転生者
第32話 旅立ち
「父さん!私旅に出るわ!」
背中から
世代的にはそれ程差がない――20代――様に見えるのだが、男はどうやら女性の父親の様だった。
但し、その背に女性の様な羽は生えていない。
「急にどうした?なにか悪い物でも食べたのか?」
「違うわよ!だいたい悪い物を食べたぐらいで、私の様子がおかしくなる訳ないじゃない!」
そう言いながら、女性は自身の六つに綺麗に割れた腹筋を叩く。
ムキムキという訳ではないが、彼女の体に無駄な脂肪はなく、良く絞られていた。
つまりは貧乳である。
「思い出したのよ!」
「何をだ?」
先程から高い娘のテンションに対し、父親は落ち着いた様子で聞き返す。
きっと普段から同じ様なやり取りが親子間で成されているのだろう。
「私が転生者だって事をよ!」
「転生者?なんだそれは?」
「一度別の世界で死んで、新しくこの世界に生まれたって事よ!」
「はぁ……」と、男は娘の荒唐無稽な言葉に溜息を吐き。
首を横に振る。
その顔にはまたかといった表情が刻み込まれている。
「一昨日はヘルバトラーになると言い。今日は生まれ代わりと来たか」
ヘルバトラーとは、親子の住まう一帯で伝承として残る太古の魔物の事だ。
その力は地を割り、空を引き裂いたと言われている。
彼女はそんな強力な魔物に憧れ、一昨日、父親に向かって伝説の魔物の様に強くなると宣言したばかりだった。
「ずっと思ってたの!何でこんなに私は強いんだろうって!最初は妖精である母さんの血だとばっかり思ってたけど、でも違ったの!」
彼女の母親は妖精だった。
但しこの世界の妖精は小人サイズの小さな生き物ではなく、羽の生えた人間サイズの――一言で言うならば亜人だ。
亜人である妖精は人間と交配が可能であり。
人間である父親と、妖精である母親の間に生まれた彼女――スーメリアは人と妖精のハーフであった。
「私の異常な強さの本当の理由!それが転生だったのよ!」
スーメリアには生まれつき、強力な力が備わっていた。
妖精は人間より遥かに優れた種族だ。
その為、それはずっと妖精としての血による物だと彼女は思っていた。
だが彼女は思い出す。
自身が転生者であり、人は元より、妖精すらも超える強大な力を神より与えられたていた事を。
「だから私は旅に出るわ!」
「落ち着け、スーメリア。仮にお前の言う事が本当だったとして、何故旅に出る必要がある?」
尤もな意見である。
転生者である事は、別段旅に出る理由にはならないだろう。
「この世界にはね、私の他にもう一人転生者がいるのよ!その人に会いに行ってみたいの!」
スーメリアは目をキラキラと輝かせて語る。
その表情は、まるでまだ見ぬ運命の相手を思う様な恍惚とした物だった。
そんな彼女を見て、父親は苦虫を噛み潰したかの様な顔になる。
自分の娘がどこの馬の骨とも知れない相手に思いを馳せる。
そんな物を見せられては、父親として心中穏やかではないだろう。
「だから旅に出るわ!」
「だめだ」
「なんでよ!!」
「お前はまだ2歳なんだぞ。子供のお前を旅になんて出せる訳がないだろう?」
スーメリアは一見成人している様に見えるが、実はまだ2歳だった。
妖精は人間より成人までの成長速度が遥かに速い。
彼女がたった2年で成人女性に近い状態まで育っているのは、妖精の血を引いている――妖精は生後1年で成人する――為だ。
「旅がしたいのなら、もっと大人になってからにするんだ。でなければ危険――だっ!?」
言葉の言い終わりと同時に、父親のすぐ横にスーメリアの踵が落とされた。
それは床を盛大に砕き、その衝撃は部屋の壁にまで亀裂を入れる。
とんでもない威力の踵落としだ。
「大丈夫!私超強いから、危険なんて何にもないよ!それに転生前は15まで生きてたんだから、実質17だよ!」
彼女は特殊な魔法で床にあいた穴や、そこから続く亀裂を素早く修復させると部屋から飛び出した。
と思いきや、直ぐに戻って来て扉から顔を覗かせる。
「あ、ちゃんと月一ぐらいで転移魔法で戻って来るから安心して!じゃあ行ってきます!!」
思い立ったら即行動。
そのせいでスーメリアは前世で命を落としてしまっているのだが、全く反ししていない様だ。
転生後も彼女は本能の赴くままに突き進む。
そしてやがて彼女は辿り着く事になる。
もう一人の転生者がいる英雄国。
そのダンジョンへと
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