第16話 神器

「壮観な眺めではあるな」


国境線をレブント帝国10万の兵が埋め尽くしている。

生物としての根幹が違うため俺からすれば烏合の衆ではあるが、それでも数が揃って整列する姿は勇壮な物に見えた。


陣容は国境に沿って横長の隊列だ。

さらに部隊ごとに大きく間隔をとり、少しでも大魔法による被害を減らそうとしているのが見て取れた。


「だが無駄な事だ」


俺は目深に被るフードを少し上げ、呟いた。

今の俺はポーターのミテルーではなく、英雄国の守護神、大賢者アレイスターだ。


強大無比な魔力を持ってして国を守る大賢者。

百年の時を生きるその姿は秘匿され、真の姿を知る物は居ない。


……と言うロールプレイを俺は演じていた。


その気になれば姿形は幾らでも変更できるので、老人の姿で人前に出てもいいのだが、姿が分からない方が神秘性が増すので、あえてローブで全身を包み隠しているのだ。


「直、夜が明けます。大賢者殿」


ケイラスが椅子に座る俺に声を掛ける。

ここは英雄国が布陣を敷く中央付近――小高い丘の上――にある天幕の中だ。

ここからは全体の状況が良く見渡す事が出来た。


「そうか……では行くとしよう」


俺は椅子から立ち上がり、呪文を詠唱する。

飛翔の魔法だ。

本来俺には魔法の詠唱など必要ないのだが、大賢者アレイスターを演じている間ははそういう訳にも行かない――無詠唱は原理上不可能――ので、適当に唱えたふりをしながら天幕を出る。


天幕を出た所で大空へと飛翔し、下界を眺めると丁度レブント帝国が動き出すのが見えた。

俺の位置からは日の出は見えているが、帝国兵の位置からはまだぎりぎり見えていない筈。


「フライングかよ」


まあ誤差なので構いはしないが。

俺は手を翳し、進軍するレブントの軍勢に魔法を放つ。


「フレア」


手の平に生まれた魔法陣から光球が生まれ、それは目にも止まらぬ速さで地上へと着弾する。

瞬間巨大な爆発が起こり、直撃範囲の兵士達が一瞬で蒸発していった。

さらにその爆発によって生まれた熱と風は、周囲を進軍する兵士達をも薙ぎ倒していく。


「効果は今一。敵も止まらずか」


まあ最初っから分かっていた事だ。

敵が死に物狂いで攻めて来る事も、間隔の広い横長の陣形相手では円に広がる炸裂魔法では効率的にダメージを与えられない事も。


再び魔法を放つ。

今度は連続で2発。


再び地を這う兵士達が大量に消滅する。

合わせて1万以上の兵士が一方的に吹き飛ばされた状況にあるにも関わらず、レブント軍の進軍速度には一切の陰りが現れない。


「やれやれ、あまり殺したくはないんだがのう。仕方ない」


俺は魔法を詠唱・・・・・する。

だが魔法を放つ事は無く、そのまま横に素早く飛びのいた。


光の筋が走る。

先程まで俺がいた場所を切り裂くかの様に。


「魔法を撃ったところを、狙って来ると思ったんじゃがな」


背後に振り返ると、上空高くにも拘らず、白銀の鎧を身に着けた騎士の姿がそこにあった。

その背後には騎士と同じ白銀色の――ビキニアーマーと呼ばれる類の――鎧を身に着けた6人の乙女が浮かんでいる。


「七支刀か……名を聞いても良いかの?」


「我が名はレイド・バスタール。陛下より神器を預かる騎士だ」


バスタール……と言う事はガンドの息子か。

それにしては色男だな。

母親似か?


ガンドと言う男は、お世辞にも色男と言えるようなビジュアルはしていなかった。

だがその息子は顔立ちは中性的に柔らかく整っており、陽光に煌めくサラサラの銀の髪と合わさってとても幻想的に見えた。

周囲の女どもは彼を見て、さぞや色めきたてている事だろう。


「彼女達は私の眷属ヴァルキリーだ」


「成程……七支刀の使い手とその眷属が切り札だったという訳か。通りで強気に攻め込んで来た分けじゃな」


七支刀は支柱となる刃に、6つの小さな刃が枝分かれした見た目の剣だ。

だが彼の手にしているそれは、枝のない直剣だった。

6つの刃は使い手の意思で切り離す事が出来、その刃の力を取り込んだ6人の事を眷属と指す。


「大魔導士アレイスター!貴様を此処で討たせて貰う!」


言葉と同時にレイドの手にし七支刀が輝く。

この剣には3つの効果がある。


一つは手にした者の強化。

二つ目は刃を授けた眷属の強化だ。

但しこの二つは余程うまくコントロール出来なければ、力が暴走して手にした者を死に至らしめる諸刃の力だった。


神器と呼ばれる武器にはそういったリスクが大小必ず存在していおり。

その為扱える人間が非常に限られている。


「はぁ!」


レイドの手にした剣から光が放たれた。

それは目にも止まらぬ速さで敵を切り裂く、閃光の一撃。

七支刀3つ目の力、閃光斬だ。


その余り速さに、普通の人間ならば何が起こったのかも分からず絶命してしまっていただろう。


だが俺には通用しない。

体を捻って紙一重で躱す。

勿論相手も初手をそれを躱されてしまっているので、躱される事前提で動いて来る。


素早く飛翔したヴァルキリー達が俺を囲い、その内の1人が光の魔法を放ってきた。

当然俺はそれを躱す。

すると対面に居た女性がそれを跳ね返し、再び俺に飛んでくる。


それも躱すがまた跳ね返されて飛んでくる。

だが今度は一発ではない。

横からも魔法を放たれ、その数が増えた。


とは言えその程度で攻撃を喰らう訳もなく、当然2発とも回避する。


躱した2発は更に跳ね返され、そこに新たな一発が追加されて飛んでくる。

跳ね返される魔法に加え、新たな魔法がどんどんと追加されていく。

気付けば、十発以上の魔法が俺の周囲を飛び交っていた。


レイドの方を見ると、剣を構えて待機しているのが見えた。

女にだけ働かして何様だと言いたい所だが、閃光斬は消耗が大きな技であるため、バンバンと無軌道に撃つ事は出来ない力だ。

奴は魔法が当たって俺の動きが止まる瞬間、必中の一瞬を狙っているのだろう。


「残念ながら、いつまでも女子おなごのお手玉に付き合うつもりはない」


地上を見ると、レブントと英雄国の軍が今にも衝突しそうな距離まで来ていた。

ちんたら相手をしていると、うちの軍に無駄な被害が出てしまう事になる。

さっさと終わらせるとしよう。


「ふん!」


飛んできた魔法を跳ね返す。

その際魔法の性質を変化させ、跳ね返せない様にしておいた。

それに気づかない女達は、跳ね返された魔法を再び返そうとするが――


「きゃぁぁ!?」


「ひっ!」


悲鳴を上げて、6人全員吹っ飛んでいく。

だが誰一人命を落としてはいなかった。

跳ね返す前提の魔法である為威力が低かったと言うのもあるが、眷属として神器の力を与えられているのが大きい。


「くっ!?」


レイドが破れかぶれで閃光斬を撃って来るが、当然そんな物には当たらない。

軽く躱し、そして――


「幻影陣」


俺の足元から影が飛び出し、周囲の空間に蜘蛛の巣の様に展開する。

その影はレイドや吹き飛んだ6人の眷属を絡めとり、その動きを封じ籠めた。


「ぐ……これは……」


「ほっほっほ。儂のとっておきじゃよ。もうお前達は指一本動かす事が出来ん」


殺さず態々動きを止めたのには意味がある。

彼らに冒険者として、ダンジョンに挑んで貰うためだ。

今決めた。


「さて」


掌を地上に向け、適当に呪文を詠唱してみせる。

そして横長に展開するレブントの軍に向かって、魔法を放つ。


「アースクエイク!」


「んなっ!?」


レブント軍の足元だけが大きく揺れ、地が裂け巨大な地割れが姿を現す。

横長に伸びたそれは、その上に居た敵兵を容赦なく飲み込んでいいった。

それを見てレイドが絶句する。


自軍の兵、其の8割近くが呑み込まれたのだ。

これで平静で居られたら大したものだ。


「少しやりすぎてしまったかのう」


少しレイド達と遊び過ぎてしまった様だ。

お陰で敵軍の撃退がギリギリになって、大量虐殺する以外なくなってしまった。


ま、別にいいか。

人類全体から見たら7-8万人ぐらい誤差だ誤差。


「さて、お主らには捕虜になって貰うぞ」


俺は幻影陣で動けなくなっているレイド達を連れ、英雄国への本陣へと帰還する。

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