第35話 お茶

最近、妙な話を耳にした。

劣悪な環境の辺境の小国を、次々と圧政から解放して回る女勇者の噂だ。

かなりの腕前らしいので、正義の味方ごっこなどせずダンジョン攻略に乗り込んできて欲しい物だが……


まあ無理か。


ダンジョンは基本、富と名声を求めて訪れる物だ。

国を解放して回っている様な偽善者は、そういった物にあまり興味を示す事が少ない。


ましてや勇者として既に名を馳せているのだ。

ダンジョン攻略者という名声の部分は、全く餌にならない。

富の方も国をいくつも解放している以上、報酬をたらふく受け取っている筈。


つまり、噂の勇者がダンジョン攻略に乗り込む可能性は皆無という訳だ。


俺が圧政を強いればこの国にもやってくるかもしれないが、それだと他の冒険者達の正常な冒険活動に弊害が出てしまう。

まあ諦めるしかないだろう。


「ミテルー、何か考え事?」


「ん、まあな」


フィニーがテーブルに手をつき、身を乗り出して俺の顔を覗き込んで来る。

その口の周りはクリームでべとべとだ。


「フィニー、行儀が悪いわよ」


姉のフェニーが彼女を注意して席に戻す。

俺はミシェイルとの探索の帰りにこの姉妹に捕まり、カフェへとやって来ていた。


妹のフィニーはクリームたっぷりのプリン。

姉のフェニーはチョコケーキを食べている。

まだ若い姉妹だけあって、甘いものが好きなようだ。


因みに俺はミルクを頂いている。

コーヒーとかの苦い系の飲み物は嫌いだし、紅茶の様な香りを楽しむ系も好みじゃないので、必然こうなる。

流石に水だけって訳には行かないからな。


「それで?何を考えられていたんですか?」


フェニーはフィニーより2つ上で17だ。

妹が年の割に少々幼気な反動か、逆に彼女は年齢の割にかなり落ち着いた雰囲気をしていた。


「パンデモニウムの事さ」


「行かれたんですか!?」


「まあ直ぐに戻ったけどな」


俺は苦笑いで答える。

今回はあくまでも神器の試運転を兼ねたパンデモニウムの様子見であるため、2-3度魔物を狩った所で引き返している。

名前はおどろおどろしい物ではあるが、入ったが最後、もう戻れないとかそういう酷い仕様ではないのだ。


「それでどうだったの!?」


フィニーがまたもテーブルに身を乗り出した。

当然その行動は直ぐに姉に窘められて、彼女は席に座る。

まったく落ち着きのない奴だ。


「入って早々強力な魔物に襲われたよ。山みたいな大きさの亀さ。先はかなりやばい感じだったな」


「どうやって倒したの!?やっぱ神器使ったの?」


フィニーが目を輝かせて突っ込んだ事を聞いてくる。

別に悪意や情報の収集の意図がないのは分かっているが、ミシェイルの力に関しては答える気が無いので取り敢えず――


「断る!」


ハッキリとした意思表示を示す。


「ええー」


その返事を聞いてフィニーは不服そうに口を尖らせた。


「ええー、じゃねぇよ。その事で先月ダンジョン内でレイドと揉めたばかりじゃねーか。少しは学習しろよ」


魔導士としては傑出した才能を見せる彼女だが、オツムの方は少々弱い。

良くこんなんで大魔導士アレイスターを超えるだなんて言えたものだ。


「いいじゃん。ケチー」


「ケチじゃねぇよ。信用の問題だ」


まあ話したとしてもミシェイルは気にしないだろうが、これは俺自身の沽券の問題でもある。

彼女の我が儘に付き合って、それを崩すつもりは更々ない。


「フィニー、ミテルーさんを困らせては駄目よ」


「はーい……」


姉に叱られたフィニーは不服そうに頬を膨らました。

本当に子供っぽい奴だ。

だがまあこんなのでも、戦闘になれば目を見張る動きをする。


タイプ的には完全にテリーと被っていた。

年齢も確か1つ違いだから、引き合わせればいい友人関係になるかもしれない。

そうなれば、それが縁で合同パーティーを組む可能性も十分あり得る。


……いや、ないか。


レイドの目的は国に宝を持ち帰って親子で復権する事だ。

部外者を混ぜれば、報酬で――高額で有れば有るほど――揉める可能性が高い。

そんな不確定要素を抱える様な真似を、彼はしないだろう。

俺との揉め事を考えれば、利用するだけ利用してテリー達を殺すなんて非情な真似も出来ないだろうしな。


まあ彼らがどうやって7人でグレートドラゴンを倒すのか。

そこに至る過程を、精々楽しませて貰うとしよう。


「何で笑ってんのよ」


「フィニーのふくれっ面が面白かっただけだ。気にすんな」


「むぅぅ……ミテルーのアホ!」


少し揶揄うと、より一層フィニーは頬を膨らませる。

面白い顔だ。

俺はカップに残ったミルクを飲みほし、自分の分の代金を置いて席を立った。


「悪いけど、明日も仕事があるからお先に失礼するよ」


「え?明日も行くんですか!?」


フェニーが驚いて聞き返す。


ポーターや冒険者は、連続してダンジョンに潜る事はまず無かった。

肉体的にもそうだが、命をかけた状態では精神も大きく損耗してしまうからだ。

ゆっくりと休養を挟まず無理をすると、ダンジョン中でダウンしかねない。


「まあ今回は日帰りだったし」


グレートドラゴン攻略者には、ロビーから竜宮最奥のゲートが開かれるようになっていた。

その為、パンデモニウムにも日帰りが可能だったりする。


「何より、相棒がミシェイルだったからな」


「信頼されてるんですね」


「ああ」


命の危険が伴わない俺には、気苦労など存在しない。

だがそれを口にする訳にも行かないので、ミシェイルが相棒なら安心できるという、信頼しているアピールをしてく。


「じゃあ、行くわ。お前らも探索頑張れよ」


「ふふ、勿論です」


「ふーんだ!直ぐに私達も追いつくんだからね!」


フィニーは直ぐにと息巻いてはいるが、グレートドラゴンへの挑戦は早くても半年以上先の話になるだろう。

まだまだ先の話だ。


「へいへい」


俺はフィニーの言葉を軽く流して、その場を立ち去った。

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