第7話 トラップ

「なんだよ、全然手応えがないじゃねーか。これならリザードマンとかの方がよっぽどましだったぜ」


テリーが剣をしまいながら文句を口にする。

始末したのは1メートルサイズのバッタ型の魔物だった。

その魔物が、先程迄出ていた魔物達よりも弱い事が彼は不満な様だ。


「この辺りで弱い魔物が出ると言うのは考えられないんだが……ひょっとしたら何か特殊な能力でも持っているのかもしれないぞ」


一応忠告だけはしておいてやる。

今の魔物はトラップバッタと言う魔物だ。

一定数殺すとゲージが溜まって変異体が発生し、更にそいつを殺すと、死亡時に魔物を中心としたトラップが発動するようになっていた。


こいつらが極端に弱いのは、それに対する警戒を籠めての物だ。

熟練の冒険者なら急に敵が弱くなれば警戒する物だが……


「おいおい、何言ってんだよ。こいつらがどんな能力持ってたって俺の敵じゃねぇっての」


だがテリーは自分の強さを過信して、俺の話を真面に取り合わない。

困った奴だ。

まあ彼らにはツキが向いている。

トラップを喰らっても、余程の事がない限り大丈夫だろう。


「さ、行くぞ!」


テリーはずんずんと勝手にダンジョンの奥へと進んでしまう。


「ちょっとテリー!待ちなさいよ」


それをエルが追う。

俺も軽く首を竦めてからその後を追った。


「お!?何だありゃ!? ひょっとしてレアもんか?」


暫く寄って来るバッタを始末しながら進むと、光るバッタが一体で姿を現す。

それを見てテリーが嬉しそうに叫んだ。

光る虫が好きなのは男の子としては致し方のない部分もあるのだろうが、いくら何でも危機感が無さすぎる。


「気を付けてテリー。何か様子が変よ」


「どうって事無いって」


此方に気づいたトラップバッタは高速で跳ね寄って来る。

テリーは突っ込んできたバッタを、手にした剣で一刀の元切り裂いた。


「ほらな?大した事無かっただろ?」


そう彼が笑った瞬間、バッタの体が輝き、足元に魔法陣が広がる。

テリーは反射的にそれを後ろに飛んで躱わす。


「え?なにこれ!?」


だが急な事に、エルは反応できずにいた。


「エル!」


そんな彼女を救うために、テリーは迷わず魔法陣に飛び込んだ。

次の瞬間、魔法陣が光を放って発動する。

テリーとエルの姿が光に飲み込まれ、その中で彼らの姿は掻き消えていった。


発動したトラップは転移魔法陣だ。

転送場所は3か所用意されており、もっとも確率が高いのは、この近辺の何もない空間だ。

9割がた此処に飛ばされる事になっている。


次に確率が高いのはお宝部屋と呼ばれる、宝が大量に配置された空間だった。

ここは中からは出れても、外からでは入る事の出来ない特殊な構造をしている場所で、そこに飛ばされるのは間違いなく大当たりと言っていいだろう。

お宝うっはうはだからな。

確率的には9%程だ。


そして最後がモンスターハウスと呼ばれる場所だった。

狭い空間に大量の魔物が配置され、しかも今いる一帯よりも遥かに強力な魔物が出て来ると来ている。

そこから出るには魔物を全て始末するしかないので、余程力あるパーティーでもない限り全滅必須だった。


まあ100分の1と確率はかなり低いので、余程運が悪く舞いとそこに飛ばされる事は無いのだが……


だが彼らは引き当ててしまう。

その100分の1を。

どうやらさっきまでのツキに、彼らは見事に見限られてしまった様だ。


「やれやれ。いずれ足元が救われるだろうとは思っていたが、こうも早いとはな」


俺は支配者権限で、モンスターハウスの様子を確認する。

中には体高2メートル程の大きな蛙――アシッドフロッグと、体長3メートルの黒いサソリ――ポイズン・スティガーの2種が無数に蠢いている。


そんな魔物達を相手に、テリー達は壁を背に頑張っていた。


「蛙は兎も角、サソリはきついか」


サソリはその外皮がとんでもなく厚い。

生半可な腕では掠り傷一つ負わせられないだろう。

テリーは確かに天才だが、如何せんパワーはそこまで高いわけではない。

その為、サソリ相手に思う様に攻撃が通らず苦戦している。


今は何とかエルの炎の魔法で追い払っている状態だが、そう長くは持たないだろう。

魔物に押し込まれるのも時間の問題だった。


「あぁっ!?」


一瞬の隙を突き、アシッドフロッグの長い舌が攻撃魔法を詠唱していたエルの右腕を捕える。

その舌は酸に濡れ、巻き付いた彼女のローブを、そして皮膚を解かす。


「糞がぁ!」


テリーが咄嗟にその舌を切り裂いた。

だがすぐさま別の舌が伸びてきて、今度はエルの足に絡みつく。


「あぁうあっ!!」


皮膚が解かされる激痛にエルが悲鳴を上げ、立っていられずに転倒してしまう。

巻き付いた舌は、そのまま彼女を引きずって行く。


「エル!」


「助けて!テリー!」


だが助けに向かおうにも、テリーはサソリに阻まれて動けない。

無理やり剣で切り払おうとするが、その厚い甲殻に阻まれ掠り傷がつくだけだ。

そうしている間に、エルは蛙の大きな口に飲み込まれてしまう。


「いやっ!いやぁ!テリー!!ああああああああぁぁぁぁっぁぁぁああぁぁ」


彼女の叫びは絶叫に変わり、そしてすぐに聞こえなくなる。

アシッドフロッグの酸は強力だ。

人間など物の数十秒で溶かし尽してしまう。

その為、声の途絶えは彼女の命の途絶えと同意だった。


「エル……嘘だろ……エル?」


呆然とする彼にサソリが取り囲み、その毒の刃を向ける。

終わりだなと思った瞬間、囲んでいたサソリたちの尻尾が跳ね飛んだ。


「――っ!?」


それはテリーの一撃。

だが先程迄とは明らかに違う。

その強力な一撃は容易く強靭なポイズン・スティンガー甲殻を切り裂いた。


「死なせるかよ!エルは!!俺が守るんだ!!」


彼は周囲のサソリをバラバラに切り刻み、エルを飲み込んだアシッドフロッグへと迫る。

攻撃もそうだが、動きも先程迄とは段違いだ。


「大事な物を守るために覚醒したってのか?漫画みたいなやつだな」


その変わりように思わずつぶやく。

気づくと、俺は興奮して拳を強く握りしめていた。

だが――


テリーは瞬く間にその間合いを詰め、蛙の腹を切り裂いた。

中からエルが――エルだった物が飛び出してくる。


骨こそそのままだったが、それ以外の部分はもう殆ど原型を留めていなかった。

ぐちゃぐちゃに解けた肉の塊と体液が地面に広がって行く。


「う……うわあああああぁぁぁぁぁぁっぁ!!」


テリーは剣を捨て、その場に膝を付いて、地面に広がるエルだった液体を手で掬う。

強力な酸が混ざっている為、彼の手も焼けてしまうが彼はそんな事を気にも止めず、広がって行く体液を腕でかき集めて何とかその場に留めようとする。

そうすればまるでエルが生き返るとでも言うかの様に。


「エル……エルぅ……」


泣きながらかき集めているテリーの背中に、サソリの針が突き刺さる。

その毒は即効性の致死毒だ。

テリーの体は力を失い、エルの遺体に折り重なってピクリとも動かなくなる。


「終わったか……しかしさっきの力……ふむ」


転移でモンスターハウスへと移動する。

俺はテリーの遺体を切り分けて口に運んでいるサソリを蹴り飛ばした。


「勝手に喰ってんじゃねーよ」


基本的に、俺はダンジョン内での冒険者の生き死にには関与しない事にしている。

何でもかんでもできる俺があれやこれやと手を出したら、つまらなくなるのは目に見えているからだ。


だが何事にも例外がある。


条件は2つ。

一つは俺を楽しませる事。

もう一つは、将来を期待できる事だ。


この2つを満たした場合にのみ、俺は手を出す事にしていた。

テリーは見事にこの条件を満たしている。

俺はバラバラになっている彼の遺体に手を翳し、蘇生魔法を発動させた。


「おまけもつけてやるか」


同時にエルにも蘇生をかけてやる。

テリー一人だけ助けると、メンタル面が荒れそうだからな。

彼の今後の成長にはエルが必要だろう。


滅茶苦茶になった体が時計を巻き戻すかの様に元に戻って行き、二人は息を吹き返す。

俺がしっしと手を振ると、魔物達は地面に沈んで消えていった。


「う……ん……」


エルが目を覚まし、直テリーも目を覚ます。

二人は何が起きたのか分からずに目をぱちくりとさせていたが、状況を思い出したのかテリーがエルを強く抱きしめた。


「エル!良かった……良かった……」


「ちょ、ちょっとテリー……もう、泣かないでよね……私まで……うっ……」


二人はお互いを抱きしめ合いながら涙を流す。

俺はそれを黙って見守る。

暫くすると二人は泣きやみ、照れ臭そうに体を話した。


初々しい奴らだ。


「でも、私達いったいどうして……」


エルが振り返って俺を見る。

自分達がどうして死んでいないのか不思議に思い、答えを求めて口を開いた。


「2人とも気絶して唸り声を上げてたよ。多分幻覚か何かを見せられてたんだろう」


「幻覚?あれが!?あんなにリアルだったのにか?」


「幻覚ってのはそういうもんさ」


死んだから俺が生き返らせたとは流石に言えないので、幻覚で押し通す。

ま、バレる事はないから大丈夫だろう。


「そっか……でも本当に幻覚で良かった」


「うん、本当に良かった」


二人は再び見つめ合う。

今にもキスしだしそうだ

気持ちは分からなくもないが、流石にダンジョン内では我慢しとけ。


「おほんっ!」


わざとらしく咳払いをする。


「あ……」


「う……と、兎に角!あの光る奴にまた会ったら面倒だし、戻ろう」


そう言うとテリーは立ち上がる。

その際ちゃっかりエルの手を掴んで引き上げている当たり、街に帰ったら一線超えそうだなとか、下種な勘繰りを巡らしてしまう。


ちゃんと避妊はしろよと伝えようかと思ったが、止めておいた。

流石に余計なお世話だろうからな。


エルが万一妊娠したら、冒険者としてやっていくのは難しくなるだろうが、それは彼らが判断する事だ。

蘇生はあくまで俺が勝手に期待して行っただけの物で、生き返らせてやったからと言って、彼らに冒険者を続ける事を強制するつもりはなかった。


俺は二人の後に続き、ダンジョンを脱出する。

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