第40話 弱い
スーメリア。
南方の小国をいくつも圧政から解放に導いたと言われる勇者。
彼女の強さはその称号に恥じない、いやそれ以上の物だった。
「すっご……」
遭遇したドラゴンの集団を相手にする彼女を見て、ヴァルキリー達の中からそんな感嘆の言葉が漏れる。
20匹はいるであろうドラゴンの群れに飛び込んで単独で無双しているのだ、それも無理ないだろう。
360度。
空間をフルに生かして駆け巡り、一撃の元にドラゴンを屠る彼女の姿は圧巻だった。
ミシェイルも単独でドラゴンを殲滅してはいたが、明らかに戦いの次元が違う。
――それは正に鬼神の如き強さだった。
まあそれもその筈。
何故なら、スーメリアは俺と同じ転生者だからだ。
彼女の姿を見た瞬間、俺はそれに一目で気づいる。
だが彼女は、此方が自分と同じだと気づいてはいない様だ。
転生者のスキルの中には、相手の性質を見抜く看破という物がある。
恐らく彼女はそれを発動させていない――俺は常時発動させている――のだろう。
「ミテルー、あの人スッゴイよね!ミシェイルって人も、一人でここを抜けてるって事は同じぐらい強いんだよね?」
フィニーが聞いてくる。
俺は少し迷ってから、その質問に答えた。
「いや、ミシェイルでもここまでは……」
普段なら判断が付かないの一言で終わらせる所なのだが、流石に転生者基準でミシェイルを判断させるのはあれだからな。
勿論神器を使えば、今のスーメリアに近い戦いは出来るだろうが、まあその部分は伏せておく。
「そうなんだ。でも世の中って広いよねぇ。こんな強い人がいるなんて、あたし全然知らなかったもん」
まあ転生者だからな。
本気を全く出していないとはいえ、それでも人間が努力次第でどうにか出来るレベルを明らかに超えている。
「あたしも負けてられないわ!」
「ははは、頑張れ」
負けん気からか、フィニーのやる気スイッチが入った様だ。
彼女はふんすと鼻息を荒く噴き出す。
あれを見て負けてられないと思うとか、流石はアレイスター以上の大魔導士になると息巻いているだけはある。
程なくして戦闘は終わり、俺達はスーメリアと共に竜宮の奥へと進む。
途中2度ほどドラゴン達と遭遇したが、彼女は笑いながら、楽し気にそれを殲滅していった。
どうやらスーメリアは、戦闘狂寄りの気質がある様だ。
「あれ?何もいないね?」
竜宮最奥に辿り着き、スーメリアが不思議そうに首を捻る。
どうやら彼女は、グレートドラゴンがその場で
残念ながら奴は呼び出し方式だ。
討伐経験のない者が赤い魔法陣に入って初めて、姿を現す様になっている。
「あの赤い魔法陣の中に入ったら姿を現すさ」
「へぇ~、そうなんだ」
俺の言葉を聞き、鼻歌交じりにスーメリアは円形の空間の中心部――赤い魔法陣へと歩いていく。
他の面々は、青い魔法陣の外からその様子を黙って伺う。
「お!?」
彼女が赤い魔法陣に足を踏み入れた瞬間、光が周囲を覆い尽くし、巨大な竜の姿が魔法陣から生まれ出る。
スーメリアはそれを見て「うわっ!おっきい!」と楽し気にはしゃぐ。
緊張感の欠片も無い姿だ。
だがまあ彼女から見れば、図体が大きいだけで大した敵ではないのだから仕方がない事か。
例えるなら、小さな子供が蜥蜴を見て喜ぶのと同じ様な物だ。
「いくよー!」
スーメリアは大声で宣言し、グレートドラゴンに高速で突っ込む。
ドラゴンは前足を上げて向かって来る相手を踏みつけ様とするが、彼女は直前でバク転してそれを華麗に躱した。
高速疾走からの、慣性ガン無視のバク転など人間に出来る動きではない。
そのありえない動きを見て、フィニーが「はぇ~」と目を丸めた。
他の面子も声こそ出してはいないが、似た様な反応だ。
「おりゃ!」
彼女は躱した足に向かって、素早く蹴りを入れる。
その一撃は分厚い外皮を、そしてその下にある肉を容易く吹き飛ばした。
「ぐうぅぅぅ」
痛みにドラゴンが後ずさった。
恐らく骨にも罅が入っているだろう。
だが彼女は追撃しない。
それどころか後ろに大きく下がって間合いを開ける。
まるでブレスを誘っているかの様に。
いや、実際誘っているのだろう。
単に戦いを楽しむためか。
若しくは、俺達に自分の力を見せつける為か。
あるいはその両方か。
簡単に倒せる相手に態々時間を割く、そのパフォーマンスの様な行動はプロレスを想起させる。
「おおおおおおぉぉぉぉぉ!!」
グレートドラゴンの怒りの咆哮が響く。
彼女の望み通り、その口内から灼熱の炎が吐き出される。
――スーメリアはそれを微動だにせず見つめ、中腰で拳を構えたまま微笑む。
炎が目前まで迫り、今にもその全てを飲み込まんとしたその瞬間、彼女はブレスに向かって握った拳を突き出した。
ボッと鈍い音が響き、拳を叩きつけられた空間が大きく歪む。
その歪みは亀裂となり、耳障りな高音をまき散らしながら空間を引き裂いた。
「なんだあれは!?」
ドラゴンの吐き出した炎は全てその亀裂に飲み込まれ、跡形もなく消え去る。
それを見てレイドが驚愕の声を上げた。
それまでスーメリアの強さに平静を装っていた彼だが、流石にこれには度肝を抜かれた様だ。
空間を叩き割るなど完全に人外の技なので、まあ無理も無いだろう。
ブレスを封殺したスーメリアは再度突撃する。
但し今度は足元ではなく、途中で地面を強く蹴ってドラゴンの顔面に向かって跳躍する形で。
その行動を見て、ミシェイルの戦いを思い出す。
彼はドラゴンの口から体内に入り込み、内部を切り裂いてグレートドラゴンに致命傷を与えた訳だが……
彼女も同じ様な手を使う気なのだろうか?
「ぐおおぉぉぉぉ!」
グレートドラゴンはその大きな咢を上下に広げ、突っ込んでくる彼女を自らの牙で迎え撃とうとする。
だがその咢が閉じられる直前に彼女が強く宙を蹴った。
ミシェイルとは違い魔法の足場など無かったが、スーメリアの脚力ならば大気を蹴るなど造作もない事だ。
彼女の体は一気に加速し、ドラゴンの口内へと消える。
ここまではミシェイルのとった作戦と同じだ。
だがその先の結果はまるで違う物だった。
ミシェイルは内部に入って体内を切り裂いたが、彼女はグレートドラゴンの頭部を突き破ってそのまま飛び出してくる。
それは文句なしの圧勝だった。
血と脳漿が飛び散り、グレートドラゴンの体が光となって消えていく。
竜玉と神器がばら撒かれ、その中央にスーメリアは着地した。
「かったぁ!」
満面の笑顔の彼女は、此方を向いて右手でブイサインを作って突き出す。
あれだけ圧倒的な勝利に何が嬉しいのかと思わなくもないが、俺は手を叩いて彼女の勝利を称える。
他の人間も、俺に釣られてか手を叩き始めた。
かなり距離は離れてはいるが、転生者の彼女の耳になら間違いなく拍手の音は届いているだろう。
その証拠に、彼女は照れ臭そうにはにかんでいた。
「どう?参考になった?」
「ええ、まあ……」
此方に走って来たスーメリアに問われ、レイドが言葉を濁す。
グレートドラゴンの力の程を直接見る事が出来たのは、彼らにとって収穫ではあっただろう。
だがその戦いは余りにも一方的過ぎて、彼らが倒す為の参考にはなり得なかったからだ。
「そ!よかった!所でなんか黒いのが出て来たけど、あれって何?」
中央に黒いゲートがぽっかりと口を広げており、スーメリアはそれを指さす。
どうやら、殆どダンジョンの事について調べずに乗り込んで来た様だな。
「ダンジョンにはまだ続きがあるって事さ」
「え!?そうなの?」
スーメリア顎に手を当て、「うーん」と軽く唸って悩むそぶりを見せる。
だが結論は直ぐに出た様だ。
「よし!面白そうだから行ってみるわ!じゃあまたね!」
そう告げると彼女は走って行き、迷わずゲートへと飛び込んだ。
慌ただしい事この上ない。
「彼女……神器を置いて行ったな」
「あ、ほんとだ」
レイドが落ちているドロップ品を見つめる。
戻ってこない様ならガメる気満々の様だ。
勿論そんなズルはさせない。
俺は念話でレムに魔法陣を復活する様に指示する。
≪畏まりました≫
「あっ!」
黒いゲートが消え、赤と青の魔法陣が復活する。
それと同時に、神器や竜玉は陣に吸い込まれ消えていった。
「欲しければ、自力で手に入れろって事だろうな」
「仕方がない。狩に戻るとしよう」
俺の言葉にレイドは肩を竦めると、フィニー達に指示を出す。
今回彼らが此処へとやって来たのは、
恐らく、グレートドラゴンの攻略用に集めているのだろう。
しかしスーメリアか……まさか俺と同じ異世界転生者に出会う事になるとは、夢にも思わなかった。
だがまあ少々驚かされこそしたが、正直、彼女にはたいして興味が起きない。
それはスーメリア――
普通の人間から見れば超人なのだろうが、残念ながら俺と真面に戦えるだけの力は感じられなかった――相手の強さは大体感覚で分かる。
どうやら同じ異世界人でも、個人差が大きく出る様だ。
若しくは何か理由があって、俺と彼女の力に大きく差が付けられている可能性もあるが……まあ考えても仕方がない事か。
俺は答えの出ない考えを早々に打ち切り。ポーターとしての
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