第3話 PKK

「まったく、付いてねぇぜ」


入り口付近までくると、ゲリルは立ち止まり嘆く。


「まあこんな日もありますよ」


その言葉に俺は軽く答えた。

ポーターは収穫の分け前が貰えない代わりに、損失が出ても確実に自分だけの報酬を手にする事が出来た。

パーティーが損をしようが関係のない立ち位置だからこその軽い答えだ。


「おいおい、何言ってやがる。この中で一番ついてねぇのはてめぇだぜ」


ゲリルがへらへら笑いながら、背中の大剣を引き抜く。

だが他の奴らは動かない。

どうやらゲリル一人で十分と判断した様だ。


「な、なんのつもりです!?俺は組合に所属しているんだ!そんな俺を殺したりしたら!」


ポーターには組合ギルドが存在している。

これは弱い立場のポーターを守るために国が立ち上げた物だが、残念ながらその効果はかなり薄い物と言えた。

少なくとも、PKの抑止効果としてはほとんど機能していない。


「誰も見てやしねぇよ。てめーは魔物に殺された。それだけの事だ」


俺が死ねば、ゲリルの言う通りの扱いになるだろう。

ダンジョン内では目撃者は元より、魔物が遺体を食い荒らす為、証拠もほとんど残らない事が多い。

その為ポーターキラーが発生しても、余程派手にやらかさない限りそれが露見する可能性は低かった。


だからこそ、PKをする者が後を絶たないのだ。


「わ、わかった!金なら渡す!俺の全財産を!だから助けてくれ!」


我ながら臭い芝居ではあったが、相手はそんな俺の反応に気を良くしたのかにやにやと笑う。

それは下の人間を踏みにじる事に喜びを見出す、下劣な笑いだった。


「な!頼むよ!」


「悪いなぁ、そりゃ無理だ。外に出たらおめーがペラペラしゃべるのは目に見えてるからよ」


「そんな……」


俺は背嚢をぶん投げ、その場から逃れ様とする。

だがそんな俺の足に何かが絡みつき、その場で盛大に転倒してしまう。

足元を見ると、地面から生えた植物が俺の足元に絡みついていた。

どうやら魔導師が死角で魔法を唱えていた様だ。


まあ知ってたけど。


「さてここだと人が通りかかるリスクもあるんで、パパッとばらさせて貰うぜ。なーに、動かなきゃ一瞬だ」


そう言うとゲリルは俺に向かって大剣を振り上げる。

その姿を見て、こいつは馬鹿なのかと思う。


ゲリルは足を振り上げれば当たる位置に立っていた。

もし俺が足を蹴り上げれば、確実に股間にヒットするだろう。

フルプレートの重装の男なら兎も角、ズボンしかはいていないゲリルにとっては悶絶級の攻撃になる筈だ。


それを気にも留めない動きに、俺は思わず呆れてしまう。


まあ例え細心の注意を払ってても、結果は同じな訳だが……


「じゃあな!」


ゲリルが剣を振り下ろそうとした瞬間、周囲が闇に飲み込まれた。

魔導士の風の男の魔法の光も消え、完全な暗闇がその場を支配する。


「な、なんだ!何が起きた!?」


「分からねぇ!急に魔法が!」


パーティーの面々が騒ぐ。

まあダンジョン内で急に視界が奪われてしまっては、パニックになるのも仕方のない事だ。

尤も、熟達した冒険者ならこういう時騒がず冷静に対処したりするものだが、PKポーターキラー如きにそれを求めるのは酷という物だろう。


まあそんな事より……俺は気づかれない様に転移魔法を発動させ、彼らを別の場所へと移動させる。

ちょっとしたサプライズと言う奴だ。


「もういいぞ」


転移を終えたので、周囲の光を吸収していた魔物ダークストーカーに明かりを戻すように俺は命じる。

こいつは闇に潜む魔物で、周囲の光を吸収して闇を作り出す能力を持った上位モンスターだ。

もしダンジョン内で遭遇したら、何らかの手段で闇を見通す事が出来なければ、この魔物に成す術もなく殺される事になってしまうだろう。


「ひぃ!」


「なっ!なんだこりゃ!!」


光が戻り、周囲の変化を目にした強牙の面々が悲鳴を上げる。


此処はダンジョン最下層。

パンデモニウムと呼ばれる広い空間だ。

そしてその広い空間には、クジラサイズの巨大な芋虫や、山の様な大亀の魔物がひしめき合っていた。


彼らは強牙の面々に気づき、にわかに色めき立つ。

何せ久しぶりの生きた餌だ。

此方を囲い、待てをしている犬宜しく尻尾を振って飼い主のヨシを待っていた。


我慢できないのか、巨大な芋虫がギザギザの牙の生えた口から強酸の唾液を滴り落とす。

ジュッと言う不快な音と共に地面に大穴が開き、それを見て魔導師が悲鳴を上げる。


「地獄への入りパンデモニウムへようこそ」


そう告げた俺は、土を払いながら空中に浮く。

余計な演技のせいで、土塗れになってしまっていたので。


一応ダンジョンの支配者だ。

身だしなみぐらいはしっかりしておかないとな。


「な、なんなんだよここは!俺達は悪い夢でも見てるのか!!」


強牙の面々は固まり、今にも泣きだしそうな情けない顔で空に浮く俺を見つめてくる。

さっき迄の威勢は微塵も無く、まるで借りてきた猫の様だ。


「安心しろ。夢ではなく現実だ。此処に人を連れて来るのは初めての事だから、光栄に思ってくれ」


かつてダンジョンを制覇した者達がいた。

複数のパーティーが私欲を捨て、只攻略のために集まった集団――探究者。

彼らは見事にダンジョンを攻略し、その栄光を手に入れてみせた。


彼らの偉業は素晴らしい物だったが、同時にそれはダンジョンの終焉を意味していた。

攻略されてしまったダンジョンの価値は激減する。

少なくとも、本格的に攻略する者達の数は大幅に減ってしまうだろう。

そこで俺は大変動を装い、新たにダンジョンの増改築行ったのだ。


その時生み出した物の一つがこのパンデモニウムである。


「お……お前は何者なんだ!?」


「支配者だよ。このダンジョンの」


「お前が支配者……冗談……だよな?」


にわかには信じがたいと言う表情を、盗賊の男が向ける。

その視線に俺は余裕の笑顔で返した。


「ここは20年前に増改築した場所なんだが、困った事に誰も来てくれなくてね。それでお前達に餌役をして貰うため、わざわざ招待したのさ」


ダンジョン内は魔力が満ちている。

中の魔物達は、それを活動エネルギーとして吸収しているので餓死する様な事は無い。

だが彼らは欲張りだ。

生きて行くだけのエネルギーだけでは決して満足しない。

女性が食事以外に甘味を食べるのと同じ様な物で、彼らは常に獲物を欲している。


こいつらを連れて来たのは、そんな魔物達の欲望を満たすためだった。


「え、餌だと……じょ……冗談だろ?」


「冗談なんかじゃないさ。俺は至って本気だよ」


俺が亀を指さすと、人を丸呑みできそうな口をした巨大な亀の頭が此方に近づいてくる。

その鼻息は荒く、まるで強風だ。


「ひぃぃぃぃぃぃぃ……」


強烈な鼻息に煽られたのか、それとも恐怖からか、魔導士の1人が尻もちをついて悲鳴を上げる。

それを見て亀は嬉々として巨大な口を開けるが、俺が掌を向けてマテをかけると、大人しく下がっていった。


「な、なあ!助けてくれよ!」


その様子を見て、パーティーのリーダーであるゲリルが縋りついて来る。

さっきまで無慈悲に殺そうとしていた相手に、よくそんな言葉が吐ける物だと呆れてしまう。


「俺を殺そうとしてなかったか?」


「さっきはどうかしてたんだ!頼む!助けてくれ!同じ人間同士じゃねぇか!!」


必死なせいか、同じ人間同士――同種という理由で助けろと言ってくる。


――正直、彼らは大きな勘違いをしていると言わざるえない。


転生者として出鱈目な力を与えられた俺は、もう既に100年以上生きているのだ。

なので見た目がそうであっても、今の俺を人間というには少し無理があるだろう。


まあそれでも人間とカテゴライズするとして――


今度は彼らの問題がある。

俺の中で、自分の欲望で他人を殺す様な輩を人間とは言わない。

だから仮に俺が只の人間であったとしても、ゲリル達を救ってやる理由など成り立たないのだ。


「まあそうだな。お前らがこの前殺したポーターのお守りを素直に返すのなら、命だけは助けてやるぞ」


「お守り……あっ!こ、これだろ!こんな物で良いなら渡すよ!」


ゲリルが慌ててズボンのポケットに手を突っ込み、そこから紐の通った石を取り出す。

俺はそれを受け取り確認する。


「ふむ……」


それは先日殺されたミゲル・ノーチラスの持っていたお守りに間違いなかった。


「これで決まりだな」


俺はそれをゲリルから受け取り、そう呟いた。

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