第10話 冥途の土産

「よっこらせっと」


休憩が終わり、荷物を背負って立ち上がる。


「爺さん、大丈夫か?」


「はっはっは。此処で引退とはいえ、まだまだ若い者には負けはせんよ」


年老いた儂を、冒険者の1人が心配して声を掛けてくれる。

儂はそれに笑って答えた。

確かにここ数年で急速に衰えてしまった感はあるが、それでもまだまだそこらのひよっこポーター共に負けない自信はある。


「元気だなぁ。しかし何で剣なんて帯同してんだ?荷物が増えるだけだろうに」


「パーティーなんて物は、いつ全滅してもおかしくないからのう。自衛用じゃよ」


そう言ってにやりと笑う。


「おいおい、縁起でもない事言うなよ」


「はっはっは、冗談じゃよ冗談。このパーティーは優秀じゃからな。心配はしとらんよ。この剣はゲン担ぎみたいなもんじゃ」


「ったく、勘弁してくれよバルム爺さん」


腰の剣は40年前、冒険者だった頃から使っている業物だ。

ポーターになった後も、これだけは手放さず帯同していた。


この商売は常に危険が付きまとう。

パーティーの決壊時もそうだが、PKを行なう不届きな輩も冒険者の中には居る。

そういった者達から身を守る為にも、自衛手段は必要不可欠だった。


まあ今回のパーティーの連中とは何度も組んでいるので、決壊やPKの心配は皆無ではあったが。

愛刀とはこれまで一緒にやって来た仲だ。

だから最後まで一緒に連れて行く。


「さて。皆も知っている通り、ダンジョンはここからが本番と言っていい」


出発前に、この連合パーティーのリーダーであるゴメスがメンバーに警戒を促す。

彼の言う通り、此処までは腕っぷしがある程度しっかりしていれば問題なく辿り着ける場所だった。


だが問題はここから先だ。


それまでとは違って特殊なモンスターが多数出現するようになり、パーティーには慎重さが今まで以上に求められる様になってくる。

有名所で言えばトラップバッタと言われる魔物だろう。

一定数倒すと特殊個体が現れ、そいつが死に際に転移トラップを発動させる。

知らずに下手に喰らうと、パーティーが分断される恐れのある危険なトラップだ。


「では出発する!」


パーティーは順調に進んで行く。

途中いくつか分かれ道などもあったが、ハズレの道はどれも短いもので、道に迷って彷徨い歩く心配はなかった。

このディープダンジョンは危険な場所ではあるが、道に迷わせる様な造りでないのが唯一の救いといえるだろう。


「砂鮫が出たぞ!」


順調に進んでいた所、シーフが異変に気付いて警告を発する。

砂鮫。

その一言でパーティーに緊張が走った。


砂鮫は柔らかな砂地――砂漠などに生息する地中性モンスターで、通称ポーター殺しともいわれる魔物だ。


本来砂鮫は硬い足場で動き回る事など出来ないのだが、このダンジョンに生息する個体だけはまるで水中であるかの様に岩盤の中を動き回る。


「足元に気を付けろ!地面が盛り上がったと思ったら直ぐ避けるんじゃ!」


自分以外の3人のポーターに注意を促した。


砂鮫はそこまで強い魔物ではない。

見えない足元からの攻撃に注意を払ってさえいれば、ここまで来たパーティーの前衛なら問題なく処理できるだろう。

後衛である魔導士連中も訓練をきちんと受けている為、襲われても躱す事は出来る筈。


問題はポーターだ。


大抵のポーターは只の力自慢であり、碌に訓練など受けていない。

その為地面からの奇襲に対応できない者が殆どだ。

しかも重い荷物を背負っているので――きつく紐で固定しているので簡単には外せない――仮に反応できても、躱すのは困難だった。


それ故、砂鮫はポーター殺しと言われている。


足元を微かな振動が通り過ぎた。

砂鮫の起こす振動だ。


旋回するような振動の動きから、狙われているであろう獲物を探る。

どうやら狙われているのは、直ぐ近くにいるポーターの様だ。

儂は余計な事は言わずに、その足元に向けて意識を集中して剣を構えた。


狙われてるなんて言おう物なら、逃げようと動き回られるのは目に見えているからだ。

じっとしていて貰った方が助けやすい。


「くる……」


振動が一瞬止まったかと思うと、次の瞬間猛烈な勢いで男の足元の地面が盛り上がる。

儂は鞘から剣を走らせ、地面ごと鮫の鼻っ面を切り裂いた。


「ひぃっ!?」


狙われた男は軽く転んだ程度で大きな怪我はない。

鼻先を斬り捨てられ、藻掻く砂鮫の頭部に矢が数本突き立った。

シーフ達による攻撃だ。


相手が潜ってしまうよりも早く、それも正確に頭部を射抜くその力量。

大した腕前だ。


「じ、爺さん……助かったよ」


倒れたポーターに手を貸してやる。

その手は震えていた。


「これは貸じゃ。外に出たら一杯奢れ」


笑ってウィンクする。

爺の物など気持ち悪いだけだろうが、それでも恐怖が少しでも緩むなら、気持ち悪い方がまだましだろう。


過度な緊張や恐怖という物は不運を呼び込む物だ。

緩和できるならそれに越した事はない。


「ああ、安酒で良ければ」


「なんじゃケチ臭いのう」


再びパーティーはダンジョンを進んで行く。

程なくして休憩が入り、食事を摂る。

周囲には魔導士による結界が張ってあるため、魔物の奇襲はあまり気にせずゆっくりと食事を楽しめるのが有難い。


「相変わらず良い腕してるな」


肩を軽く叩かれ、振り返るとゴメスが立っていた。

彼は飯の入った椀を手に、儂の横に座る。


「どうだ?引退後はうちのパーティーでやって行かないか?」


「はっはっは、老人を揶揄う物じゃないぞ。この老いぼれでは冒険者など務まらんよ」


「そうか、残念だ」


ゴメスは全滅したパーティーに所属していたゴメルの弟だ。

彼は兄を死なせてしまった事を責めず、年老いた儂の事をいつも気にかけてくれていた。


「最初に言ったと思うが、俺達は迷宮を攻略する」


迷宮……それは此処から先にある場所エリアの事を指す。

今までは天然の洞窟の様な構造をしていたダンジョンだが、ある場所を境に人造物の様な構造へと変わる。

そこから先を冒険者達は迷宮と呼んでいるのだ。


そしてそこは、かつて自分が率いていたパーティーが壊滅した場所でもある。


「俺は兄貴の無念を晴らすつもりだ。そしてあんたには、過去を振り切って前に進んで欲しいと思ってる」


「……今更じゃよ。もう儂は70じゃ。残された時間はそう長く無いじゃろう」


「だからこそだ。迷宮攻略を手土産に持たせてやるよ。そうすりゃあの世で兄貴達に会った時、どや顔してやれるだろ?」


「ははは、そうじゃな」


何をやった所で、死んだ者達が戻って来る事はない。

他の者達と一緒に迷宮を攻略したからと言って、リーダーとしてメンバーを死なせた責任が消える訳でも無い。


だがもし……もしあの世であいつらと会えたなら……その時はきっと酒の肴ぐらいにはなってくれるだろう。


人生最後の手土産。

ゴメスの気づかい、有難く貰っていくとしよう。

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