第55話 死の恐怖
深呼吸して息を整える。
目の前の敵に集中し、手にした剣を強く握り込んだ。
相対する魔物はリザードマン。
高い身体能力を持ち。
更には長い槍を扱う危険な魔物だ。
「はぁ!」
突き出された槍を紙一重で躱し、剣を打ち込む。
だが俺の一撃は空を切る。
外したすきへの反撃を警戒し、後ろに飛んで仕切り直した。
「ミゲル!踏み込みが甘い!びびるな!!」
背後から師匠の激が飛ぶ。
自分の臆病な心情をあっさりと見抜かれ、苦い気持ちになってしまう。
「はい!」
師匠の指導のお陰で、剣の腕に関しては十分な自信がある。
だが実践になると、いつも及び腰になってしまう。
弱い魔物なら兎も角、強い魔物を相手にするとそのせいでジリ貧になり、いつも最終的には師匠に何とかして貰っている始末だ。
不甲斐ない自分を何とかしなければとは思うが、死がちらつくとどうしても体が震え、動きにブレーキがかかってしまっていた。
こんな事では、いつまでたっても母の様な勇敢な冒険者にはなれない。
「馬鹿野郎!ぼさっとすんな!」
「しまった!」
考え事をしていたせいか、剣で受けた槍を捌き切れずに、力で押し込まれて体勢を崩されてしまう。
咄嗟に体勢を立て直そうとするが、リザードマンが一歩踏み込んで槍を突き出した。
それをなんとか剣で受けようとするが、半端な形であったため弾かれてしまう。
「ひっ……」
リザードマンの口元が歪んだのが見え、俺は思わず悲鳴を上げる。
丸腰で勝てる様な相手ではない。
早く間合いを離さなくてはという思いとは裏腹に、足が震えて真面に動かず、俺はその場で尻もちをついてしまった。
そこに槍の穂先が迫る。
死にたくない!
そう強く思いながらも、俺は生き残るのとは真逆の行動をとってしまう。
目を瞑り、身を縮める。
嫌な物から、恐怖から目を逸らす。
まるで子供の様な行動だった。
「諦めんな!馬鹿やろう!」
罵声は前から聞こえて来た。
俺は恐る恐る目を開く。
そこには俺よりもずっと背の低い、だが頼もしい師匠の背中があった。
「師匠……」
見るとリザードマンの姿はもうそこにはなかった。
師匠が一刀の元で切り伏せたのだ。
本当にこの人は凄い。
「お前がさっさと諦めるから、ギリギリだったじゃねーか!死にたいのか!!」
「すいません」
起きあがって謝ろうとするが、腰が抜けて立ち上がれない。
俺はその場で俯き謝った。
「はぁ…ったく、しょうがねぇな」
そう言うと師匠は俺に手を差し伸べてくれる。
俺はそれを掴んで引き起こして貰った。
「そんな様じゃ、一流の冒険者は夢のまた夢だぜ。これならまだミテルーの方がましだぞ?」
「そこで俺を引き合いに出されても困るんだがな。はい」
ポーターとして随伴してくれているミテルーさんが、飛ばされた剣を拾って俺に渡してくれる。
確かに師匠の言う通りだ。
この人はびっくりする程肝が座っている。
きっとさっきの俺と同じ様な状態になっても、この人なら自分で何とかしてしまうと思える頼もしさがあった。
「何だったらまたポーターに戻って、代わりにミテルーに冒険者をやってもらうか?」
「俺は剣を振れないから無理だな」
「どうだかな。怪しいもんだ」
師匠が半眼を向けた。
ミテルーさんは、実は凄腕なんじゃないかという噂を偶に耳にする。
危険の多いポーターという仕事を長く続けてるにも拘らず、彼は今まで大きな怪我を負った事がない。
その事から、彼が一流の腕前を有しているのではないかという憶測からの噂だった。
まあ噂は所詮噂でしかない。
腕が立つならポーター等やらず、冒険者になっている筈だ。
そう思っていた。
だが実際一緒に行動すると、その桁違いの体力、何時如何なる時でも落ち着き払った平常心を持つ彼の高い精神性をまざまざと見せつけられ、噂が実は本当じゃないのかと思えてくる。
「兎に角、いつまでもこの調子じゃ首だぞ」
「う……」
返す言葉もない。
少しでも強い敵が出るとこの体たらく。
首になっても文句は言えないだろう。
「ちょと、あんまり虐めたら可哀そうでしょ。冒険者として活動しだしたのは最近の事なんだから、ミゲルさんはまだ慣れてないのよ」
「へっ!俺は最初っから余裕で突っ込んでったぜ」
「あんたの場合は何も考えたないだけでしょ!」
「なんだと!馬鹿エル!」
「馬鹿はそっちでしょ!」
「はいはい、二人とも痴話喧嘩はそこまでだ。魔物が寄って来てるよ」
ミテルーさんがパンと手を叩く。
彼の視線の先から、リザードマンが4 体近づいて来るのが見えた。
「3匹は俺がやる!ミゲル!今度はちゃんと決めろよ!」
そう言うと師匠が駆けだす。
何時までも落ち込んではいられない。
次こそは!そう心に決めて、俺もそれに続いた。
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