第26話 支配者
戦いは既に30分近く続いていた。
その巨体からくる、圧倒的なフィジカルで押しまくるグレートドラゴン。
猛攻を辛うじて捌きながらも、隙を見つけて斬撃を入れるミシェイル。
着実にダメージを積み重ねているミシェイルが一見有利に見えるが、決してそんな事は無かった。
戦いはドラゴンの攻撃が一発入るだけで容易くひっくり返されてしまう。
それはまさに綱渡り状態だ。
そしてそんなギリギリの戦いは、確実にミシェイルの集中力を摩耗させる。
このまま大きな動きが起きず消耗戦が続けば、強靭な肉体と生命力を誇るドラゴンよりも、寧ろ彼の方が圧倒的に不利な状況と言っていいだろう。
当然ミシェイル自身、そんな事には気づいている。
彼は必ずどこかで勝負を仕掛ける筈だ。
そしてその時は、案外直ぐにやって来た。
「はぁっ」
前足を躱し、ミシェイルが顔面に向かって跳躍する。
顔面への攻撃。
それまで隙の無い動きで戦ってきた彼が、勝負を仕掛けた。
だがその動きに合わせてグレートドラゴンは咢を大きく広げ、彼を迎え撃つ。
それを彼は躱さない。
それどころか、彼はブレス回避の際にかけた魔法の力で空中を足場にし、その中へと突っ込んだ。
「――っ!?」
飛び込む直前、ポーチから彼が大量のポーションを引き抜くのが見えた。
それはホワイトポーションだ。
美容液を手にしてドラゴンの口の中に突っ込む、それは完全に常軌を逸した行動と言えるだろう。
だが俺は直ぐに気づく。
彼が何故ホワイトポーションを手にしていたのかを。
このポーションは振りかけた部分の皮膚を、強烈新陳代謝でリフレッシュさせる効果を持っている。
それは言ってしまえば、体表の高速再生だ。
ミシェイルはそれを全身に振りかける事で、ドラゴンの胃の中の強烈な酸の溶解に対抗するつもりなのだろう。
この探索に大量のホワイトポーションを持ち込んでいたのは、全てはこの為った様だ。
「とは言え……」
ポーションの効果による再生は精々十数秒。
その間にドラゴンを仕留めるか、脱出する事ができなければそのまま溶かされてあの世行きだ。
思ったより遥かに思い切った作戦に出た彼の行動に、俺は驚きが隠せなかった。
「ぐおおおおおぉぉぉぉ」
グレートドラゴンが藻掻き苦しむ。
ドラゴンは巨体ではあるが、その体内には内臓や各種器官が詰まっている。
その為中は狭い。
かなり窮屈な状態で、真面に剣を振るう事など出来ない筈だ。
にも拘らずこれだけドラゴンが苦しんでいるという事は、ミシェイルは狭い
「があぁぁぁぁぁ!!」
ドラゴンの口から大量の血が吐き出された。
ミシェイルの内部からの攻撃はかなり効いている。
だが既に、彼が飛び込んでから10秒は経過していた。
残された時間はあと数秒。
彼が内部で息絶えるか。
それともドラゴンが死ぬか。
それをドキドキしながら見守る中、唐突にドラゴンの腹部が裂け、血と体液が噴き出した。
そしてそこから何かが飛び出し、ゴロゴロと地面を転がる。
ミシェイルだ。
「ギリギリ間に合ったか!」
中から出て来たミシェイルはドラゴンの血と体液でドロドロに汚れ、その全身から煙が上がっていた。
だが身に着けている服こそボロボロに解けてはいるが、皮膚はポーションによる急速再生によって多少解けた程度で済んでいる。
彼は魔法の水で素早くドラゴンの体液を洗い流し、よろよろとふらつく足取りで立ち上がった。
再生によって溶解を中和したとはいえ、溶かされる痛み自体が消える訳ではない。
そんな状態で狭い場所で暴れ周ったのだ。
その消耗も相当な物だろう。
一方、腹を裂かれたグレートドラゴンは横倒しに倒れ、腹部からは大量の血が溢れて出していた。
明かに重症だ。
だがまだ消滅してはいない。
それどころか、最後の力を振り絞ってドラゴンも立ち上がる。
「……」
無言で睨み合うグレートドラゴンとミシェイル。
その沈黙を破り、先に動いたのはドラゴンの方だった。
重症であるため、その体が長くは持たない事を理解して仕掛けたのだろう。
「ぐおおおおぉぉぉぉ!!」
咆哮を上げて突撃する。
これを捌ききれば、ミシェイルの勝ちはほぼ確定と言っていいだろう。
案の定、ミシェイルは攻撃の回避に専念して相手の自滅を待った。
だがその時予想だにしない事が起こる。
ドラゴンが跳躍し、ミシェイルを飛び越えたのだ。
その行動は死を前にした魔物の錯乱した行動の様に思えたが、違う。
空中でドラゴンの裂けた腹部から、体液が勢いよく飛び散る。
それは胃液の酸を含んだ危険な液体だった。
ドラゴンの狙いは、それをミシェイルに浴びせかける事だった。
想定外の事態。
そして疲労から、ミシェイルの対応が遅れる。
体のあちこちにかかった酸を含んだ体液は彼の皮膚を焼き、肉を解かす。
「ぐ……あぁ……」
もろにかぶった左腕がみるみる解けて崩れ落ちる。
それ以外の部分も浴びた場所から肉がむき出しになり、血が溢れだす。
ミシェイルはその場に崩れ落ち、血を吐き出した。
溶解速度が明らかに早い。
恐らくグレートドラゴンは、濃縮した胃液を一気にばら撒いたのだろう。
だがそんな真似をすればドラゴン自身にも大きな負担がかかる。
地面に着地したグレートドラゴンはその場に崩れ落ち、そして光となって消えていった。
ミシェイルの勝ちだ……一応は。
だがほぼ相打ちと言っていいだろう。
脇腹にかかった酸が内臓を解かし、彼はいつ亡くなってもおかしくはない状態だった。
結界が消える。
それと同時に俺はミシェイルに駆けた。
倒れている彼を抱き起し、その口にポーションを流し込んだ。
もっとも、こんな物は只の気休めに過ぎない。
ここまで重症だとポーション程度ではどうしようもなかった。
「最後の最後で……下手を……打ってしまったな……」
「ミシェイル!お前の勝ちだ!ドラゴンは消滅した!竜玉もドロップしている!」
「そうか……良かった……」
グレートドラゴンのドロップ品は7つ。
竜玉と、6つの神器だ。
それを見て、ミシェイルが笑う。
「お前に頼みがある……竜玉で……俺の代わりに……彼女を……頼む……」
出来れば竜玉を使い、この場でミシェイルを回復させるのが俺にとっては理想だ。
だが彼はそれを望んではいない。
「わかった。任せろ」
「ありがとう。ミテルー」
竜宮攻略の報酬として、俺は彼の願いを叶えてやる事にする。
彼には随分と長く楽しませて貰ってきた。
それ位はしてやっても罰は当たらないだろう。
「ん?なんだ?」
急に周囲が揺れ出す。
まるで地震の様だ。
そしてボスフィールドの中央に、黒いゲートが姿を現した。
こんなエフェクト付けたっけ?
20年前に作った物なので、正直記憶があいまいだ。
まあ大した事は――
「――っ」
ゲートを通って巨人が現れる。
体長3メートルはある、黒髪の女の巨人だ。
その身には布面積の少ない赤いボンテージ服の様な衣類を纏い。
その背からは、巨大な真っ赤な翼が生えていた。
「一体……ぐ……がはっ……」
その威容をみてミシェイルが体を体を起こそうとするが、吐血してしまう。
「我が名はレムリア・クイーン。この
図体は膨れ上がっていたが……それはレムだった。
何してんだこいつは?
俺は彼女の意味不明な行動に唖然とする。
「支配者……だと……」
「見えるぞ……貴様の願いは愛する者の復活。だがそれは不可能な夢だ」
「なにっ……ぐ……」
レムに無理と言われて、ミシェイルは再び体を起こそうとする。
だが今の状態では満足に体を動かす事は出来ず、苦痛に顔を歪めた。
「竜玉の力で蘇らせられる死者は、死後3年以内の者だけだ。よって貴様の願いは叶う事は無い」
レムは地面に転がる竜玉を長い爪の先で摘みあげ、妖艶に微笑んだ。
「貴様の愛する女を救いたければ、この先に進むといい。至宝である神玉であれば、貴様の願いは叶うだろう」
どうやら、彼女は無理やりにでもミシェイルを奥に進ませる気の様だ。
それは俺の為を思ってやっているのかもしれないが……正直不快極まりない行動だった。
俺はレムを睨み付ける。
本気の殺意を籠めて。
「くっ……という訳だ。願いをかなえたければ竜玉で自らの傷を癒し、奥へと挑むがよい」
レムの表情から余裕が消え、苦し気に口を開いた。
俺の放つ本気の殺気にレムは身じろぎする。
どんな理由があろうと、俺のゲームを邪魔する奴を許すつもりはない。
「では……まっているぞ」
そいうとレムは竜玉を残し、ゲートを通って消える。
「奴の……言った事……事実だと思うか?」
勿論真っ赤な嘘だった。
だがそれを俺の口から語るわけには行かない。
只のポーターである俺が、竜玉の仕様など知る筈がないのだから。
「分からない。ひょっとしたらミシェイルを奥へと誘う罠かも」
「それは……無いだろう。あの化け物なら……今の俺を簡単に殺せたはずだ……ミテルー、竜玉を俺に……」
実際問題、奥へと誘導する為以外何者でもないのだが。
ミシェイルからすれば、強力な力を持つ魔物がそんな意味不明な真似をするとは考えられないのだろう。
そのため、レムの言葉を真実と判断してしまった。
「わかった」
俺は竜玉を拾い、それをミシェイルへと使う。
青い光が彼の全身を包み込み、時間が撒き戻るかの様に見る間にダメージが回復していく。
崩れ落ちた左腕も完全に元通りだ。
「いったん戻ろう」
「ああ」
ドラゴンを倒した際、ゲートは2つ現れる。
一つは
もう一つは出口に繋がる脱出用の青いゲートだ。
恐らくミシェイルがこの先に進むのは、手に入れた神器の扱いを覚えてからの事になるだろう。
ドロップした6つの神器を回収し、俺達はダンジョンを後にする。
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