第20話 ミシェイル
「今日はここでキャンプだ」
手早く火をおこし、迷宮付近で休憩の準備をする。
ミシェイルは食事を済ますとさっさと寝ってしまった。
別に俺に見張りを押し付けた訳ではない。
ミシェイルが冒険者としてこのダンジョンに来たのは7年前の事だった。
愛する女性を蘇らせる。
その一心で彼は竜宮踏破を目指し、深淵の洞窟へと訪れたのだ。
初めは只の騎士の道楽かと思いスルーしていたが、ミシェイルに秘められた才能。
そしてその才能に奢る事無く勤勉であり続ける姿勢。
それに加え、驚くほど慎重な行動は自然と俺の目を引き付けた。
「もう7年か……」
ダンジョンの事を可能な限り詳しく調べ上げ。
装備を整え、自らに厳しい研鑽を課す。
決して無理せず確実に進めていくミシェイルの、冒険者の規範とも言うべきその行動が遂に実を結ぶときがやって来たのだ。
とは言え……
グレートドラゴンの強さは並ではない。
しかも一度戦闘に入れば周囲を結界に阻まれ、逃走する事も不可能だ――元々ラスボスとして用意したので、古典に乗っ取り逃げられない様にしてある。
勿論それは彼も知っている事なので――グレートドラゴンは20年前探究者に1度倒されているので、その情報は有名だった――恐らく何らかの対策は用意しているのだろう。
だがそれを含めて考えても、俺の所見では良くて5分5分だ。
かなり厳しい戦いになると予想される。
「……」
普段の慎重な彼なら、不確定要素が強すぎるグレートドラゴンとの戦闘は暫く先送りにしていた筈だ。
だが彼は戦いを挑む。
いや、挑まざる得なかった。
彼に残された時間は、もうそれ程長くなかったからだ。
死へと至る病。
彼は病魔にその身を蝕まれ始めていた。
病に侵された彼の肉体は、恐らくもう1年も持たないだろう。
今は問題なく動けてはいるが、やがて体の自由は効かなくなってくる。
そうなればダンジョン攻略は絶望的だった。
だから彼は急いだのだ。
ダンジョンの攻略を。
「ふぅ……」
数時間ほどしてミシェイルが目を覚ます。
「よく眠れたかい?」
「ああ、そっちは?」
「ぐっすりさ」
笑顔で嘘を返す。
超人となった今の俺に、休息や睡眠などは不要。
まあ寝ようと思えば寝る事も出来なくはないが、今回は同じタイミングでダンジョンに入ったテリー達の様子を盗み見していた。
因みにテリー達はまだリザードマンのエリアに入ったばかりだ。
ダンジョンに入ったタイミングは殆ど同じだが、俺達は駆け足で抜けて来た為1日で迷宮に到着している。
「じゃあ、出発しますか」
「ああ……ミテルー。俺はお前には感謝している」
唐突に礼を言われて、俺は目をパチクリさせる。
寝ぼけているのだろうか?
「ソロの冒険者であった俺に付き合ってくれるポーターは、お前位の物だ」
一般的にソロでの探索は自殺志願と言われている。
それだけ、ソロでは不測の事態に対応できない可能性が高いのだ。
当然、そんな冒険者の荷物持ちをすれば命を落とすリスクは跳ね上がる。
だから他のポーター達は彼と組む事を避けていた。
まあミシェイルの場合、その優秀さと慎重さからそんな事は全くないのだが。
他の人間が一切彼と組まないのでその情報が外に伝わる事がなく、探索のお供はもっぱら俺が勤めさせて貰っている。
え?毎回組んでいる筈の俺が彼の優秀さを周囲に話さないのかって?
そんな事をしたら独占出来なくなってしまうので、する訳がない。
「ここまでやって来れたのは君のお陰だ。今までありがとう」
そういうとミシェルは腰を深く折って頭を下げる。
感謝の気持ちを伝えるのは素晴らしい事だが、このタイミングでいきなりそれをやられると死亡フラグにしか見えなくて困る。
不吉な事この上なしだ。
「ミシェイル、そのセリフはこの探索が終わってから聞かせてくれ」
「ふ、そうだな。最後だと思って少々気が高ぶっていた様だ」
「しっかりしてくれよ!こっちはボーナス期待してるんだからな」
ミシェイルの目的は竜玉だけだ。
その為それ以外のグレートドラゴンのドロップ品の半分は、俺にボーナスとして渡してくれるらしい。
命をかけた仕事である事を差っ引いても、破格の報酬と言っていいだろう。
まあ別に全くいらないんだがな。
そもそも俺が生み出したアイテムだし。
だがまあそれが彼の感謝の気持ちの現れだというのなら、受け取ってやるのが優しさという物だろう。
「此処からは敵が一段強くなって危険な魔物が増える。慎重に進むとしよう」
「了解」
此処までは走る様に駆け抜けて来たが、流石に此処から先は慎重に進む事になる。
さて、ミノタウロスとは遭遇するかな?
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