第29話 希望

「ここで待っていればいいのか?」


ダンジョン攻略情報が齎されてから、既に1月立っている。

その間ありとあらゆる手段を用い、攻略者であるミシェイルという男への接触を試みて来た。

その努力がやっと実を結んだのが、今日の事だ。


「ええ、直にやって来ると思いますよ」


俺の問いに返事を返した男の名は、ミテルー・ダケ。

単独攻略者たるミシェイルの、専属のポーターを務める男だ。

俺達は彼に接触し、やっとの事でアポイントメントを取っている。


「彼はこのホテルに寝泊まりしているのか?」


高価なホテルのロビー。

そこに設置してあるソファに腰掛け、尋ねる。


「違いますよ。彼は有名人ですから」


教える訳ないだろと、遠回しに答えが返って来た。

まあ当然と言えば当然の話か。


通常なら、単独攻略者である達人のミシェイルを襲う馬鹿はいないだろう。

だが今の彼は複数の神器を所有している身だ。

神器一つで数十人が軽く一生遊んで暮らせる額になるのだから、それらを奪おうと徒党を組む賊が現れてもおかしくはない。

下手をすれば、神器を手に入れようとしているどこかの国がそれを先導する可能性迄ある。


その状態で自身の住処を漏らす等、有り得ない事だった。

恐らく目の前の男。

ミテルーも連絡手段を持っているだけで、その正確な住処は把握してはいないだろう。


「君はミシェイル氏が攻略するのを、その傍で見ていたんだろう。彼はどうやって強大な力を持った竜を倒したんだい?」


待ち時間の手持ちぶさを潰す様に、話を振って見た。

あわよくば少しでも情報を得るために。


「ああ、すいません。俺見てないんですよ」


「へ?」


「とんでもなくデカい化け物だったんで、怖くなって門の外でぶるぶる震えてました。だからどうやって倒したとかは見てないんですよ」


「成程」


ミテルーは恥ずかしげに笑う。

勿論そんな言動に納得するほど俺も愚かではない。


彼は単独で活動する冒険者についていくポーターだ――その高い危険度を考えると、通常のポーターなら低階層以上では断るのが普通。

そんな男が戦いが怖くて見れなかったなど、ありえない話だ。


どうやら、余計な情報を漏らすつもりは一切ないらしいな。


「ああ、来た来た」


ミテルーの視線の先を追うと、此方へと歩いて来る一人の男性の姿が見えた。

銀の髪と瞳をした長身のその男を見た瞬間、俺は眼を見開き思わず固まってしまう。


こいつは俺よりも確実に強い。

本能的にそれを感じ取ったからだ。


「彼が……」


グレートドラゴンは神器の力で討伐したとばかり思っていた。

だが此方に近寄って来る男を見て、ひょっとしたら自力だけでグレートドラゴンを倒したのでは?

そんな風に考えさせられる。


それ程までに、彼の纏うオーラは異質だった。


「悪いな。呼び出しちまって」


「気にするな」


ミテルーが立ち上がる。

俺もそれに続いて立ち上がり、頭を下げた。


「初めまして。レイド・バスタールと申します。本日は此方の為に貴重な時間を割いてい頂き、誠にありがとうございます」


「ああ、構わない。それで話とは?」


ミシェイルが向かいのソファに座ってから、俺も腰を下ろす。

物心つい頃から騎士として生きて来た俺は交渉術など身に着けていないので、単刀直入に話を進める事にした。


「ミシェイル様がお持ちの神器についてです。出来ればそれを譲っていただきたい。勿論それに見合った金額は用意いたします」


入手する為の金額に糸目はつけない。

それが国からの指示だ。

本来ならその手のプロが交渉に当たるべきなのだろうが、前回の戦争の影響でそれは難しかった。


終戦後、一応同盟を結ぶという形で両国の関係は納まってはいるが、当然大敗を喫した我が国と英雄国との関係が対等な訳もなく。

その条約の中身はかなり不平等な物になっている。


その中でも、入国に関してはかなり厳しめの制限が課されており。

レブント帝国からは、英雄国が認めるきつい条件下で無ければ入国は一切認められていない状態だった。

当然そんな状況でエージェントを送れるわけもなく、そこで既に入国して冒険者活動をしている俺達にお鉢が回って来たという訳だ。


「残念ながら、それは出来ない。神器は俺に必要な物だからだ」


「失礼ですが、神器は6本お持ちと存じ上げます。出来ればその内一本でも構わないので、どうか譲っていただけませんでしょうか?」


討伐前に一つ所持していた可能性もあるが、それは数に含めていない。

一々相手の手の内を探る様な真似をして、機嫌を損ねる必要などないだろう。

そもそも彼を見た瞬間、その考えが揺らいでしまっているしな。


「一つ大きな勘違いをしている様だな。確かに今俺の手元に神器は6本ある。だがその内3本は彼の物だ」


そう言うと彼は俺の隣に座る、ミテルーへと視線を移した。

3本は彼の物。

その言葉の意味を、俺は理解できずに眉を顰める。


「えっと、どういう事でしょう?」


「そのままの意味だ。竜宮攻略によって手に入る神器の半分を彼に渡すという契約で、ミテルーにはポーターを務めて貰っていた」


「御冗談……ですよね?」


只の荷物運び如きに神器を3本も報酬として渡す等、聞いた事も無い。

流石にそれは意味不明過ぎる。


「事実だ」


俺の問いに、彼は真顔で答える。

その表情からは冗談や嘘の類を感じ取る事は出来ない。


え?

まじで?

思わず心の中で、そう呟いた。


「命をかけた相棒だ。当然の報酬だろう。彼無しで竜宮の攻略は有り得なかった」


その真っすぐな目を見て、ミシェイルという男を理解する。

この男は何処までも純粋なのだろう。

きっと自分の利よりも、義理や信念を優先するタイプの人間だ。


「これから先の探索に必要かと思って、今はミシェイルに預けてはいますけどね」


ミテルーはこれから先という。

その言葉は、竜宮から先を匂わす言葉だ。


新エリアの存在。


部下からの報告では、ミシェイルがグレートドラゴンを討伐した際に不明な黒いゲートが開き、中からダンジョンの支配者を名乗る化け物が現れたと聞いている。

英雄国の正式な発表ではあるが、正直眉唾物だと俺は考えていた。

何故なら20年前……父達が攻略した際にはそんなゲートなど出ていないからだ。


だが――もし本当にそんなエリアがあるのなら……


「本当に竜宮から先があるんですか?」


相手に失礼だとは思うが、聞かずにはいられなかった。

少々おかしい所がある物の、目の前の男は嘘を吐くような人間では無いと俺は確信している。

だから彼の口から真偽を確かめたかった。


もし新エリアの話が事実ならば……いずれ俺達もそこへ挑戦する事になるだろう。


英雄国相手の、言い訳のしようもないレベルの敗戦。

その責任を取らされ、父は大きく降格されてしまう――やらかした失態を考えると絞首刑でもおかしくなかったが。


俺達も失敗を理由に、ダンジョンに潜って国の為にマジックアイテムを収集するという仕事が与えられている。

騎士としてはもう、死んだに等しい待遇と言っていいだろう。


そんな状態を打破し。

俺と父が帝国で復権するには、国を唸らせるだけの手柄が必要だった。

だがそれは神器を持ち帰っただけでは足りない。

幾ら強力な武器とは言え、使える物が殆どいない武器である以上、6本持ちかえったとしても失態を覆すだけの材料にはならないからだ。


復権のためにはもっと強力な。

もしくは有用なアイテムを手に入れる必要があった。


もし新エリアの話が事実だったなら、そこでまだ見ぬアイテムの収集が可能になる筈だ。

そしてそれは俺に取って大きなチャンスとなるだろう。


「事実だ。そして竜宮の先を攻略するためにも、俺は神器を手放すわけには行かない。悪いが買取は諦めてくれ。もっとも、目的の物が手に入った後ならば、俺の所持している分を売っても構わないが」


「分かりました。ではその時、改めてお願いしに参ります」


俺は素直に交渉を切り上げる。

彼の瞳に曇りはなく、口にした言葉は真実だ。

ならば粘っても無駄だろう。


何より――今は神器の事よりも、その先の事で頭がいっぱいだった。


まだ水の神殿迄しか行けていない身で竜宮の先を考えるのはおこがましい事ではあるが、それでも思いを馳せずにはいられない。


待っていてくれ父さん。

俺が必ず現状を何とかして見せるよ。

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