第30話 目的
「ミテルーさん。調理器具一式をお願いします」
黒髪黒目、髪を後ろに縛った優しげな女性――エマに頼まれたので、背嚢から調理器具(マジックアイテム)を取り出して彼女に渡す。
彼女はそれを受け取ると、物質を収納する特殊な収納魔法の出口を生み出して中から肉や野菜を取り出した。
「便利な魔法ですね」
「ふふ、私のオリジナル魔法なんですよ」
彼女は笑顔でそう答えると、食材をまな板の上に乗せ切り分け始める。
黒髪をポニーテールに結んでいるこの女性の名はエマ。
レイド・バスタールの
「ミテルーのお陰で、今回の探索はすっごい楽だよ!ポーター様様だね!」
エマの料理姿を眺めていると、金髪の少女フィニーに声を掛けられた。
彼女もまた、レイドのヴァルキリーである。
「お役に立てているなら幸いだよ」
今日俺は、レイドに雇われてポーターとしてダンジョンに潜っていた。
元々彼らはポーターなど雇わず、7人だけでダンジョンに籠っていたのだが。
荷物を担いだまま戦う事に限界を感じたらしく、ミシェイルとの交渉の後に声を掛けられた。
「これで水の神殿も突破したも同然!」
レイド達の現在の最高到達点は水の神殿だ。
あそこは膝下まで水がある為、荷物を背負ったまま魔物と戦うのはかなりきつい場所になっている。
荷物を下ろせばいいだけと思うかもしれないが、足場が水であるため下ろせば荷物が水浸しになり――当然その分荷物は重くなる――乾燥させるには魔法等を使っても時間がかかってしまうなど、弊害が発生してしまう。
その為、以前彼らはそこで攻略を断念して引き返していた。
「あそこは、ポーター抜きではきついですからねぇ」
今現在俺達が休憩を取っているのは迷宮の直前。
エリアの切り替わり場所だ。
此処には魔物が姿を現さないので、安心して休む事が出来た。
まあレイド達は念の為という事で、結界を張ってはいるが。
「所でミテルーって、ミシェイルって人の専属ポーターなんでしょ?なんで私達に付いて来たの?」
「ミシェイルからの依頼を優先してるってだけで、別に専属って訳じゃないさ」
基本的に親しくない相手には敬語で接する俺だが、フィニーはまだ15と若く、子供という事で少し砕け気味に対応していた。
「ミシェイルは月に1回、多くて2回程度しか潜らないんだ。彼だけの依頼じゃ干上がっちまうよ」
「あれ?でも神器って3つはミテルーの物なんだよね。超お金持ちじゃない?」
「換金したらな。今はダンジョン攻略のためにミシェイルに預けてるから、ビンボーこの上なしさ」
まあこれは嘘だった。
ミシェイルは毎回俺に特殊料金を支払っている。
それは余裕で1月以上の稼ぎを超える額だ。
そのため、彼の仕事を受けている限り他で働く必要は無かった。
それを隠したのは「じゃあなんで働いてんだ?」と言われると困るからだ。
趣味でと返してもいいが、それだと絶対変な目で見られるだろう。
だから無難に金目当てという事にしておいた。
「ふーん、そうなんだ。大変だねぇ、ポーターって」
「ははは、冒険者ほどじゃないさ」
「ふふ、そうだね」
フィニーは15歳という年相応の少女らしい笑顔で、屈託なく笑う。
以前アレイスターとしてまみえた時は、感情を一切表に出さない冷たい印象を受けたが、あれは七支刀から与えられた力をコントロールするのに必死だったからだろう。
「ミテルーはさ、何か将来の夢ってある?」
「夢かぁ……特にはないなぁ。フィニーはあるのかい?」
こういう質問をする時は、大抵自分の夢を聞いて貰いたい時だと相場は決まってる。
別段彼女の夢には興味はないが、一応聞き返しておく。
「私?私の夢はね……世界一の大魔導士になる事よ」
「大魔導士ねぇ」
ヴァルキリー隊は騎士ではあるが、魔法の腕にも長けていた。
特に魔導士としてのレベルは、フィニーが頭一つ二つ抜けている感じだ。
「アレイスターなんかよりも、もっとすごい大魔導士になるのがあたしの夢なんだ」
「へぇ……成程ね」
魔導士としての能力は、彼女がヴァルキリーの中で断トツと言っていいだろう。
才能だけなら、隊長であるレイドすら凌いでいる。
やがて歳を経て成長すれば、きっと大陸屈指の魔導士になる事だろう。
でもアレイスター以上は無理だ。
絶対。
「あ、信じてないでしょ?絶対なって見せるんだから!」
俺の反応が薄かったせいか、フィニーは少しむくれてしまう。
別に馬鹿にしたつもりはないのだが、機嫌を損ねてしまった様だ。
「食事の用意が出来たわ。みんな集まって」
丁度その時、エマから声を掛けられる。
「あ!シチューだ!!」
彼女の手にしたトレーの上にある料理を見て、フィニーの機嫌はコロッと180度反転してしまう。
色気より食い気という訳ではないが、現金な子だ。
「ミテルーさんもどうぞ」
「ありがとうございます」
彼女の言葉に他のメンバーも集まり、お椀とスプーンを受け取る。
中を見ると、野菜のたっぷり入ったホワイトシチューだった。
基本ダンジョン内で口にするのは、乾燥したパンや干し肉などの携帯食料だった。
温かい物と言えば、固形スープを解かした物ぐらいしかない。
それがまさかこんな物を口に出来る日がこようとは、この100年考えもしなかった事だ。
「ダンジョンでこんな御馳走が口に出来るなんて。便利な物ですね、収納魔法というのは」
彼女の魔法は収納量こそ少ない物の、空間内はかなり低温であるため、肉や野菜の鮮度を保つ事が出来る様になっている。
言ってみれば、持ち運べる冷蔵庫の様な物だ。
「ふふ、どうぞ沢山お召し上がりください 」
「頂きます」
シーチューはかなり美味かった。
俺の横でフィニーが2杯もお代わりし、それを姉であるフェニーに窘められるなど、和気藹々と食事は進んで行く。
最初は彼らの事をハーレムパーティーだなと思っていたが、恋の鞘当ての様な物は一切なく。
どうやら彼ら7人は、家族の様な関係っぽい。
「ミテルー。此処までの動きを見て、俺達のパーティーをどう思う」
食事を終えて寛いでいると、レイドが訪ねて来た。
質問的には「ミシェイルと比較して」という意味なのだろうとは思う。
だが俺はそれに対して、当たり障りのない返答を返した。
彼らがミシェイルと敵対しないとも限らない――神器を奪おうと動く可能性もある――からな。
どちらかにだけ情報を渡す様な真似はしない。
「皆さん剣の腕も立ち、その上魔法も一流。しかも連携迄完璧と来ているので、文句なしに素晴らしいパーティーだと思いますよ」
「そうか、ありがとう。ベテランの君にそう言ってもらえると自信が付くよ」
まあ彼らの実力なら、竜宮でも十分通用するだろう。
とは言え、グレートドラゴンの強さは別格だ。
ドラゴン達を容易くあしらえるミシェイルですらほぼ相打ちだった事を考えると、今の彼らの実力では厳しいだろう。
「序でに聞くけど。君の眼から見て、今の俺達でグレートドラゴンを倒せると思うかい?」
「いやぁ。この前も言いましたけど、グレートドラゴンの強さは見てないんで何とも言えませんねぇ」
この前ミシェイルとの待ち合わせの際、怖くて見ていないと言っているのだ。
ここで俺が知っている風に答えたら、嘘がバレバレになってしまう。
いやまあ、バレてはいるだろうけど。
「ははは、そう言えばそうだった。すっかり忘れていたよ」
彼からすれば、グレートドラゴンを直に見ているであろう俺の判断を参考にしたかったのだろうが――
勝てる。
負ける。
出来る。
出来ない。
その辺りの、限りなく答えに近いアドバイスは基本
俺が答えるのは、一般ポーターとしての範疇内までだ。
そういう重要な決断は、冒険者なら自分で決めるべきだからな。
「さて、それじゃあ5時間後に出発だ。ミテルー、悪いが休憩中の見張りを頼む」
「ええ、構いませんよ」
本来ポーターの仕事に見張りという物は含まれてはいない。
とは言え、頼まれれば大抵のポーターが仕事に支障のない程度で引き受ける。
何故ならパーティーのコンディションが上がれば、その分自分の安全性も上がるからだ。
だが中には、休憩中の見張りをポーターに無理強いする悪質なパーティーも存在する。
いや、したという方が正しいか。
今は殆どいないからだ。
何故なら、そういうパーティーは得てして
ミゲルの一件以降レムを通してPKには死の制裁を課しているので、そういう類の悪質なパーティーは、現在はほぼ絶滅危惧種に近い状態となっている。
「さて、どうなるかねぇ」
1人ごちる。
レイドが俺を雇った目的は分かっている。
俺がバレバレの嘘でグレートドラゴンとミシェイルの戦いの情報を出さなかった事で、彼はそれがとても重要な情報だと判断してしまったのだろう。
だから情報を引き出す為、俺を雇った。
最初は優しくして懐柔し。
それがだめなら、逃げれない状況下で俺に無理をさせて追い込み、口を割ろうという魂胆なのだろう。
まあ無駄な事だ。
何故なら、俺は365日無休で動いていても疲労一つ蓄積しない体だからだ。
だから休憩時の見張りぐらいなら、黙って全部引き受けてやっても構わない。
「けどまあ」
だが水に流してやるのはそこまでだ。
それ以上何かしかけてくるとなれば、PKとして処分する。
折角敵対した罰として例外的にダンジョンに誘致したのだから、PKで処分というあっけない幕切れは避けたい所なのだが……まあ、それもまた運命か。
惜しいとは思うが、例外はない。
願わくば、彼らが馬鹿な行動に出ない事を祈るばかりだ。
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