳は痛いいたいいたいいたい!」


 当然、朴人の行動待ちだったのに見事に無視された広場の面々は、そのままの姿勢でしばらくの間固まるしかなかった。






 幸い、耳を引っ張られる格好で連行されたフランが解放されたのは、入口広場から程近い民家の一軒の中だった。


「さてフラン、私は君に確認することがあります。私が眠りに付く際に君に与えた権限を憶えていますか?」


「さ、さあーて、なんだったでしょうね?ふ、ふひゅ~」


 ちなみに、出会った頃の幼女の姿と違って朴人の眷属となった今のフランの姿は、すれ違った十人中十人が思わず振り向くような絶世の美少女である。


 想像してほしい。声をかけるのもためらわれるような可憐な美少女が、冷や汗を掻きながらあからさまに顔を背けて口笛を吹いて誤魔化している姿を。

 誰もがその残念ぶりにがっかりし、会話をしていたことも忘れて絶句することだろう。

 そして、見てはいけないものを見てしまったような気持ちになって、強引に話題を変えてしまうことだろう。


「私は全ての権限を与えると言ったんです。この程度の単純な話を忘れてしまったというのですか?」


 そんなことはさておいて、真顔の朴人の追及が止むことはなかった。


「イイエ!忘れてなんかいませんよーだ!」


 顔を真っ赤にしながらフランはやけくそ気味に叫んだ。


 ひょっとしたら入口の広場で待っている連中に聞こえてしまったかもしれないが、恥ずかしい真似までしたのに朴人に見事にスルーされてさらに泣きそうなくらいに羞恥心が込み上げてきている。

 というより、ちょっと涙目になっていた。


「だってしょうがないじゃないですか!いくらボクト様がそう言ってくれていても、あれだけの数と種族の人達をボクト様から与えられた権限一つで納得させられるわけありませんよ!」


「だったら力づくで黙らせるか追い出せばいいじゃないですか」


「怖い!ボクト様の傍若無人ぶりが怖い!そのボクト様に命を救われた私が言えた義理じゃないんですけれど!」


 険しい顔を両手で覆いながら苦悩するフラン。ますます残念美少女ぶりに拍車がかかってくるが、その程度で朴人の心は揺らがない。

 思いのたけをぶつける部下に、それを見守る上司。ウィンウィンな関係がそこにはあった。


 ひとしきり荒ぶってからようやく落ち着きを取り戻したフランが、溜息を一つ吐いてから言った。


「そんな簡単な話じゃないんですよ。確かにあの中にはぶん殴りたくなるようなムカつく人もいましたけれど、人族に故郷を追われてここに移住したいっていう平和的な種族もいるんですから。特に厄介なのが、あの中に一人だけ『爵位持ち』の方がいらっしゃるんですよ」


「『爵位持ち』ってなんですか?リートノルド子爵のような?」


「な、なんで知らないんですか!?……って、ボクト様は魔族の常識をほとんど知らないんでしたね」


「忘れてもらっては困りますよフラン。私の知識不足を補うのが、貴方を眷属にしたそもそもの理由なのですから」


「まあそうなんですけど……わかりました、爵位について今から説明しますので、日が真上に来るまで時間をください。まずはその間広場の皆さんに待ってもらうよう……」


「それには及びません。フラン、私が百まで数える間に説明しきってください。あ、入口の方が騒がしくなったとしても気にしなくていいですよ。それくらいは聞き分けられるので」


「そうですよねボクト様がそんなに長い間私の話を聞いてはくれませんよねせいぜい――百!?今百と言いましたかボクト様……百!?」


「あんまり一度に多くのことを覚えようとすると、寝つきが悪くなるんですよ」


 ここで説明しておこう。

 魔王や爵位といった階級が存在する以上、この世界にもそれにふさわしい歴史というものが存在する。

 真面目な性格のフランは魔族の歴史の概要だけでも朴人に理解してもらおうと張り切ったわけだが、あっさりと当の本人から拒絶されてしまった。


 しかし、百はない。

 百数える間だけで説明しろなんて広場で待っている魔族が聞いたら、あまりの侮辱に誰だって殺し合いを望んでいると確信するだろう。

 完全に魔族という存在をコケにするような朴人の要望に、フランは思わず二度見し二度聞き返した。

 しかし朴人は口を開くどころか眉一つ動かさない。

 こうなっては梃子でも朴人は考えを曲げないと少ない交流で思い知っていたフランに選択肢などなかった。


 こうして、フランは説明した。

 他の者、とりわけ魔族が聞いたら苦笑するか失笑するか嘲笑するか殺傷するかしかない、あまりにあんまりな魔族の歴史の説明は、なんとか朴人の命じた時間内に終わった。


「……なるほど、フランがその爵位持ちの魔族に手を出せなかった理由は分かりました。では行きましょうか」


「ちょ、ちょっと待ってくださいボクト様!?私には何のことかさっぱり……」


「ではフラン、一つだけ命じます。黙って私に従いなさい」


「そ、その命令は反則ですよ……」


 そう言われてはそれ以上抗弁できずに付き従うフランに、それを確認しようともせずに歩きだした朴人。

 そして広場へと戻ってきた朴人達に再び視線が集まると、先ほど一番先に言葉を発した黒狼の魔族がいきり立ちながら近づいてきた。


「おい貴様、俺を待たせるとは言い度胸だな!俺を荒迅の魔王陛下から男爵位を授かる黒爪のゲルドと知っての無礼ならどうなるか分かって……」


 その恫喝にボクトは答えない。


 フランが件の爵位持ちだといわんばかりに朴人の服を引っ張っていたり、まさにその当人が爵位持ちと自ら名乗ったり、広場の面々が一様に黒狼の魔族に向けて怯えたような視線を送ったからだったり、もっともらしい理由を付けようと思えばいくらでもある。


 だがつまるところ、朴人の頭の中にあったのはこの一点だった。

 つまり、


「ああ、そういうのはいいです。面倒なので」



 パキパキパキ      シュルルルルルッッッ  ダァンッ



「ガハッ!?」


 難しいことを考えたくなかった朴人は左腕の辺りから生やした複数の細いツルを操って一瞬の間に黒狼の獣人を拘束、うるさい長口上を終わらせるために軽く地面に叩きつけた。


「さて、話し合いを始めましょうか」

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