竜玉

第18話 騎士の誓い

「ミシェイル!見て!」


フリルがふんだんにあしらわれたピンクのワンピースを着た10歳ほどの少女が、天使の様な笑顔で青年に駆け寄る。

その手には青い花が数本握られていた。


「ラムインですか」


「そう!さっき庭を見たら咲いていたの!」


ラムインと呼ばれる、その小さな花弁の並ぶ青い花の花言葉は守護。

その花言葉から、騎士が主への忠誠を示す儀式で使われる花となっていた。


「それでね……その、ミシェイルは私の事……守ってくれる」


少女も花言葉を知っており、頬を染めながらそれを青年――ミシェイルに手渡した。

それ受け取った青年は膝を付き、両手でその花を少女へと掲げる。


「騎士ミシェイルの名において、我が主、カミール・コインブラ様への忠節を今ここに誓います」


少女はミシェイルの捧げる花を嬉しそうに受け取った。


ウェーブがかった金の髪と、それと同じ色の瞳を持つ可愛らしい少女の名はカミール・コインブラ。

コインブラ伯爵家の令嬢だ。


そして彼女に忠誠と花を捧げた青年の名はミシェイル。

コインブラ家に仕える騎士見習いだった。

ミシェイルは12の時にその才能を認められ騎士見習いになり、今年でもう3年目になる。


「ミシェイル。私の事をちゃんと守ってね」


「勿論です」


カミールはラムインの花が咲く季節になるとそれを彼に手渡し、先程のごっこ遊びを迫る。

これは幼い彼女なりの、ミシェイルに対する恋のアプローチであった。


ミシェイルも彼女のそんな気持ちにはもう気づいてはいたが、身分の違いがある事と、年齢的な事もあり気づかないふりをしていた。


「約束よ!絶対の!」


「はい。この命に代えても」


幼い少女が青年に向ける淡い思い。

だがその微笑ましい恋は決して結ばれる事無く、ある日突然終わりを告げる。



「ミシェイル。私、ケイセン家のフブラン様の元に嫁ぐ事が決まったわ」


「……おめでとうございます」


ミシェイルは一瞬驚いた顔をするが、直ぐに笑顔になって祝いの言葉を述べる。

だがその心中は決して穏やかな物では無かった。


カミールはこのとき15歳。

ミシェイルは20歳になっており、正式にコインブラ家に仕える騎士となっていた。


「……」


「……」


2人は無言で見つめ合う。


ミシェイルにとって、初めは可愛らしい女の子としか見ていなかったカミールではあったが、年を経るにつれて美しくなっていくカミールに、彼はいつしか女性として心惹かれていくようになっていく。

そしてカミールは7歳の時ミシェイルに恋して以来8年、ずっと一途に彼の事を思い続けて来た。


両想いではあっても、その立場の違いから二人の思いが重ねられる事は決して許されず。

遂に決定的な別れが2人に訪れてしまう事となる。


「ミシェイル……私は本当は貴方と……」


「どうかお幸せに」


今にも泣きだしそうな苦しげな顔で、カミールがミシェイルの顔へと手を伸ばす。

だが彼は首を横に振ってその動き制し、悲し気に微笑んだ。


カミールは自分を連れて逃げて欲しかった。

だがミシェイルはそれには応えない。

愛しているからこそ、彼女に辛い逃亡生活をさせる様な真似が出来なかったのだ。


やがてカミールはケイセン家へと嫁いでしまう。


ミシェイルが願うのはカミールの幸福だ。

彼は只、それだけを心から祈り続ける。

だがその思いは、決して天に聞き届けられる事は無かった。


カミールが嫁いでから1年後。

ケイセン家当主ブフランは、国に対する反乱を画策した咎を問われて処刑され。

その際、カミールも首を刎ねられてしまう。

更にはコインブラ家も繋がりがあったとし、当主一族が処刑され家が取り潰されてしまう事に。


「約束を……騎士としての誓いを果たさなくては……」


愛する女性。

仕えるべき家。


枯れてしまったラムインの花を手に、何もかも全てを失った彼は心に誓う。

かつて愛する女性と交わした誓いの言葉を果たすと。

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