第21話 銀閃

「ぐおぉぉぉぉぉ!!」


猛々しい雄叫びと共に、ミノタウロスが突っ込んで来る。

その雄叫びには、人の恐怖を想起させる力が込められていた。


「セイクリッドフォース」


雄叫びに合わせて、ミシェイルが事前に唱えていた神聖魔法を発動させる。

彼は剣士としての圧倒的技量を持ちながら、高度な神聖魔法を操る事も出来た。

ゲーム的に言うなら聖騎士パラディンと言った所だろう。


まあこの世界にそんな区分は存在してはいないが。


聖なる光が俺とミシェイルを包み込む。

彼の高い精神力はミノタウロスの雄叫び如きでは揺るがない。

これは自身の精神への影響をというより、ポーターである俺を気遣ってくれての行動だ。


まあ俺にはもっと必要ない訳だが、彼からの気づかいとして素直に受けさせて貰う。


「ぐおぉぉぉぉぉ!!」


突進して来たミノタウロスがそのままの勢いで巨大な戦斧を振り下ろした。

ミシェイルはそれを半身になって躱す。

戦斧は迷宮の床に叩きつけられ、轟音と共に足元に大きな亀裂が走り砕ける。


迷宮の材質は一見石っぽく見えるが、実際は鋼並みに硬い。

それを斧の一撃で粉砕するミノタウロスのパワーは桁違いだ。

だがそんな攻撃をミシェイルは顔色一つ変えず、紙一重で躱して見せた。


幾度となく迷宮へと足を運び、その強さと動きをミシェイルは完全に見切っている。

幾らミノタウロスがパンデモニウムを除くダンジョンナンバー2の強力な魔物だとはいえ、これから竜宮を攻略しようとしている彼にとって、1対1で戦える以上――ミノタウロスの周囲には他の魔物は寄って来ない――最早苦戦する程の相手ではなかった。


彼の手にした銀色に輝く銀狼剣が跳ねる。

その剣速は音を超え、その太刀筋は芸術的な軌跡を描く。

それはまさに、銀閃と呼ぶべき見事な一撃だった。


「ぐおぉぉぉぉぉ!」


ミノタウロスの太い右腕から赤い血飛沫が飛ぶ。

ミシェイルの一撃はミノタウロスの鋼の様な皮膚と筋肉を裂き、骨まで達していた。

その痛みに迷宮の主は雄叫びを上げる。


更に銀閃が閃き、ミノタウロスの右手が宙に舞う。

一撃目の傷口を狙い撃つ正確無比な攻撃が、その強靭な腕を切り飛ばしたのだ。

腕はそのまま地面に転がり、消滅してしまう。


「おおおおぉぉぉぉぉぉ!!」


ミノタウロスが苦し紛れに、左手一本で無理やり斧を横に薙いだ。

だがそんな雑な攻撃を受けるミシェイルではない。

間合いを見切ったうえで、軽やかに後ろに飛んでギリギリで躱す。


「ぐぅぅぅ……」


ミノタウロスが口の端から泡を飛ばし、低く唸る。

その体からは赤いオーラが立ち昇り、目は怒りと憎しみに紅く染まる。

右腕を飛ばされた事で、早々に自爆モードへのスイッチが入ってしまった様だ。


「隙だらけだ」


ミシェイルは小さくそう呟くと、一気に間合いを詰めた。

自爆をする数秒間、ミノタウロスは真面に動けなくなる。

本来なら強靭な肉体で敵の攻撃に耐え自爆を決行するのだが、ミシェイルには通用しない。

銀閃が2度宙を走り、迷宮の主の首を瞬く間に刎ね飛ばした。


勝負ありだ。

ミノタウロスの体は光となって消滅し、レアドロップの角だけがその場に残された。


「仕上がってるねぇ」


俺はパチパチと手を叩く。

今まで彼の傍でその戦いぶりを見続けて来たが、その動きの完成度は今までにない物だった。

その鬼気迫る強さから、彼のグレートドラゴンに挑む意気込みがヒシヒシと伝わって来る。


「ふ、これから竜宮の主を狩るんだ。この程度の相手に苦戦してられないさ」


「頼もしいね」


俺とミシェイルは迷宮を抜け、次のエリアへと進む。

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