第31話 セーフ

「ノックバック!」


突進してくるミノタウロスを、レイドの特殊な魔法――相手を大きく吹き飛ばす魔法――が足止めし。


「エレメントセイバー!」


「バーンクラッシュ!」


「アースエッジ!」


ヴァルキリー達の魔法の連打で、ミノタウロスを一方的に滅多打ちにしてダメージを与える。


「ぐおおぉぉぉぉぉぉ!!」


全て高威力な魔法であるため、見る間にミノタウロスの体力が削られていく。

早々に通常の戦闘を諦めた迷宮の主は、全身を赤く染め、全てを吹き飛ばそうと自爆を試みる。


だが――


「ウォールバリア!」


「リィンフォース!」


3人による結界魔法。

更にそれを強化する魔法が重ねられ、ミノタウロスの自爆は完全に抑え込まれてしまった。


ノーダメージの完全勝利だ。


「いやー、完勝ですね」


「これぐらいどうって事は無い。さあ、先に進もう」


拍手して称えて見たが、その反応はそっけない。

態と冷たい態度をとって、此方の不安を煽っているのだろう。


迷宮を抜けた所でいったん休憩。

短時間にも拘らず、また見張りを任された。

レイドだけではなく、この辺りからヴァルキリー達の言動も余所余所しい感じになって行く。

初めっから作戦として全体で決めていた事なのだろう。


水の神殿に入ると、彼らは水音を立てない様ゆっくりと奥へと進んで行く。

出来るだけ余計な魔物を刺激しないためだ。

まあ俺はそんな事一切気にせず、じゃぶじゃぶ行かせて貰うが。


「ミテルー。もう少し音は何とかならないのか?」


すると文句を言われてしまった。

多分これは作戦抜きでの純粋な苦情だろう。


「無理ですよ。荷物を背負ってますから」


此方は大荷物を背負っているのだ。

膝まで水のある場所で水音を立てずに歩くのは無理だ。

精々頑張って、音におびき寄せられ魔物退治を頑張ってくれ。


「敵です!」


探査魔法を担当しているヴァルキリー――赤毛赤目のコニーが周囲に警戒を促す。

身長は170センチぐらいだろうか。

年齢二十歳の巨乳の持ち主だ。

ミスリルで出来た胸当て越しにもそれがはっきりと伝わって来る。


ヴァルキリー達は残念ながら、初めて会った時の様なビキニアーマーを身につけてはいない。

全員長袖長ズボン。

その上から胸当てなどの普通の軽装備を身に着け、腰には剣を帯同している。

一般的な冒険者の出で立ちと言っていいだろう。


「ウィンディーネか!」


水中から水の乙女ウィンディーネ達が姿を現した。

魔物は周囲の水を刃へと変え、此方へと突っ込んで来る。

思ったよりも素早い動きに防御魔法が間に合わず、7人はバラバラに散ってそれを躱す。


勿論俺は、そんな中気にせず棒立ちだ。


「ウィンドカッター!」


フィニーが躱しざまに風の刃を放つ。

それは俺のすぐ横を通り過ぎていったウィンディーネを追尾し、真っ二つに切り裂いた。


「エナジーバースト! 」


その姉であるフェニーが、続いてエネルギー弾を放つ。

それは2体の中間で爆発し、魔物を纏めて吹き飛ばした。

魔力自体は2つ下のフィニーより劣ってはいるが、その精密なコントロールは大した物だと感心させられる。


「はぁ!」


残った最後の一体を、魔法を纏わせたレイドの剣が切り裂く。

周囲に静けさが戻り、戦闘はあっという間に終了した。


「ミテルー大丈夫!?」


フィニーが駆け寄って来る。

ウィンディーネの一体が俺のすぐ横を通り過ぎたので、心配してくれたのだろう。


「ああ、問題ない。基本的に魔物は無害なポーターよりも、冒険者への攻撃を優先するからな」


魔物達も危険な相手かそうでないか位の判断はする。

当然危険度の薄い相手は基本後回しだ。

尤も、砂鮫の様に取り敢えず手あたり次第に襲ってくるような魔物もいるにはいるが、そういう種類は基本少ない。


「それよりいいのか?俺を不安にさせる作戦なんだろ?」


俺はレイド達を指さした。


此方の危機感を煽って情報を引き出す作戦だ。

それなのに俺の心配をしては意味がなくなってしまう。

言われて気付いたのか「あっ!?」とフィニーが声を上げる。


「どうやら、此方の意図は気づかれているみたいだな」


「情報を引き出したいみたいだけど、無駄だよ。死んでも話す気はないんでね」


長々と引っ張っても仕方がないので、煽ってさっさと答えを確認する事にする。

まあ此方の命まで取る気はなさそうに見えるが、それでも俺の体に攻撃を加えた時点で……PKとして処分させて貰う。


「ミテルー。我々は竜宮を――グレートドラゴンを何としても攻略しなければならない」


レイドの手にした剣が閃き、俺の首筋に触れて止まる。

まあ押し付けているだけだ。

傷はついていないので、ギリギリセーフとしておく。


「俺が死んだら、荷物を持つ奴がいなくなるぜ?」


「その時はゲートを使って帰るだけだ」


ゲート。

それは深淵の洞窟ディープダンジョンから脱出するために用意された転移装置だった。

一つは迷宮と水の神殿の間にあり、残り二つは竜宮入り口とグレートドラゴンの出現する空間――討伐者のみ利用可能――に設置されている。


「成程」


ここはまだ水の神殿に入ってすぐの場所だ。

引き返すのは容易い。


「ミテルー。俺は本気だ。痛い目を見る前に、素直に話した方が身のためだぞ」


「それは無理な相談だな」


俺は口の端を歪めて不敵に笑う。


「長生きしたくは無いのか?」


「それなら神器が手に入った時点で引退してるよ。売れば一生遊んで暮らせる金になるんだからな。俺はこのポーターって仕事が好きでね。だから、依頼主の情報を売ってまで長生きする気はない」


まあ転生者である俺は基本不老不死なので、嫌でも長生きする事にはなるんだが。


「たかだか荷物運びの矜持に命をかけるというのか。くだらん」


「薄汚い強盗よりはマシだろ。それともお前は、その行動に胸を張って生きてるのか?」


「貴様……」


ぎりっと、噛み締められたレイドの奥歯が軋む。

首筋に押し付けられ剣が、ぐっと一段強く押し付けられた。


「もうやめようよ!」


此処までかな?

そう思った時、突然フィニーが声を上げた。

純粋な彼女には、こういった卑劣な手段が受け入れがたいのだろう。


「こんなのあたし達がする事じゃないよ!」


「フィニーの言う通りですわ、レイド様。確かに情報は欲しいですけれど、私達ならばそんな物に頼らなくともきっとグレートドラゴンを倒せるはずです」


エマもその意見に同調する。

他の面子も口に出しこそしてはいないが、同じ意見の様だ。

表情を見れば一目でわかる。


「くっ……だが我々に失敗は許されない……恐らく今のままでは」


父親であるガンドから、竜宮の主の強さは嫌という程聞かされているのだろう。

そして今の自分達では勝てない。

若しくは勝てても多大な犠牲が出ると、レイドは判断しているのだろう。


まあ大正解だ。


レイドの腕は大したものだとは思うし、配下のヴァルキリー達の能力も相当高い。

だがそれでも、7人という少数で勝つのは厳しと言わざるを得なかった。


ヴァルキリーレベルの人間が後2-3人いれば話は変わって来るのだろうが、恐らく彼らは人員を増やすつもりは無いだろう――まあ仮にあっても、そんな人材は早々転がっていない分だが。


「大丈夫だよ!あたし達強くなるから!ね!皆!」


フィニーの言葉に全員が力強く頷く。

それを見て、レイドは手にした剣を俺の首筋から離した。


「わかったよ、皆……。ミテルー、不快な思いをさせてしまってすまなかった」


レイドは深く腰を折って頭を下げる。

俺はその頭を軽くはたいてやった。


「2度とすんなよ」


「ああ、分かっている。本当に済まなかった」


「ならいいさ」


その後パーティーは水の神殿と火の神殿を抜け、無事竜宮にまで辿り着く。

そこでドラゴンを何体か狩ってから、入り口のゲートを使って帰還した。


「ミテルー!」


仕事が終わり、街に帰った俺は彼らと別れる。

少し歩いた所で、背後からフィニーが駆け寄って来た。


「どうした?」


「あのね!レイドに剣を突き付けられても自分を貫いた時のミテルー、凄く格好良かったよ!」


「ははは、そうか?」


まあ曲げなければいけない様な窮地では無かっただけなのだが、褒められて悪い気はしない。

俺はぽんぽんとフィニーの頭を軽く触る。


「うん!すっごく格好良かったよ!」


急に背伸びをした彼女の唇が、俺の頬に触れる。


「じゃ、またね!」


驚いた俺は、ポカーンと走って行く彼女の小さな背中を見送った。


頭の中にレムの≪残念です≫の一言が響く。

どうやら俺の様子を見ていた様だ。

覗き見なんて悪趣味な真似してんじゃねぇよ、まったく。

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