PK(ポーターキラー)

第1話 PK

「止めろ!止めてくれ!頼む……助けて――が……ぁぁ……」


青年が壁に凭れ掛かり、尻もちを搗く。

その肩口はバッサリと切り裂かれ、傷口からは大量の血が溢れている。

青年は必死に命乞いをするが、目の前の相手は容赦なくその手にした剣を振り下ろした。


「お、なんだこりゃ?」


男は殺した青年の遺体を漁り、その懐から紐の通った石を発見する。

それは見るからに価値の無さそうの物だった。

だが男はそれを懐に仕舞い込んだ。


「おいおい、そんなの持って行く気か?」


「ああ、ひょっとしたら金になるかもしれないからな。一応だ」


仲間の問いかけに、男は口元を醜悪に歪ませそう答えた。



☆★☆★☆★☆★☆★☆



「ははは!今日は大漁だったぜ!」


喧騒轟く満席に近い酒場で一際大きな笑い声が響く。

その笑い声の元――筋肉達磨の様なごつい男が、ご機嫌なテンションで丸テーブルに大きな革袋をドンと勢いよく叩きつけた。

その勢いで、テーブルの上に並んでいる木製のジョッキがいくつか中身をぶちまけ床に転がってしまう。

勿体ない事ではあるが、上機嫌な男はそれを気にも止めない。


「ああ、過去最高の稼ぎだな」


向かいに座っている男――これまた筋肉達磨――も上機嫌そうに笑う。

卓には他に3人。

一人はやせぎすの盗賊風の男で、残りは魔導士らしき男性二人が座っていた。

特徴こそ違えど、その顔はいずれも全て満面の笑みだ。


――ここはレーベゲルク危険区、そこにあるアグレスの街。


まあ危険区とは言っても、特断魔物の生息数等が多い訳ではない。

ではなぜ危険区なのかと言えば、かつてこの地に魔王が居を構えていた為である。

そしてその魔王が残したダンジョンがこの地に残っている為、此処は危険区と分類されているのだ。


魔王が討伐されたのはもう100年も前の話になる。

だが残されたダンジョンはまだ生きており、一攫千金を狙う冒険者達が毎日の様にダンジョン踏破に勤しんでいた。


酒場で上機嫌に卓を囲む5人の人物達も冒険者であり、本日の収穫が過去最高であったため全員御満悦という訳だ。

そんな中、盗賊風の男が口を開いた。


「しかしあんな物がこんなに高く売れるとはな。俺にはどう見ても只のガラクタにしか見えなかったぜ」


「ははは、全くだ」


彼らがダンジョンから持ち帰った物の中に特殊なマジックアイテムが混ざっており、その売却が今回の大儲けに繋がっていた。

それは一見只の不気味な銅像にしか見えない物だったが、街で鑑定した所、強力な魔法が封じられている事が判明したため、思わぬ高値で売却されたのだ。


「こんな事なら、アイツに報酬をくれてやっても良かったな」


「おい!」


続く男の言葉に、革袋を手にした男が睨み付けた。

盗賊風の男は自分の失言に気づき、決まづそうな顔をする。


「ガランさん、迂闊な事は口にしないでください」


彼の言葉は、周りに聞かれては不味いたぐいの話である。

魔導士風の男が周囲に視線を這わせてから、小声で盗賊――ガランを注意した。


「わりぃ」


彼ら冒険者がダンジョンに潜る際は、基本ポーターが同行している。

探索に置いて荷物持ちは必須の存在だからだ。

だがダンジョンから出て来た彼らの中に、同行していた筈のポーターの姿はなかった。


当然それはポーターの死を意味している訳だが、その死因は必ずしも魔物やトラップによる物とは限らない。


――そうポーターの危険は、何もダンジョンの魔物やトラップだけでは無いのだ。


彼らは基本的に前金を受け取り、探索後に残りの報酬を受けるというのが通例である。

だがダンジョンに潜ったはいい物の、大したお宝が手に入らず残額を踏み倒す冒険者も少なくはない。


もっとも、それならまだましな方ではあるが。


中にはポーターを殺してしまう様な輩も存在しているし、酷い物になると初めからポーターの身包みを剥ぐ目的の者さえいるのが実情だ。

そういった者達はポーターキラーPKと呼ばれ、ポーターは元より、他の冒険者達の間でも嫌悪される存在となっていた。


PKが横行すればポーターのなり手が減り、人手不足によりその単価が吊り上がってしまう。

そのため、一般的な冒険者にとってもPKは目の上のこぶでしかないのだ。


「ったく、ガランのせいで場が白けちまったじゃねぇか。気を取り直して乾杯だ。ねぇちゃん、ビアを人数分頼む!」


結論から言えば、彼らはPKだった。

大した収入が無かった際はポーターを殺し、その身包みを剥いで収入に当てるタイプの屑だ。

彼らの悪質な所は、収支がプラスならばちゃんと報酬を払う所にある。

その為殺害の頻度はそれ程高くなく、稀にポーターが亡くなっても、周りには只の事故だと思わせる事が出来た。


「乾杯!」


程なくしてテーブルにビアが運ばれ、彼らはそれを盛大に叩きつけ合う。

勢いで酒がお互いにかかるが、彼らは気にも止めずにそれを飲み干していく。


「……」


そんな彼らを、遠くから見つめる一人の男の姿があった。

その男の名は――

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