第17話 挿げ替え

「何者だ!」


老人は天蓋付きの豪華なベッドから立ち上がり、鈴を鳴らして枕元の剣を手に取った。

その視線は真っすぐに俺を捉えている。


「良い勘しているな」


気配を消して近づいたのだが、どうやら相当勘が鋭い様だ。

真っ暗闇の中で睨み合うのもどうかと思い、魔法で天井に光を灯して室内を明るく照らし出す。


「お前は……英雄王」


目の前の老人。

レブント帝国の皇帝、イブラハム・レブント3世が俺を見て目を見開いた。

どうやら俺の事を知っているらしい。


俺の方には覚えがないのだが……


「どこかで会った事があったかな?」


何気なしに聞いてみる。

別にその返事次第で相手への行動を変えるつもりはないので、正直どうでもいい事ではあるのだが。

まあ少し気になったので。


「子供の頃……英雄国の30周年の記念祭に招待された事がある」


「ああ……そういやしたな」


30年を祝うと言う事で、各国から貴賓を招待して大々的にやった事を思い出す。

その中にいたと言う事か。


しかしもう70年近く立っているというのに、よく覚えていた物だと感心する。

どうやらこの皇帝は相当記憶力が良い様だ。


「あの後、直ぐに病気で亡くなったと聞いていたが……まさか生きていたとは」


イブラハムは話ながら、此方に気づかれない様ゆっくりと扉の方へと動く。

まあ俺から見たらバレバレなんだが。


「ああ。一応言っておくが、その扉は通行止めだぞ 」


この部屋は結界で隔離してある。

さっき皇帝が鳴らした鈴はマジックアイテムで、自身の危機を配下に報せる物だったが、当然その報せも届いてはいない。


だが俺の言葉を無視して、皇帝はドアノブに手を掛けた。

まあ他人の言葉を鵜呑みにするのはどうかと思うので、その行動は正しいともいえるが、如何せん現実は残酷だ。


「く……」


扉が開かないと分かると、今度は剣で扉を切りつけた。

歳の割にいい腕をしている。

その太刀筋は太い木の幹でも軽くバッサリ行けるレベルだった。


だが厚みがあるとはいえ、木で出来ている筈の扉には掠り傷一つ付かなかった。

残念ながら剣で容易く破れる結界を張る程、俺も間抜けではない。


「お前さんにはここで死んでもらう」


「貴様……このレブントを……我が国を亡ぼすつもりか」


その口調はまるで侵略者に対する非難の様に聞こえる。

自分達から仕掛けて来ておいて――しかも2度も――やられそうになった途端、被害者面するのはどうかと思うのだが。


「心配しなくても滅ぼしはしない。お前を殺して、此方に従順な者を頭にすげるだけだ」


トップと方針が変わる。

只それだけの事。

国民生活にはほぼ影響はないだろう。


それどころか、今回の戦争の様に捨て駒として斬り捨てられる様な事も無くなるんだ。

寧ろ万々歳だろう。


「この国は……私の物だ!」


「あの世に国は持っていけんよ。諦めろ」


俺は皇帝に無造作に近寄る。

剣を手にしてはいるが、特に警戒する必要はなかった。


「おのれぇ!」


イブラハムが剣を振るう。

無駄なあがきだ。

俺は手刀振るい、剣ごと奴の首を刎ね飛ばす。


だが血は飛び散らない。

血の跡を片付ける手間を省く為、切る際高熱で傷口を焼いたからだ。


「でろ」


「御意」


俺の影の中から紫のスライムが飛び出した。

それは瞬く間に皇帝の遺体を取り込み、姿を変える。

レブント帝国皇帝、イブラハム・レブント3世の姿に。


「これからは、お前がレブント帝国の皇帝だ。上手くやれ」


「はっ!」


皇帝の姿になったスライムが膝を折って首を垂れる。

この魔物は取り込んだ獲物の姿形、それに記憶や性格まで模倣する力を持っていた。

大きなダメージを受ければ元の姿に戻ってしまうという欠点はあるが、まあ皇帝として生活する分には問題ないだろう。


「必ずや主の御期待にお応えいたします!」


「ああ、期待しているぞ」


別に大した事は期待してはいないが、まあそれを口にするのは野暮という物だろう。


皇帝の首を態々挿げ替えたのは、神器の使い手であるレイドをダンジョンに誘致する為だった。

今回の責任として、ダンジョンで強力なマジックアイテムを取集する様仕向ける予定だ。


本来ならこんな強引な手でダンジョンに引き込む様な真似はしないんだが、俺に喧嘩を売った罰だ。

精々俺を楽しませて貰う事にする。

もしあいつらがパンデモニウム迄攻略した暁には、大魔導士アレイスターとして再戦してやるのも悪くは無いだろう。


「まあ流石にそれは無理があるか……」


「は?」


「何でもない、気にするな。俺は朝一の仕事があるから――ポーターの――後の事は任せたぞ」


自身の無理がある妄想に苦笑しつつ。

俺は明日の仕事楽しみの為に、英雄国へと帰還する。

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