第25話 グレートドラゴン
「……」
「……」
竜宮の奥にある巨大な門。
その先は、半径100メートルほどの円形のドーム状の空間になっていた。
足元を見ると、2種類の魔法陣が重なっているのが見える。
部屋全体を覆う青い魔法陣。
それに重なる様に部屋の中心部にある小型――といっても、それでも半径30メートル程ある――の赤い魔法陣だ。
この中心部の赤い魔法陣に少しでも侵入すると、青い魔法陣によって空間が途絶され、グレートドラゴンが出現する仕組みになっていた。
用は青い魔法陣までは引き返す事が出来ますよという、優しさからくる警告であり。
赤はレッドゾーンを意味する魔法陣という訳だ。
「頑張ってくれ」
俺は門の下で待機する。
青い魔法陣内に入ってしまうと、戦闘に巻き込まれてしまうからだ。
逆に其処から外にいる限りは、結界に阻まれてグレートドラゴンの攻撃の巻き添えになる事は無くなる。
幸いこの場所付近には雑魚ドラゴン達はやって来ないので、ポーターにとって非常に優しい仕様になっているといえるだろう。
もっとも、冒険者達が全滅すればポーターは自力で竜宮内を抜けてゲート――入り口には外に抜ける転移ゲートがある――に辿り着かなければならないので、その場で戦闘に巻き込まれて死なないだけであって、実質ゲームオーバーだったりする訳だが。
「ああ、行って来る」
俺から必要な物資の入った――パンパンに膨らんだポシェットを受け取ったミシェイルは、不敵に笑うと中心に向かって歩き出す。
俺は俺で、ひょっとしたら必要になるかもしれない物を適当に魔法陣内に放り込んでおく。
一度魔法陣が発動すれば、グレートドラゴンか冒険者達が全滅するまで結界が消える事はなかった。
当然、その間結界の内外は行き来が出来ない。
だから持ち運ぶには荷物になる物で、かつ使い道が出来るかもしれない物は事前に結界内に放り込んでおく必要があった。
必要となったならミシェイルが取りに来るだろう。
まあブレスなどで燃やされてしまう可能性もあるが、その時はその時だ。
ミシェルが赤い結界の直前で立ち止まり、目を瞑って深呼吸する。
グレートドラゴン戦は泣いても笑っても一発勝負。
下調べで出来うる限りの情報を収集しているとはいえ、いままでにないレベルの強敵との戦いに、彼の心音は嫌が応にも高鳴る。
「ふぅ……」
数度深呼吸を繰り返すと、彼の心音が正常に戻って行く。
そして最後に一呼吸した所で、彼は両目を開き、意を決して一歩足を踏み出した。
その瞬間、魔法陣から強烈な赤い光の柱が立ち昇る。
「これが……グレートドラゴンか……」
赤い光は収束し、巨大な魔物の姿へと変わる。
全身真っ赤なドラゴンの姿へと。
「ごおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」
体高が軽く10メートルを超す竜は天に向かって咆哮する。
その咆哮は大気を引き裂き、まるで竜宮全体を揺さぶるかの様な強烈な物だった。
だがそんな中、顔色一つ変えずにミシェイルは静かにグレートドラゴンを睨み付ける。
「行くぞ」
ミシェイルは小さく呟くと、左手でポシェットから小さな光る玉を取り出し、ドラゴンの顔めがけてそれを素早く投げつけた。
しかし玉は顔に届く事無く、空中で破裂してしまう。
だがそれでいい。
破裂と同時に強烈な閃光が視界を焼き、同時にえぐい匂いが周囲に放出される。
「がぁぁぁぁぁ!」
竜種は敵を捕捉するのに、3種類の機能を使う。
一つは視界だ。
これはまあ、目のある生物全般がそうだろう。
二つ目は匂い。
呼気や汗、体臭から相手の位置や動きを瞬時に判断する力にドラゴンは長けていた。
そして最後、3つ目はピット器官と呼ばれる物だ。
これは蛇の持つそれと同じもので、熱を感知する器官を使って相手の位置を把握するために使われる。
この3つを総合的に使い、ドラゴンは複数の敵の動きを同時に把握する。
逆に言えば、その三つを潰せばグレートドラゴンにはミシェイルの動きを捕捉するすべが無くなるという事だ
先程投げたのは、閃光臭玉と呼ばれるマジックアイテム。
これで瞬間的に視界と嗅覚を奪い。
そして――
「ファイアビット!」
口中で静かに詠唱していた魔法を、ミシェイルが放つ。
彼の手から12の炎の球が生み出され、それは周囲に散ってバラバラに動きだした。
この魔法で、ドラゴンのピット器官での捕捉をかく乱させる気なのだろう。
「見た事のない魔法だな」
遠くから眺めて呟いた。
恐らく対グレートドラゴン用に、ミシェイルが用意した魔法なのだろう。
そしてその効果は抜群だった。
眼と鼻が利かず、炎の熱に釣られたドラゴンが前足を叩きつける。
だがそれは外れだ。
魔法で生み出された炎がかき消され、その瞬間を狙ってミシェイルは剣を振るう。
放たれた剣の軌跡は、分厚く硬いドラゴンの表皮を容易く切り裂いた。
だが如何せん相手は巨大過ぎる。
深々と抉った筈のその一撃も、残念ながら骨にすら届いていない。
「があぁぁぁぁぁぁ!!」
痛みにグレートドラゴンが狂った様に暴れ、次々と火の玉を消し飛ばす。
そんな中、ミシェイルはドラゴンの攻撃を巧みに避けながら確実に斬撃を加えていく。
だがそんな攻勢も直ぐに終わりを迎えた。
魔法で生み出した炎は全て消し飛ばされ、閃光で封じたドラゴンの視界も回復し始める。
強烈な臭気も拡散してもうほとんど残っていないだろう。
此処からが本当の勝負だ。
もう先程の様な不意の感覚器官潰しは通用しない。
「ちっ!?」
グレートドラゴンがその巨体を信じられない程素早く旋回させ、太く長い尻尾でミシェイルを弾き飛ばそうとする。
彼はそれを後方に飛んで躱す。
次の瞬間、竜の咢が大きく開かれ、その口内が赤く染まった。
必殺のブレスだ。
広範囲の火勢でミシェイルを焼き尽くすつもりなのだろう。
近間なら側面に回って回避する事も、その隙に攻撃を加える事も出来ただろう。
だが回避行動で間合いを多きく離してしまった今、避ける事も初動を潰す事も出来ない。
一体どうするのかとミシェイルを見るが、彼は落ち着き払った様子で動く気配がなかった。
「おいおい、どうするつもりだ?」
まさかサラマンダーのブレスを切り裂いた時の様に、ブレスを切り裂くつもりなのだろうか?
だがグレートドラゴンのそれは、規模と威力がまるで違う。
例え切り裂く事が出来ても、近くを通る炎からの放射熱で大火傷だ。
下手をすればそのまま昇天も有りうる。
「ああ、成程」
ミシェイルが何か魔法を使ったのが見えた。
その足元が光の粒子で煌めく。
それが何の魔法かに気づいて、ミシェイルがこれからする事を俺は理解する。
グレートドラゴンの口から猛火があふれ出る。
首をいったん逸らし、そこから頭を叩きつけるかの様にブレスを吐きだした。
炎は瞬く間に視界一面を真っ赤に染め上げた。
ミシェイルの立っていた場所も一瞬で炎に飲み込まれ、見えなくなってしまう。
ミシェイル・完!
ま、そんな訳はないんだが。
視線を上にあげると、10メートル程上空に彼の姿が見えた。
ドラゴンのブレスは横に大きく広がる性質であるため、走って躱すのは不可能だ――直前までドラゴンが狙いを定めるので、事前に範囲から逃げておくという様な真似は出来ない。
だが縦となるとそうでもなかった。
炎の縦幅は精々3-4メートルでしかない。
ミシェイルの出鱈目な脚力を持ってすれば、跳躍する事で炎と熱の範囲から逃げる事は十分可能だった。
「普通は飛び越え様とか、絶対考えないんだけどな」
因みに彼の足にかかっている魔法は、空気を足場に出来る飛行魔法の一種だ。
ただ飛んだだけだとブレスの中に落下してしまうので、高所で待機する為にかけたのだろう。
「ほんと、とんでもねぇな」
素晴らしい冒険者だ。
それだけに勝っても負けてもこれが彼の最後の雄姿になるのかと思うと、残念に思えて仕方がない。
まあどうせなら、最後は勝って気持ちよく終わって欲しい物だが……
ブレスを躱したお手並みは見事であった。
だがそれだけで勝てる程、グレートドラゴンは甘い相手ではない。
勝敗は5分5分。
俺の中でその考えは未だ変わっていなかった。
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