第2話 探索
俺の名はミテルー・ダケ。
趣味でポーターをやっている者だ。
本日の仕事先は――
「本日は宜しくお願いします」
挨拶と同時に笑顔で頭を下げた。
別にそこまで丁寧に挨拶する必要は無いのだが、これは前世からの習慣でついやってしまう。
3つ子の魂100までもとはよく言った物だ。
「おう!ミテルー、よろしく頼むぜ!」
身長2メートルを軽く超す大男が俺の肩を叩く。
全身筋肉の鎧に覆われたその大男の名はゲリルと言い。
今日俺が同行する冒険者パーティー・強牙のリーダーを務める男だ。
チェインシャツと、その上からレザーアーマーを身に着けた前衛としては軽装な出で立ちをしており、更にその背には大剣が背負われていた。
恐らく防御よりも攻撃、それも破壊力に重きを置いたタイプだと言う事が装備から分かる。
「はい!精一杯頑張ります!」
そう答え、俺は荷物を大量に詰め込んでパンパンに膨らんだ背嚢を背負う。
中には水や食料品、薬品類や予備の衣類などがが詰め込まれている。
そのため荷物は軽く40キロを超えていた。
まあだがこのぐらいなら楽勝だ。
他の同業者達もこれぐらいなら苦も無く――ちょっと大げさか?――持ち運ぶだろう。
何せポーターは体力仕事なのだから。
「んじゃ行くか!」
同行するパーティーの人数は5人。
リーダーのゲリルに、同じ様なごつい体つきの重戦士の男。
それにローブを身に纏った魔導士風の男二人と、トラップなどの対処役としての盗賊の計5人のパーティーとなっている。
まあ編成自体は極々よくある物だった。
巨大な洞窟――魔王の残した
中は暗いので、魔導士の1人が魔法で明かりを灯して視界を確保した。
魔導士のいないパーティーだと松明が必要になる――マジックアイテムもあるが、高価なため使われる事は殆どない――ため、今の荷物に更に追加で松明が加わる事になってしまう。
そう考えると魔導士様様だ。
ポーターとしては有難い事この上ない。
まあ俺の場合、背負っている荷物の重さが仮に10倍になったとしても大して問題は無かったりするが。
因みに俺達が入った入り口は、アグレスの街の少し北にあり、平地の一部が山の様に盛り上がって出来た様な場所となっている。
もちろんここは自然とできた入り口ではなく、人工的な入り口だ。
こういった人工的な入り口はそこら中にあるが、アグレス北が冒険者の利用が最も多い場所となっていた。
その理由は他に比べて街から近く、更に比較的に難易度が低いと言われているためだ。
まあ難易度が低い理由は、利便性の良さから利用者が多いってのが一番の理由だが……
ダンジョン内では無尽蔵に魔物が湧いて来るが、その数には上限があり、かつ減っても即湧いてくるという訳ではない。
そのため、人が多いとそれだけ魔物との遭遇率が下がるのだ。
勿論その分リターンも減るが、それでも連戦のリスクなんかを考えた場合、小規模のパーティーはこの入り口を選ぶのがマストとなっている。
「速足で進むぞ!」
幅が広く――軽く20メートルはある――緩やかな坂道を、パーティーは壁沿いに速足で進む。
ダンジョンの入り口付近で出て来る魔物の強さはたかが知れている上に、生息数も極端に少ない。
その為、大して警戒する必要が無いのだ。
20分程スロープを下ると広い空間に飛び出た。
この空間はロビーと呼ばれており、此処からは道が平坦に変わって歩きやすくなる。
まあ平坦とは言っても地面は凸凹している所が多く、街中の歩道などに比べれば遥かに歩きにくくはあるが。
まあそれでも坂道よりはマシだろう。
「今日は西側だ」
ゲリルの指示に従い、だだっ広い空間を西に進むと10分程で突き当りにぶつかる。
そこを更に壁沿いに進んでいくと、壁面に小さな通路への入り口が現れた。
「今日は此処で良いな」
ゲリルは地図を手にしてはいない。
流石に情報の出尽くしているルートとは言え、無策で進む様な馬鹿な真似はしないと思うので、地図は頭の中に叩き込まれていると考えていいだろう。
厳つい見た目の割に芸の細かい男である。
「気合を入れていくぞ!油断すんなよ!」
「「「「おお!!」」」」
ゲリルが檄を飛ばし、パーティーに気合を入れる。
ロビーまではスロープと大差ない。
魔物やトラップの類は、ロビーから無数に伸びる横道に入ってからが本番だ。
基本的にダンジョンは進めば進むほど強力な魔物が徘徊する用になり、トラップも強力な物へと変化していく構造となっている。
とは言え、強力な魔物が出現するのはまだまだ先に進んでからの話。
なので序盤は油断しがちなのだが、しっかり活を入れるあたり、冒険者としての心構えはしっかりしている様だ。
「お宝発見」
暫く進んだ所で、暗闇で目が利く盗賊の男が小さく呟く様に報告した。
大声を出すと魔物に寄りつかれる可能性があるからだ。
まだ大した魔物が出ないとはいえ、無駄な戦闘は避けるに限る。
「入口付近で湧いてるのに出くわすなんて、ついてるな」
ゲイルは“湧いている”と表現した。
ダンジョン内には無数に宝箱が設置されており、開くと――トラップでなければ――中身だけを残して宝箱は消えていく。
そして消えてから最短で16時間、最長で96時間ほどで宝箱は近場に
そしてその現象を、冒険者達は宝箱が湧くと表現していた。
「どれどれ……っと」
盗賊が宝箱の罠を確認してから蓋を開ける。
中から出て来たのは青い液体の入った小瓶――ポーションだ。
「ち、外れかよ」
宝箱の中身はランダムである。
その為当たり外れがあった。
とは言え、場所によってランクが設定されており、入り口付近の物などは仮に当たりを引けても大した物は出てこない。
それでもまあ、当たりの方が金にはなるが。
「ミテルー」
「はい」
俺は瓶を受け取り、手早く肩掛けの鞄に詰め込む。
ダンジョン内で見つけた物を持つのもポーターの仕事だ。
因みにポーションの相場は品質にもよるが、大体30ギールと言った所だろう。
日本円に換算すると3000円程だ。
俺の日当が500ギールだと考えると、このパーティーが元を取るにはまだまだ程遠い。
「とまれ」
ダンジョンを進んでいくと、盗賊が停止指示を出した。
と同時に、彼は素早く腰から短剣を引き抜く。
どうやら魔物と遭遇した様だ。
「ラットか。魔法は温存しろ」
ゲイルが大剣を引き抜き。
重装の戦士が斧と盾を構える。
ラットはキラーラットの略だ。
体長1メートル程の大きなネズミで、ダンジョンの低階層部分に生息している肉食の魔物である。
大した強さではないが凶暴性が高く、彼らは好んで人間を襲う習性を持つ。
そのため、遭遇イコール戦闘確定である。
まあ外はともかく、このダンジョン内の魔物はほぼこのタイプだと思って貰えばいい。
「来るぞ!」
魔法の明かりの中に、大きなネズミが飛び込んで来た。
その数は5匹。
ラット共は迷わず此方へと突っ込んで来る。
「ふん!」
ゲイルが先頭の一匹に大剣を振るって素早く真っ二つにする。
普通ならその重さから二の太刀が遅れる所だが、ゲイルはその驚異的な膂力で大剣を軽々と扱い、2匹、3匹と続いて切り裂いていく。
そしてそのままあっという間に5匹全部一人で始末してしまう。
上層のモンスターとはいえ、5匹を瞬殺。
どうやら彼はかなりの腕前の様だ。
「ちっ、ドロップなしか」
ドロップとは、ダンジョン内の魔物が落とすアイテムの事である。
通常の魔物とは違い、ダンジョン内の魔物は死ぬと消滅してしまう。
そのため素材の収集などは出来ない。
だが代わりに、彼らは消滅の際アイテムを残す事があった。
そして強い魔物程より良いアイテムを落とす傾向にあり、この魔物のドロップとダンジョン内の宝箱が冒険者達の収入源となっている。
ゲイル達は落胆しつつも剣を収め、先に進む。
「おいおい、マジかよ」
盗賊がむき出しの岩肌に凭れ掛かり、天井を見て呟いた。
ここまで6時間。
一度だけ休憩を挟んでダンジョンを進んできたが、湧きポイントでの宝箱のリポップは見つけられず。
更に魔物からのドロップも全くない状態だ。
稼ぎは最初のポーション1個。
収支的には現在470ギールの損失という事になる。
なのでこのままの調子だと、大赤字になってしまう。
「こんな酷いのは初めてだぞ。ったく……」
普通に進めばここ迄酷い事にはならない。
――当然これは偶然などではなく、俺が仕向けた結果である。
このダンジョンはかつて魔王が支配していた物だ。
――だが現在、このダンジョンを支配しているのは俺である。
何故なら、100年前魔王を倒した勇者は他でもない俺だからだ。
そう、転生者である俺が魔王を倒したのだ。
因みに、当時のダンジョンはここまで大きくはなかった。
配下の訓練施設として用意された物だったからな。
それが100年で馬鹿みたいに大きくなったのは、俺が険者用に時間をかけてダンジョンを増改築したためだ。
趣味で。
「くそっ!」
盗賊の男が不機嫌そうに壁を蹴る。
儲け所か赤字になりそうな状況に、場の雰囲気も最高に悪い。
そろそろか……いや、仮にそうだとしてもある程度入り口付近までは仕掛けて来ないか。
既に6時間も潜っている為、此処から先は帰り道だ。
奴らが仕掛けて来るならそこでだろう。
早めに始末したら、自分達で重い荷物を運ぶ事になってしまうからな。
この手の輩は、とことん人を利用しようとするものだ。
「しょうがねぇ。魔物を狩りながら戻るか」
行きは出来うる限り魔物を避けて進んできた。
命がけで狩っても何も落とさない可能性がある魔物を狩るよりも、無駄な労力を減らし、少しでも多くの宝箱を見つけた方が儲かるとの考えからだ。
だが今来た道を引き返しても、宝箱がリポップしている可能性は低い。
宝箱からの収支は絶望的だ。
ならばと、帰りは魔物を狩りながら戻るとゲイルは決める。
「わかった!一発逆転いってやろうぜ!」
パーティーメンバー達は彼の判断に頷く。
此処からは態と大きな音を立てて、魔物を引き寄せながら戻って行く事になるだろう。
まあそんな真似をすれば、当然危険度は跳ね上がる訳だが。
特に最後尾のポーター等は。
だが俺は文句ひとつ言わず、彼らの後に続くのだった。
その瞬間が訪れるまで。
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