第48話 狂気
グルモア国王ラグズに異変が生じ始めたのは、5年前の事だった。
それは離縁したかつての妻、エルフのキュレルが再婚した事に起因する。
彼はキュレルの事を心の底から愛していた。
それは彼女を手放した後も変わらない。
そもそも、離婚は彼の本意ではなかったのだ。
ラグズとキュレルの出会いは、30年近く前の事になる。
前国王である父に連れられ、訪れた南部の森。
そこはエルフ達の住まう森であった。
国内に居住を許された亜人種のエルフと、前国王は懇意にしており、当時5歳だったラグズは交流の為にその場に連れて来られた。
そしてそこで出会ったのが、未来の妻となるエルフの女性、キュレルだった。
彼女は30年前の時点ですでに成人しており、ラグズとの年の差は50以上開いていた。
だがその美しい姿に魅せられ、彼はキュレルに一目ぼれしてしまう。
幼い少年の恋物。
それは一目惚れから始まった。
ラグズは初対面にも拘らず、その場で彼女にプロポーズする。
勿論その時は子供の戯言として流されてしまったのだが、その後も父親に頼んで何度もエルフの森へ足を運び、彼は猛烈なアプローチを続けた。
その気持ちが実ったのは、彼が22の時だ。
足かけ17年。
その情熱に折れ、キュレルは遂に彼の気持ちを受け入れた。
但しその際、ラグズは一つの条件を求められる。
それは――生涯自分だけを愛し、他の妻を娶らない事だった。
エルフの世界は一夫一妻が絶対であり、当然の様に一夫多妻を行なう人間の王家の習慣は受け入れ難い物だった。
だからキュレルはその事をラグズに求めたのだ。
当然ラグズはその条件を1も2も無く飲む。
幼い頃から17年も思い続けた女性と結ばれる事が出来るのだ。
その程度、彼にとっては安い物だった。
翌年ラグズとキュレルは正式に式を挙げ、張れて夫婦になる。
王族とはいえ、ラグズは第3皇子。
王位継承が周って来る可能性が低いと言う事で、周りの反対は殆どなかった。
その後、2人の幸せな生活は3年余り続く。
だがその時間は、ある一報によって唐突に終わりを告げる。
それは前王が公務の訪問先で、事故に巻き込まれ崩御した知らせだった。
しかも運の悪い事に、その場には第1第2王子も居合わせており、その全員が命を落としてしまっていた。
それは叔父であるギレルによる王家簒奪の企てであったが、ラグズは生まれたばかりの我が子の傍から離れたくないと言う理由で公務に参加しなかったため、彼だけは運よく生き残る事が出来たのだ。
その後、直系の継承者がラグズしかいなかったため彼が王位を継ぐ事になる。
そうなると問題になってくるの世継ぎだ。
彼とキュレルの間には男児が生まれていたが、亜人であるエルフの血を引くハーフエルフを後継者とする訳にはいかなかった。
周囲は第二夫人を勧め、世継ぎの誕生を求める。
だがキュレルとの約束があると、ラグズは最初はそれを跳ねのけた。
しかし周囲から再三の強い要望により、彼は遂に折れてしまう。
父達の暗殺をしたのが、叔父であるギレルであると目星が付いていたのも大きかった。
このまま自分が世継ぎを残さなければ、家族の仇であるギレルの系譜が王家に納まってしまう――国王暗殺の確たる証拠がないため。
それは彼にとって、到底許容できるものでは無かった。
だからラグズは第二夫人を娶ったのだ。
当然約束を破られたキュレルは怒り狂う。
ラグズは叔父達に好きにさせないためだと説得するが、彼女はそれを受け入れなかった。それ程までに彼女にとっては最初に躱した約束が大事な物だったのだ。
結果、2人は離婚する。
最愛の妻との別れ。
その後、世継ぎが生まれた事で始まる叔父であるギレルとの骨肉の争い。
それらによってラグズの精神は摩耗し、そんな彼に最後の止めを刺したのがキュレルの再婚の報だった。
相手は南にある小国、グレスにて勇者と呼ばれている男フォル・モッサ。
何故二人が出会い。
恋に落ちたのか。
それはラグズの知る由では無かったが、彼はその報に絶望し、次第に心を強く病んでいった。
妻との離縁から11年。
完全に精神が壊れ、狂気と妄執の塊となったラグズは動き出す。
戦争という形で。
全ては愛するキュレルを再びその手にするために。
そんな彼を、周りは誰も止める事が出来なかった。
只精神を病んだだけならば、止める者も現れただろう。
だが、狂気によって体の中に眠る古代種の力を引き出してしまった――グルモアの血筋は古代種と呼ばれる強力な種の血を引いている――彼を止められる者など、何処にもいなかったのだ。
こうして大国グルモアと、グレスとその同盟国家との戦争が始まるのだった。
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