第12話 ミノタウロス

「おらぁ!」


重戦士が手にする大型のバトルアックス。

それがポイズン・スティンガーの頭部に勢いよく叩きつけられた。

硬い甲殻を誇る蠍ではある、巨大な戦斧を圧倒的なパワーで叩き込まれては流石に一溜りもない。

ぐちゃっと鈍い音が響き、頭部がかぼちゃの様に砕け散った。


「ファイヤーボール!」


シーフがアシッドフロッグの後ろ足の膝に矢を突き立て、そこに魔導士の生み出した火球が炸裂する。

その業火は3メートルは有るであろう天井にまで届き、蛙をあっと言う間に燃やし尽くしてしまう。


フロッグは体液が酸で出来ている為、迂闊に近づいて攻撃すると手痛いしっぺ返しが待っているモンスターだ。

テリーは超反応で躱しまくっていたが、こうやって遠距離から仕留めるのが本来正しい処理の方法だった。


「スライムか!」


前方の壁面にゼリーの様な青い物体がへばり付いており、それがゆっくりと近づいてくる。

スライムだ。

そのゼリー状の体にぽっかりと穴が開いたかと思うと、中に魔法陣が浮かび上がった。

そこに火球が生まれ、それはまるで弾丸の様にパーティーに向かって射出される。


「任せろ!」


ゴメスが前に出て巨大なタワーシールドを構えた。

火球が炸裂し、焔と爆風が吹き荒れる。

だがゴメスは揺るぐ事なくそれを盾で防ぎきって見せた。

ミノタウロスの自爆対策を担う男が、この程度の爆風如きで怯むわけもない。


「ファイヤーボール!」


再びスライムの穴に魔法陣が浮かぶ。

だが火球が生み出されるよりも早く、先に魔導士の魔法が炸裂する。

スライムは全身が炭化し地面に崩れ落ち、そして消えていった。


「ふぅ……これで終わりか……」


魔物との連戦を終え、人心地付いた様にパーティーの緊張がゆるむ。

だが迷宮はそんなに優しい場所では無い。

彼らの直ぐ傍にまでもう、最大の難関が近寄ってきていた。


それに最初に気づいたのがシーフの二人だ。


「デカい足音が近づいてくるぞ!」


シーフの言葉に、緩みかけたパーティーの緊張が引き締められた。


「気合を入れろ!ここが正念場だ!ジャン!アレン!ニクス!お前達の魔法が頼りだ!先制でぶちかませ!ポーターは少し下がってろ!」


ゴメスが大声で指示を出す。

その声に反応するかの様に、通路の奥から雄叫びが響いてきた。

それは人の本能に恐れを抱かせる化け物の咆哮。


気の弱い物ならば、それだけで気絶しかねない。

実際ポーターの1人はその場で尻もちをついてしまった。

その顔は恐怖で引き攣っている。


「神よ!どうか我らに雄々しく戦う勇気と幸運を!ブレイブハート!」


神官が魔法を詠唱し、聖なる波動がその場にいる人間に降り注ぐ。

精神の安定と恐怖を軽減する魔法。

雄叫びから来る本能的な恐怖で、動きが鈍らないようにするための対策だ。


「くるぞ!」


迷宮の奥からミノタウロスがその巨体を表わした。

両手には人間サイズの巨大な戦斧が握られ、その眼は血を思わせる狂気じみた赤色に染まっている。


「ファイヤーボール!」


奥から迷わずゴメス達へと突っ込んで来る人牛の化け物に、魔導士達が放った3発の火球が飛んだ。

だがミノタウロスはそれを躱すことなく、構わず突進してくる。


火急が炸裂し、通路を業火が埋め尽くした。

まるで炎の壁だ。

だがその壁を突き破って、ミノタウロスが姿を現す。


「ぐおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」


ミノタウロスは業火に身を焦がされがらも、雄叫びと共にパーティーへと突っ込んでくる。

その突進速度に陰りはない。


「止めるぞ!」


ゴメスがタワーシールドを構えて一歩前に出た。

その背後には3人の前衛が控える。

走り込んできたミノタウロスが、その勢いのまま両手に持った巨大な斧をタワーシールドへと叩きつけた。


「ぐうぅぅ!」


鈍い金属音が響き、弾き飛ばされそうになるゴメスを背後の3人が支えて凌ぐ。


「おらぁぁ!」


「どりゃああ!」


ミノタウロスの攻撃を受け止めたゴメス達の両サイドから、待機していた前衛二人が飛び出した。

攻撃を受け止められ、動きの止まったミノタウロスの両腕へと戦斧が叩きつけられる。


「くそっ!?」


「ちぃぃ!!」


それはポイズン・スティンガーの硬い甲殻すら潰す強烈な攻撃だった。

だが強靭な肉体を持つミノタウロスの腕を断ち切る事は敵わず、ほんの僅かな傷を残し、その鋼の様な筋肉に弾き返されてしまう。


「ぐぉぉ!!」


ミノタウロスが巨大な斧を大きく持ち上げる。

狙いは右の戦士だ。

だが――


「喰らえ!」


「はっ!」


シーフ二人が素早く矢を放った。

狙いは眼球だ。

如何に強靭な肉体を持つミノタウロスと言えども、そこを狙われれば脆い。


矢は正確に眼球を射抜く軌道を描く。

だがそれはミノタウロスの方手によって、容易く握り止められてしまう。

だがそれで十分だった。

放たれた矢は、あくまでも牽制に過ぎない。


「シールドバッシュ!」


ゴメスが突っ込み、ミノタウロスのがら空きのボディへと盾ごと突っ込んだ。

手にしたタワーシールドが白く光り、接触と同時に閃光が走る。


「ごぉぉぉ!!」


ミノタウロスの体は大きく吹き飛ばされ、その腹部は焼け焦げていた。


シールドバッシュ。

それは盾に込められた力だ。

突進して盾ごと相手に突っ込む事で発動するスキルで、衝撃で相手を大きく吹き飛ばす効果が付与されている。


「今だ!」


ゴメスの号令で、彼の背後から魔法が飛ぶ。

今度は炎ではなく、雷の魔法だ。

電撃が起き上ろうとしていたミノタウロスを襲い、その巨体を更に大きく弾き飛ばす。


「ち、大して効いてやがらねぇ」


何事も無く起き上って来るミノタウロスを見て、ゴメスが忌々しげに呟いた。

ミノタウロスは高いフィジカルと生命力を有する強力な魔物だ。

放たれた攻撃魔法のレベルは決して低くはないが、数発程度で倒せるようにはできていない。


「ぐおぉぉぉぉ!」


間髪入れずミノタウロスが突っ込んでくる。

それをゴメスと他三名が支えて止め、その隙に戦士やシーフが攻撃を行う。

そしてシールドバッシュのクールタイムが終わり次第隙をついてミノタウロスを吹き飛ばし、そこに魔法を浴びせかけた。


それら一連の行動を続け、少しづつではあるがゴメス達は確実にミノタウロスにダメージを蓄積させていく。

だが化け物の相手をしている彼らの、特に前衛の消耗は激しかった。

それでも歯を食い縛り、ゴメス達は自分達の勝利を信じ戦う。


「おらぁ!」


戦士の斧がミノタウロスの腕に深々と食い込んだ。

一撃ではダメージが通らない。

ならばと、その男は全く同じ部位に何度も攻撃を仕掛け続けていたのだ。

そしてついにその成果が実を結ぶ。


「ぐぉおおおぉぉぉぉ!!」


ミノタウロスが雄叫びを上げ、痛みからか手にした斧を落とした。

男は自分の成果に満足しつつ、その場を離れようとする。

だがそれよりも早く、巨大なミノタウロスの手が男の胴を鷲掴みにしてしまう。


「ぐあっ!?」


普段の男なら躱せたであろうその攻撃。

だが疲労と、そして達成感からくるほんの僅かな緩みが彼の足元を掬ってしまう。

そしてその先に待っているのは……死だ。


「ぐぁぁぁぁ!!!」


男の身に着けたフルプレートの鎧が大きく歪む。

ミノタウロスはその馬鹿げた握力だけで、掴んだ相手を鎧ごと握りつぶすつもりの様だ。


「させるか!!」


もう一人の戦士が、背を向けたミノタウロスの首目掛けて斧を振るう。

斧はその首元に刃を突き立てる。が、浅い。

振り返ったミノタウロスはその勢いのままに手にした男を叩きつけ、戦士を吹き飛ばした。


「テムジンを放しやがれ!」


それまでゴメスを支える役割を担っていた3人が飛び出し、仲間を救うためにそれぞれが手にした武器で切りかかる。

狙いはテムジンと言う男を握っている手だ。

だがその全てが弾き返されてしまう。


ミノタウロスが腕を振り上げた。

既にその手にあるテムジンは意識を失い、口から血の泡を吹いてぐったりしている。


「ラウル!」


「分かってる!」


ラウルと呼ばれた男が弓を構える。

番えられた矢には美しい意匠が施され、そのやじりは青白く光っていた。


竜麟の矢ドラゴンズアロー


硬い竜の鱗すら容易く貫通すると言われているマジックアイテム。

ゴメス達のパーティーにとって、タワーシールドと並ぶ切り札ともいえるアイテムだった。

何故それをミノタウロスという強敵相手に出し渋っていたのか、それは単純な話である。


大赤字になってしまうからだ。


かつてダンジョンの最奥だった竜宮。

そこにいる強力なドラゴンのみが落とすレアドロップアイテム。

それが竜麟の矢ドラゴンズアロー

入手難易度Aに指定されるこの矢の価格は使い切りにも関わらず、ゴメス達が今回の探索で得た額を遥かに上回る。


それ故使う事に躊躇いがあったのだ

だが仲間の命、ひいてはパーティーの安全には変えられない。


「喰らえ!!」


ラウルの手から矢が放たれる。

矢は一条の光となってミノタウロスの喉を容易く貫き、そして消滅する。


「ごぁ……おあぁぁぁ!!!」


ミノタウロスは喉を穿たれた痛みで、握っていたテムジンを取り落とした。

それを素早く3人の戦士が受け止める。


「ゴメス!」


「おう!シールドバッシュ!!」


素早く退避する3人の横を抜け、ゴメスが突貫する。

手にした巨大な盾がミノタウロスの体にぶつかり、閃光と共にその巨体を弾き飛ばした。


「ライトニングボルト!」


そこに魔導士達の雷の魔法が追い打ちをかける。

電撃がミノタウロスを捕え、激しく打ち付けた。

だが――


「くっ!?堪えやがった」


それまで吹き飛ばされていた筈の衝撃で吹き飛ぶ事無く、ミノタウロスは電撃に耐えきってしまう。

強力な魔法を連発してきたため、魔導士達の魔力不足によってその威力が低下してしまっているのだ。

もう魔法のでの有効なダメージは期待できないだろう。


「ぐおぉぉ……」


全身から蒸気を上げながら、ミノタウロスはゆっくりと立ちあ上がった。

その眼からは、激しい怒りと狂気に満ちた赤い光が放たれる。


「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」


空間を揺らす程の強烈な雄叫び。

ミノタウロスの全身が赤いオーラに包まれる。

それは自爆の兆候だった。


ミノタウロスは自分の命と引き換えに、冒険者達を始末するつもりだ。

この魔物に、死の恐れはない。


「自爆が来るぞ!ギュエン!」


「分かっている!」


ゴメスが盾を構え。

神官――ギュエンがその横に立ち、素早く魔法を詠唱する。


「セイクリッドウォール!」


ゴメスの手にしたタワーシールドが光輝き、盾のふちから溢れた光が被膜の様に迷宮の通路内を満たし、光の壁となる。


タワーシールドの力と連携した聖なる結界。

自爆のエネルギーを全てこの結界で受け止める。

これこそが、対ミノタウロス用に用意されたもう一つの切り札だ。


「さあ来い!受け止めてやる!」


怪我人を後方に置いた3人がゴメスを支える。

受け止める準備は万端だった。


だが彼らは一つの過ちを犯す。

それはミノタウロスが知能の低い魔物だと侮った事だ。


「なにっ!?」


ミノタウロスの全身を覆う赤いオーラが、突如として消える。

残念ながら脳筋に見えるこの魔物も、防がれると分かっていて自爆する程愚かでは無かった。

自爆を解除した迷宮の主は、ゴメス達へと突進する。


「しまった!!」


セイクリッドウォールは破壊のエネルギーには強固な反応を示すが、単純な物理攻撃には弱い。

ミノタウロスは容易く結界を突き破り、その大きな手をタワーシールドの縁に掛けた。


そしてそのまま引き倒す。


「ぐわぁっ!!」


前方からの衝撃にのみ備えていたゴメス達は、想定外の逆方向への力に容易く転倒させられてしまう。

そしてそんな倒れたゴメスの体を、ミノタウロスは強く踏みつけた。


「おおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」


再び空間を震わす雄叫び。

そしてミノタウロスの巨体を赤いオーラが包み込む。


「そんな……」


身を守る盾はもうない。

爆発は広範囲であるため、走って逃げてもとても間に合わないだろう。

絶望がパーティーを支配する。


そんな絶望の中、一人の男が動いた。


彼は手にしたナイフで素早く荷紐を切り離し、全身を血の様な赤に染めるミノタウロスへと駆ける。

その手には長年付き合ったあいぼうが握られていた


「ここじゃ!」


バルム・シーは、体重と勢いを乗せた剣を真っすぐに突き出した。

狙うはその首元。

竜麟の矢ドラゴンズアローによって穿たれた小さな穴だ。


引退して尚、振り続けて来た剣。

その剣の冴えは、寸分の互いも無く唯一の希望を捕える。


「ぎゅぇあぁぁ……」


巨大な堤防が小さな穴から決壊する様に、突き刺さった剣の先端は肉を押し広げ、骨を寸断して突き進む。

一瞬ミノタウロスの体がビクンと跳ね、その巨体は光の粒子となって消えていった。


一本の角レアドロップを残して。

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