第19話 期待度ナンバー1

竜玉。

それは死者を蘇らせる力を持つマジックアイテムだ。


その入手方法は深淵の洞窟。

その最奥に位置していた竜宮の主、グレータードラゴンを討伐した者のみが手にする事の出来る至宝だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「おーい!ミテルー!」


声に振り返る。

そこには笑顔で走って来る少年の姿があった。

金髪金目に勝気そうな整った顔立ちをし、胸には青い金属製の胸当てを身に着けている。


「よう、久しぶりだな。装備を変えたのか?」


少年の名はテリー。

少し前にポーターとして知り合った若い冒険者だ。


「お、分かる?これミスリルで出来たベストなんだぜ」


テリーが嬉しそうに金属製のベストを引っ張った。


ミスリルは魔法金属であり、軽くて丈夫な素材だ。

しかも魔法に対する高い耐性も併せ持つ、優秀な金属だった。


「高かったんじゃないのか?良く買えたもんだな」


ミスリルはその産出量の少なさと金属としての優秀さから、その装備は普通の冒険者ではおいそれと手の出せない価格帯をしていた。

テリーは確かに優秀だが、それでもよくこの短期間で買えたものだと感心する。


「へへ、実はこの前ミスリル合金が宝箱から出て来たんだ」


合金を売った金で装備を買った。

若しくは売る時の条件として、一部を加工して装備を作って貰ったという事だろう。


「成程。相変わらずの豪運だな」


トラップバッタで何故だか最悪の引きをしてしまったテリーだったが――痛い目を見て軽挙妄動を反省し、しかも俺に蘇生されたのだから、実はある意味最高の引きだったと言えなくもない――相変わらず運には恵まれている様だ。


「まあね」


テリーはこれでもかとドヤ顔する。

一流の冒険者は大抵ミスリル製の装備を愛用する。

自分もその仲間入りした気分で嬉しいのだろう。


「エルにもちゃんと何か買ってあげたのか?」


エルはテリーの幼馴染で、彼とパーティーを組んでいる少女の名だ。

彼女はテリーに惚れていた。

そして本人はまだ気づいていない様だが、間違いなくテリーの方も彼女に惚れている。


2人の関係は甘酸っぱい事この上なしだった。

出来ればダンジョンで命を落とす事なく――まあもう一度落としてはいるが――添い遂げて欲しい物だ。


「エルはなんかペンダントが欲しいって、一日中付き合わされて参っちまったぜ」


「それはデートと言うんだぞ」そう言いたかったが止めておく。

テリーに余計な意識を持たせてしまって、ダンジョンでポカされでもしたら叶わない。

まあいずれテリーも自分の気持ちに気づく日が来るだろうが、それは失敗をリカバーできる程度のベテラン冒険者になってからが望ましかった。


俺的期待度ランキング第3位の彼には、是非とも頑張って貰いたい所だ。


因みに2位は、何故か冒険者としてダンジョン探索を命じられたレイドとその部下ヴァルキリー達だ。

神器は国から持ち出せないので使う事は出来ないが、それでも彼らの腕前は他の追随を許さないレベルにある。


まあダンジョン慣れしていないのであっさり壊滅する可能性も無くはないが、彼らが期待の超新星である事には変わりなかった。


「ちょっとテリー!いきなり走り出さないでよ!」


茶髪ポニテの少女が此方へと駆けて来る。

エルだ。

彼女は荒くなった息を整え、俺に「お久しぶりです」と言って会釈する。


「悪い悪い。ミテルーが見えたからさ」


「だからって何も言わず全力疾走しないでよね!びっくりするじゃない!」


2人が夫婦漫才を始める中、一人の青年が此方へと駆けて来る。


「はぁ……はぁ……師匠。いきなりどうしたんですか?」


「おいおいミゲル。この程度で息を上げるなんて情けないぞ」


「すいません。師匠」


どうやら師匠というのはテリーの事を指している様だ。


「ちょっと!ミゲルさんは大荷物を抱えてるんだから当たり前でしょ!」


ミゲルの背中にはどでかい背嚢が背負われている。

更に腰にもパンパンに膨らんだのポーチが付いており、その隙間に剣迄かけられていた。


「それでもだよ!俺ならこれぐらい余裕だぜ!息一つ切らさないね!」


テリーは無茶苦茶言う。


ミゲルの荷物は優に100キロは超えている様に見える。

それを背負って1キロ近く走らされれば、いくらテリーの身体能力がずば抜けているとはいえ、流石に息ぐらいは上がるだろう。


「所で師匠って何の事だ?」


「へへへ。こいつ、今うちの専属ポーターをしてるんだけど。将来は冒険者になりたいって言うから、俺が鍛えてやってるのさ。おっと!今更俺達のパーティーのポーターに戻りたいと思っても、もう手遅れだぜ!」


「そいつは残念だ」


俺は冗談めかして肩を竦めて見せた。

息を整えたミゲルが「初めまして」と俺に会釈して来る。

実際は初めましてでも何でもないのだが、その事を口にする気は無いので俺も同じように返しておいた。


「ふふ、ミテルーさんとミゲルさんの名前って似てますね」


「そうか?」


エルは何が面白いのかクスクス笑いだす。

それ程似てるとも思えないが、この年頃の女の子の考える事はいまいちわからん。


「俺達はこれからダンジョンに行くんだけど、ミテルーもダンジョンか?」


「まあな」


俺の姿を見てテリーが聞いてくる。

背中にはミゲルの背嚢より一回り大きな物を背負っていた。

ここアグレス南門前で、大荷物を背負っているのはこれから仕事に出かけるポーター位のものだ。


「ここで待ち合わせさ」


「へぇ。そのパーティーは強いのか?」


テリーが興味津々に聞いてくる。

依頼主の事をペラペラしゃべるのもどうかとは一瞬思ったが、まあ別に教えてやってもいいだろうと思い口を開いた。


「パーティーじゃなくてソロさ。銀閃のミシェイル。聞いた事ぐらいあるだろ?」


これからダンジョンに向かうミシェイルは、俺的期待度ランキングナンバーワンの男だった。

彼は今最も竜宮攻略に近い男だ。


「知らないけど?」


テリーは「誰それ?」といった表情で答えた。

隣にいるエルも「誰ですか?」という顔をしている。


何で知らねーんだよ。

冒険者の間じゃ彼は結構噂になってるはずなんだが、周りに興味なさすぎだろこいつら。


「しってます!確か単独で迷宮を攻略した方ですよね!とんでもなく凄腕のベテラン冒険者だとか!!」


ミゲルがその話に喰い付いて来る。

どうやら彼は知っている様だ。


「ああ、その情報は古いな。今はもう炎の神殿まで突破してるよ。そして今回の探索では、竜宮攻略を目指す予定になってる」


炎の神殿は迷宮の次の次のエリアだ。

そしてその先には元最奥である竜宮エリアがある。

出現する魔物はすべて竜であり、竜宮の支配者たる元ラスボスグレートドラゴンの強さはそれまでの魔物の比ではなかった。


そんなグレートドラゴンに、ミシェイルは今回の探索で挑むつもりだ。


「ええ!マジですか!?」


ミゲルが目を丸めて驚く。

面白い位に大きな反応が返って来るので、見ていて飽きない。


「嘘はつかないさ」


「あの……大丈夫なんですか?」


エルが心配そうな表情で此方を見て来る。

単独で無茶な探索を行う冒険者に付き合う事を、心配してくれているのだろう。


「ああ、大丈夫だよ。ミシェイルは本当に優秀だからね。俺は彼を信頼している」


まあ仮に失敗してミシェイルが死んでも――それは残念な事だが――俺自身が死ぬ事は絶対にないので気楽な物だ。


「ふん、だから俺達の専属を断ったって訳か」


テリーが半眼で此方を睨んで来る。

どうやら断られた事をなんだかんだ言いつつも、少しは気にしていた様だ。


「まあ有り体に言うとそういう事になるな。俺も一ポーターとして、ダンジョン攻略をこの目で見てみたいって言うのがあったからな」


「んだとう!それじゃ俺達じゃ攻略できないみたいじゃねーか!」


「ははは。以前みたいな無茶をしている様なら、難しいだろうな。少しは慎重に進む様にはなったか?」


「へっ!何度も同じミスをこのテリー様が犯すかよ!絶対ダンジョンを攻略してほえ面かかせてやるからな!」


そう言うとテリーはずんずんと大股で南門へと歩いて行った。

エルを見ると苦笑している。

この様子じゃ相変わらずっぽいな。


「エル。テリーが攻略出来るかは君にかかっていると言っていい。大変だとは思うが、頑張ってくれ」


俺の為に。


「はい!任せてください!」


エルはそう答えると「ちょっと待ちなさいよ!」といってテリーを追いかける。

ミゲルも会釈してその後に続いた。


「知り合いか」


「まあね。期待のルーキーさ」


声を掛けられ振り返って答える。

銀の髪と銀の瞳を持つ美しい男の名は、ミシェイル。

これから一緒に竜宮を目指す男だ


彼は銀閃のミシェイルの二つ名で呼ばれている。

その腰に掛けられた魔法剣、銀狼剣から繰り出される閃光の様な一撃から付いた二つ名だ。


名付け親は――勿論俺!

我ながら最高のネーミングセンスだ。

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