第37話 はい、わたしがやりました

 たとえ何十万回踏みつけようとも子揺るぎもしないように、素材の厳選に始まり設計加工された、ガーノラッハ王国の王城の機能を併せ持つ大工房の床一面に敷き詰められた石畳。

 先祖代々不動の象徴でもあったその石畳が崩れてその下から魔王と自称する男が出てきた時、ガーノラッハとギルムンドは信仰を穢されたような思いを全くの同時に感じ、ショックを受けた。


 違いが出たのはその先だった。


「おのれ魔王め!我らが祖先の遺産を破壊するとは許せん!!」


「待てギルムンド!迂闊に近づくな!」


 先手必勝とばかりに人族の倍の大きさはありそうな拳を振りかぶったギルムンド。

 それを制止しようと声を上げながら、少しでも石畳の下から現れた男の情報を得ようと観察するガーノラッハ。


 静と動。見事に分かれた二人の判断だったが、王命を無視してまで謎の男に襲い掛かるギルムンドを、しかしガーノラッハはそれ以上制止することができなかった。


(すでに距離が離れすぎていて間に合わん。いや、それよりもだ、あの男はどうやって石畳の下に潜り込んだ?わざわざ石畳を一度はがして身を入れた?バカな、そんなことをすればワシらがこの部屋に入った時に気づく。それにあの体分の土をどこに隠すというのだ?なによりここに至るまでに警備の者に気づかれぬはずがない。ならば残る答えは一つだが、それこそ……)


 ここまでの思考をわずか数瞬で連ねていったガーノラッハだったが、最初に予感していた通りやはり答えは出ない。

 となると、ギルムンドを強く止めなかった己の判断もまた答えの一つだったと信じるしかない。


(ギルムンドの拳はドワーフ謹製の装甲を一撃で歪ませるほどの威力。殺さぬように手加減はするであろうが、まずは捕らえて……)


 ガーノラッハがそこまで思考した瞬間、その結果はすぐに表れた――予想外の形で。


「ぐああ!?」


 苦悶の声を上げながら後ずさったのは、まさかのギルムンドの方。

 完全防音の施された執務室内にほぼ同時に響いたのは生き物の肉と骨を叩く嫌な音ではなく、まるで鉄の柱を叩いたかのような重い金属音だった。


 そして、殴られた方の朴人は、


「おお、全身に響くずしりとした一撃でしたね。ちょっと面白いです」


「バ、バカな……」


 膂力だけなら大型の魔物にすら引けを取らないギルムンドの拳を受けたはずの謎の男が、地中から這い出してきた時と全く同じ位置に立っていた。


「き、貴様は……」


「ああ、話の途中でしたね」


 そんなガーノラッハのショックを知ってか知らずか、朴人は勝手気ままに喋り始める。


「あなた達に私の寝床を荒らされるのは困るんですよね。かといって普通に抵抗して戦ったとしても、それはそれで寝床が荒らされるのでそれも困る。だからこっちに来られないように邪魔をさせてもらいました」


「な、なにを……?」


「簡単ですよ。貴方達が永眠の森に来られないように、成長力と再生力だけが取り柄の木の種を国境沿いに蒔かせてもらったんです。いやあ大変でしたよ、なにしろあなたたちドワーフがどの進路を取るか知らないのでこの国をぐるりと取り囲むように一周しないといけませんでしたから」


 自分の都合だけで喋り続ける朴人に、ガーノラッハの思考は全くついていけていない。

 それでも、分かったことが一つあった。


「お、お前、お前が……」


「はい、私がやりました」


(……なんだこの男は?いや、そもそも人族なのか?)


 こともなげに言う朴人の言葉を聞けば聞くほど、冴えない人族の男にしか見えない朴人の姿を見れば見るほど、ガーノラッハの混乱は増していく。


「騙されてはなりませぬぞ王よ!」


 その大声に、砕けた自らの拳の傷みに呻いていたはずのギルムンドの姿を横目に見る。

 朴人との会話にガーノラッハが気を取られている間にいつの間にかに移動していたギルムンドの残った左腕が石積みの壁の一つを押すと、その部分だけが深く沈みこんだ。


「ま、待て!!」


 ガーノラッハが叫んだのは、ギルムンドが発動させた仕掛けに対して。

 それは、定番の釣り天井や落とし穴といった類のものではなく、もっと恐ろしくて信頼のおけるもの、この大工房に王の影護衛として常に側に控えている『漆黒の針』に不審者を始末させるための必殺の罠だった。


 だが、


「曲者だ!出でよ、出でよ!!」


 ギルムンドがどれだけ石壁のスイッチを叩こうとも、どれだけ叫んでも、一向に影護衛が姿を現す様子がない。


 なぜなら、


「……今終わりました。ええと、この度はご愁傷さまでした。いや、それとも、大変頑張りましたの方がいいですかね?」


「貴様、何をした!?」


 砕けた拳の傷みも加わってか、悲鳴のように朴人に問い質すギルムンド。

 対する朴人は、やはり平静のままこともなげに話す。


「もちろん、面倒にならないように、そこらへんに張ってある根っこで全身の骨を砕いて、その『漆黒の針』というドワーフの人達にこの世からご退場いただいたんですよ」


「ね、ねっこ……?」


「この国中に張り巡らせている根っこのことですよ……って、まだ説明していませんでしたかね?」


 話の順番が飛んでいるらしいのでもちろんガーノラッハとギルムンドには何のことだかわかっていないが、構わずに朴人は喋り続ける。


「さっき、国境沿いに蒔いた、成長力と再生力だけが取り柄のきの種の話をしたでしょう?当然その急激な成長には大量の栄養と水が必要なんですけど、今回は蒔いた種の数も膨大だったので水もそれ相応の量が必要だったんですよ。となると、水確保の手段は二つに一つ、この国の外に求めるか……」


「我が国の水が枯れ果てたのは貴様のせいか!?」


 もはや王の威厳をかなぐり捨てて朴人の話の腰を折ったガーノラッハだったが、知らされた事実の前にはその程度のことを気にしている余裕はなかった。


「ああ、そこまで水がなくなっちゃったんですか。それはちょっと予想外でしたけど……まあ、先にケンカを売ってきたのはそっちなので問題ないですよね?」


「そんなはったりが我が王に通用すると思ったか、この痴れ者め!!」


 元帥としての立場も思考力も失って朴人に喚き散らしているギルムンド。

 少なくともその姿からは、あえて感情的に演じることで相手の情報を引き出そうとしているようにはとても見えない。


 だが、そんなギルムンドの乱心ぶりが、逆にガーノラッハに心の余裕を与えた。


(そうだ、今はすでに戦時。今ある情報を基に、王として常に最悪の事態も想定して動かねばならぬ……)


 そこまで考えて、今自分が打てる手がほぼ皆無だという事実にぶち当たってガーノラッハは愕然とした。


(……この男の言を信じるなら、今この部屋は完全に包囲されている。助けを呼ぶ手段はあるにはあるが、『漆黒の針』を瞬時に全滅させるような者に対して多少の援軍など焼け石に水。当然、街に残っている軍を動かそうにも命自体が下せぬ)


 やはり今の自分に打てる手はほぼ無い。

 そこに考えが落ち着いたガーノラッハは、最も肝心なことを相手から聞いていないことに今更ながら気づいた。


「……ここまでしておきながら、ワシとギルムンドに手を掛けていないのだ、何か望みがあるのだろう?貴様の要求はなんだ?」


「要求ですか。……うーん、そうですね…………はっ、危ない危ない、あまりに考えつかないのでちょっと寝そうでした。ちょっと時間をください。考えておきますので」


「っ!?……」


 思わず声を上げそうになったが、長年王として培ってきた精神力を総動員してなんとか押し留めたガーノラッハ。

 もしここで何か言葉を口にしてしまえば、どんな罵詈雑言が飛び出すか自分でもわからなかったからだ。


(だが一つだけ分かったことがある。この男に対して交渉しようという望みは捨てるしかない……)


 この場は膠着状態。


 フギン達軍も、異常成長した謎の木によって足止めを食らっているという。


(残る手は一つ。先遣隊の『漆黒の針』の吉報を待つしかないが……そのためには、まずはこの目の前の男から何とか逃れるしかないが……)


 そんなガーノラッハの懊悩を見越したのか、それともただの偶然か。


 とにかく、それだけはあらかじめ用意してきたとしか思えない言葉が、朴人の口から飛び出した。


「ああそうそう。私の寝床『永眠の森』にまた曲者が入り込んだと、ここに潜り込む前に知らせを受けましたけど、あなたの仕業で間違いないですよね?」


「……だとしたらどうだというのだ」


 動揺を隠すためにあえて朴人の言葉を認めて開き直るガーノラッハ。

『漆黒の針』の任務成功を信じて疑わないガーノラッハだからこそ飛び出した言葉だったが、自信という意味においては朴人の方も負けてはいなかった。


「その『漆黒の針』のみなさん、今頃は全滅しているかもしれませんよ」


 あくまで根拠のない自信だが。

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