第56話 トラウマ
ミゲルがテリーのパーティーで冒険者デビューしたのは、極最近の事だ。
その少し前、テリーとエルは2人で迷宮に挑んで痛い目を見ている。
勿論相手はミノタウロスだ。
テリー達は迷宮で奴と遭遇し、そして遁走していた。
テリーのスピードと体捌きはミシェイルを彷彿とさせる素晴らしい物ではあったし、エルの魔法も、攻撃サポート過不足なく行えるレベルに達している。
だが如何せん、彼らには火力が足りていなかったのだ。
それを素早く認識したテリーは、自身がミノタウロスを足止めしながら後退する形で、迷宮から辛くも脱出している――ミノタウロスは迷宮からは出てこれない。
以前の彼だったなら、きっと無理に戦闘を続けていただろう。
テリーの精神的成長が全滅を回避したのだと思うと、生き返らせた甲斐があるという物だ。
まあそれはいい。
その結果、火力不足解消の為、それまでポーター兼弟子だったミゲルを正式にパーティーに加えたのが彼の冒険者デビューのきっかけだった。
ミゲルはダンジョン攻略パーティーである探究者のリーダーの血を引いているだけあって、この短期間の訓練で急速に力を付けている。
まあテリーの教え方が上手かったというのもあるが――同じ天性の才を持つ者同士だったので、感覚で伝達が上手く噛み合っている。
その為、彼がテリーのパーティーに加われれば火力不足は解消するかの様に思われたのだが……
「いててて……」
「はぁ……何やってんだよ」
リザードマン相手に苦戦し、何とか倒しはした物の、ミゲルは腕に大きな怪我を負っていた。
エルがそれを魔法で回復している様を、テリーが呆れた顔で見ている。
「すいません、師匠……」
「まったく。お前の腕ならあんな雑魚敵じゃないってのに、一々ビビるなよな」
戦いにおいて、とにかくミゲルは及び腰だった。
その為本来の力が全く発揮されず、軽くあしらえるレベルの魔物相手にすらこの有様だ。
この気の弱さ――とういうか殺し合いに対する過度な恐怖――は、冒険者にとって致命的と言わざるを得ない。
テリーはまだ見捨てる気はなさそうだが、今のままの状態が続けば、パーティーを首になるのは時間の問題だろう
「ミゲルのあのびびり、何とかなんねーかな?」
その後もミゲルは散々な姿を晒し続ける。
無理だと判断したテリーはダンジョン探索を早めに切り上げ、解散した後俺に声を掛けてきた。
最初はその内慣れると楽観視していた彼も、このままでは駄目だと気づいたのだろう。
「精神的な問題だ。難しいだろうな」
ミゲルが死に対してここまで極端に恐怖を抱くのは、たぶん一度死んでいるせいだと思われる。
ゲリル達に殺された彼は、そのせいで心に強いトラウマを刻み込まれていた。
一時的な異常の回復なら兎も角、俺の魔法に他人の精神の根本を弄る様な物はない。
残念ながら、俺にはどうしようも出来ない事だ。
時間をかけてセラピーにかけるか、彼自身に強い
「参ったぜ。まったく」
「言っておくけど、強烈なショック療法は止めておけよ」
他人の指針にあまり口出ししたくないが、テリーならやりかねないので釘を指しておく。
ショック療法でどうになかるのは、漫画やゲームの中での話だけだ。
ゴキブリが死ぬ程嫌いな奴を、ゴキブリ一杯の風呂釜に漬けたら苦手意識を克服できるか?
答えはノーだ。
絶対前より酷くなる。
「けどよぉ、このままじゃアイツどうにもなんねーよ」
その口振りから、どうやら試すつもりだった様だ。
釘を指しておいてよかった。
「やるなとは言わないさ。だがもしひどくなった場合、一生かけて責任を取る覚悟だけはしろって事だ」
ミゲルが自分を変える為、自発的にそれをやるのは仕方がない事だ。
それで以前より酷くなろうが、命を落とそうが、自己責任でやる事だからな。
だが師としてそれを指示するなら、責任は取らなければならない。
それが出来ないと言うなら、初めっから弟子など取るべきではないだろう。
「まいったなぁ……」
「ま、色々試して気長に頑張れよ。別にお前らに時間制限がある訳じゃないんだしな」
ここ1年で立て続けにグレートドラゴン討伐が続き、テリーはそれに触発されてしまっている様だが、彼らはまだ若い。
急ぐ必要などないのだ。
「わかった。焦らずゆっくりやって行くよ。話聞いてくれてありがとな。じゃ!」
テリーは片手を軽く上げた後、駆けて行く。
「とは言え……このままじゃ、あれではあるな」
トラウマなんて物は、下手をしたら一生引き摺る物だ。
期待して生き返らせたにも関わらず、ヘタレて残念な結果に終わられるのも少々癪だし、俺は俺で出来る事をやってみるとしよう。
取り敢えず――
ミゲルは母親に憧れて冒険者を目指している。
なら、母親関連でアプローチしてみるか。
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