第12話 私の眠りを妨げる者は……

「私の家の周り、つまり庭の管理を任せるのですから、『庭園のフラン』……いや、ちょっと威厳が足りませんね。じゃあ、ちょっと文字数を増やして『庭園のフランチェスカ』という通り名で行きましょう」


「「「「「我ら一同、フランチェスカ様に忠誠を誓い、この永眠の森の守護を担うことをお約束いたします」」」」」


「だ・か・ら!私は公爵様なんかじゃありませんってば!」


「まあまあフラン、ここで押し問答を続けてもにっちもさっちもいきませんから、とりあえず種族ごとに動いてもらったらどうですか?」


 そんなやり取りがあって、広場に雲集していた様々な亜人魔族が自分達の住処を求めて森中に散り、広場に残ったのは朴人とフランの二人。そして、未だ拘束されたままの黒狼の魔族だった。


「貴様ら、いい加減にこれを解け!今なら我が主に寛大な処置を願ってやってもいい。さっきの公爵位を騙った件も見逃してやモガッ!?」


「ちょっと静かにしていてください。まだ話は終わっていません」


 周りに人がいなくなったことで再び勢いを取り戻した黒狼の魔族だったが、拘束しているツルから数枚の葉が生えてその口に張り付いて塞いでしまった。

 もちろん朴人の仕業である。


「それにしてもフラン、ずいぶんと服装が変わりましたね……」


「誰のせいだと思ってるんですか!誰の!」


 そうぷりぷりと怒りながら、本物のバラと見間違うほど精巧な指輪をはめた手で、ビシッと朴人を指差したフラン。

 鮮やかな緑のリングに鮮血にも似た色の極小のバラが宝石の代わりに台座に鎮座し、透き通るように白いフランの手を艶やかに彩っていた。

 もちろん、朴人が眠る前どころかついさっきまで身に付けていなかったアクセサリーだ。


 いや、指輪だけではない。


「まるで妖精女王と言わんばかりのいで立ちですね。というより、私がこれまで持っていた妖精女王のイメージそっくりです」


 そう言うフランの頭には大胆に花をあしらった髪飾り、体を覆うのは眷属となった時よりもさらにフリルが追加され生地も数段グレードアップした緑のドレス。

 何より目を引くのは、腰のあたりまでの長さの、清流のように澱みのないエメラルドグリーンの髪。

 あまり異性に興味のない朴人でも、今のフランが人の身では決して到達できないレベルの美しさを手に入れていると感じるほどだった。


 そこに異性としての魅力を感じない点は、やはり朴人と言うしかないが。


「天罰が下りそうなのでやめてください!……ううっ、目立ちたくないから頑張って地味な服装に試行錯誤しながら変えたばっかりだったのに……」


「ああ、それで、私が目覚めた時に、私の眷属になった時の恰好から変わっていたんですね。道理でダサい服を着ているなと思いました」


「ダサッ!?」


 大自然の中で完全に浮いていた自分の魔力でできた派手なドレスを、なんとか周囲の風景に馴染ませようと頑張った苦心の作品を、朴人にダサいと一刀両断されてしまったフラン。

 ついでに、妖精女王クラスと称されるほどの煌びやかすぎるこのドレスが、やりすぎではあるもののフランの目から見てもセンスがいい、つまり朴人には自分以上に確かな審美眼があることがわかり、二重の意味でショックを受けていた。


「ううう、私にはこのドレスは派手すぎるんですよ……どうしてもさっきまでの恰好じゃダメですか?」


「別に私はフランがダサいか「ダサくないもん!」地味な格好をしていても構わないのですが、二つほど条件があります」


「条件、ですか。命令じゃなくて?」


「別にどっちにとらえてもらってもいいですよ。単に命令という言い方が好きではないだけなので。――ひとつはフラン好みの格好のデザインは私の案を受け入れること」


「デザインって、キャッ!?」


 一瞬、強い緑の光が辺りを照らし、フランの目がわずかな眩みから回復した時にはすでに彼女の装いは変化していた。

 さっきまでの絢爛豪華なイメージからはかけ離れているが、かといって安っぽさは微塵も感じさせない、フランの可憐さを引き立てる衣装。

 強いて言うなら、お嬢様学校の制服のようなデザインに変化した自分の服をくるりと回って確認したフランは、満足感ともあきらめともつくような微妙な溜息をついたあとで言った。


「……これでも女子ですから、私の感性がボクト様に劣っていることを認めるのはアレなんですけど……わかりました、この服でいいです。それで、もう一つの条件ってなんですか?」


「改めて言うまでもないかもしれませんが、ただの確認です。この森に移住希望の彼らの面倒、とまでは言いませんが、手綱というか統制は、ちゃんとフランが握っておくこと。私は一切口も手も出ししません。ただ一つの例外を除いて」


「……わかりました。肝に銘じておきます」


 普通なら絶対に聞くだろう、朴人の言う「ただ一つの例外」に戸惑うことなく、神妙な面持ちで頷いたフラン。

 朴人にとってはもちろん、唯一の眷属であるフランもまた、改めて問い質す必要のない確定事項だったからだ。


「さて、それを踏まえてですが、彼の処分はどうするつもりですか、フラン?」


「モガッ!モガガガッ!」


 朴人の声は平坦そのものだったが、かえって不気味さを感じたらしい黒狼の魔族は、焦ったようなうめき声を塞がれた口の中から漏らした。

 その黒狼の魔族の命運を握っているフランの決断は、すでに用意されていたとしか思えないほど、簡潔に即答した。


「解放しましょう」


「モガッ!?」


「ボクト様の眷属になった時に初めて知りましたけれど、魔王と貴族の間には常にお互いの魔力を感じ取れる能力が備わるらしいですね。つまり、ここでこの方に何らかの危害を加えれば、即座に荒迅の魔王陛下に伝わることになります。それなら、ここは穏便に済ませた方がいいと思います」


「わかりました」


 フランの話に納得したのか、それとも何も考えずにフランの言う通りにしただけなのか、朴人の返事と同時に、黒狼の魔族を拘束していたツルがひとりでにシュルシュルと音を立てながら黒毛に覆われた体を這って地面に降り、そのまま雑草に隠れて見えなくなった。


「くそっ、油断したとはいえなんだったのだ、この強固なツルは……まあいい、俺の怒りが頂点に達する前に、貴様らの方から戒めを解くとは殊勝な心掛けだ。我が主に歯向かった罪は消えんが、命だけは助けて――」


「何を言ってるんですか、あなたは」


 いきなり自由の身になった解放感もあってか、開口一番饒舌に語り始めた黒狼の魔族だったが、完全に無視される形でフランに遮られた。


「あなたに従ったわけじゃないんですから、言うことなんて聞くわけないじゃないですか」


「なっ!?そ、それならなぜ戒めを……」


「こっちこそ、あなたを許したわけじゃないですよ。ボクト様に拘束を解いていただいた理由は、すぐにあなたにこの森から出て行ってもらうためです。さすがに体を縛られたままで放り出すのは可哀そうでしたから」


「バカなっ!?貴様ら、俺に勝った程度で、魔王である我が主に逆らうというのか!?」


「別に私が決めたわけじゃないのは、私と同じように眷属の立場のあなたにならわかることでしょう?ボクト様が言うことは絶対なんです。さあ、穏便に済ませているうちに出て行ってください」


「ぐっ……!!」


 ギリリ、と奥歯をかみしめる音を出す黒狼の魔族だが、不遜な言い方をしたフランに襲い掛かろうとしない辺りは、今ここで戦っても事態は好転しないと理解しているかららしい。


 それでもしばらくの間殺気を込めた獣の目で睨み続けていたが、やがてじりりと右足を後退すると、目にも留まらない瞬発力ではるか後方へ飛び下がって元リートノルドの入口広場から姿を消した。


 その一部始終を身動きせずに見届けていたフランだったが、やがて黒狼の魔族が戻ってくることはないと確信したのか、はああと大きく息を吐きながらその場にへたり込んだ。


「……こ、怖かった~~~」


「そうですか?けっこう頭の回転も早いようでしたし、動きが予測できる分だけ人族の冒険者よりはよっぽどマシだったと思いますけど」


 そして今も微動だにしない朴人がのんびりとした口調でそう言うと、さっきまでの脱力感を吹き飛ばす勢いのフランが猛然と抗議し始めた。


「なにを言ってるんですかなにを言ってるんですか!!爵位持ちに対抗できるのは同じ爵位持ちだけなんですよ!さっきまでの私がどれだけ勇気を振り絞っていたのかわからないんですか!」


「わかるわけないじゃないですか。フランは公爵になったんですよ。いまさら男爵ごときにビビってどうするんですか。横で見てましたけど、ライオンがネズミを怖がっているようで滑稽でしたよ」


「滑稽とはなにごとか!!……っていうかボクト様、そんなわかりやすいハッタリであの男爵様は騙せても、眷属の私にまで通用するなんてまさか本気で思っていないですよね?」


「ん?フランは私の言うことを信じていないんですか?」


「もちろん男爵様を穏便に追い返すための方便だって分かってますよ。だいたい、今回は偶々うまくいきましたけれど、新しく魔王が誕生したなんて信じる方が……」


 と、フランがなにやらお説教交じりのうんちくを語りだしたので、面倒になってしばらくぼーっと聞き流すことに決めた朴人。

 次の睡眠のために、後でリートノルドの街を回って快眠グッズでも探すかなと思い始めた時にちょうどフランの声が途切れたので、一つだけ気にかかっていたことをただ一人の眷属に聞くことにした。


「フランの言いたいことはちゃんと聞き(流し)ました。ところでフラン、あの黒狼の魔族はこのまま大人しく引き下がると思いますか?」


 やっぱりそう来たか、という風な難しい顔になったフランは、あらかじめそのことも考えていたらしく、澱みのない口調で答えた。


「ここで堂々と荒迅の魔王の貴族と名乗った以上、あの男爵様にもプライドというものがあるでしょう。間違いなく、この二、三日中にまた来るはずです。問題は、また堂々と正面から来るか、それとも……」


「夜陰に紛れて奇襲してくるか、ですね」


 同じ意見だったらしく、小さく頷くフランだったが、朴人の次の言葉は彼女にとって完全に予想の斜め上だった。


「すでに一つ仕込みを済ませている以上、ほぼ間違いなく今夜奇襲を仕掛けてくるでしょうね」


「え!!ど、どこですか?私、何を見逃したんですか?」


「私が見つけたのはたまたまですよ。それよりもフラン、あちらがそういう手で来る以上は、私の取る行動は一つです。わかっていますね?」


 普段は直接的すぎる物言いの朴人が、あえて持って回った言い方をしている。

 未だ短い付き合いのフランでも、それが自分の主の怒りを表現する方法の一つだと理解していた。


「アレ、ですよね」


「そうです。ただひとつの例外、私の眠りを妨げる者は絶対に許さない、です」


「……せめて、私を巻き込まないようにはしてくださいね」


 心の中で静かに怒りの灯をともし始めた主に対して、フランが言えたのはその程度のことだけだった。

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