第51話 願望

「もう帰られるんですか?残念です」


目的であった神器を手に入れたフォル夫婦は、竜宮攻略の翌週には英雄国を出る事になっていた。

北の大国グルモアといつ戦争が起こってもおかしくない状態であるため、彼らは急いで帰国する必要があったのだ。


だがその前に俺は彼らに呼び出され、カフェで顔を合わせた。

別れの挨拶というのもあるだろうが、どうやらそれ以外も何かありそうだ。


「ははは、戦争が終わったらまた顔を出すさ!」


フォルが豪快にジョッキを煽る。

まあ中は只の水だが。

何せここはカフェだからな。


「ミテルーさんには、本当にお世話になりました」


「いえ、お世話になったのはこっちの方ですよキュレルさん。カイルも元気でな」


俺の言葉にカイルが困った様な浮かない表情を返す。

最初こそ俺を恐れた少年だったが、ここ最近では随分と打ち解けてきた筈なのだが……俺は彼のそんな態度に違和感を感じる。


「その事なんだが。なあミテルー、息子の事を頼めないか?」


「へぇ?」


言っている意味が分からない。

俺とした事が、思わず素で変な声を上げてしまった。


「うちの国は戦争になる。子供のこいつを戦争には巻き込みたくはねぇんだ」


「いや……それだったらもっと信頼できる相手にした方が」


正直、カイルはもうフォルより強いと言っていいだろう。

それでも戦争から子供を遠ざけたと思う親心は、まあ分からなくも無かった。

だがどこの馬の骨とも分からないポーターに自分の子供を託すなど、正気の沙汰ではない。

もっと身元のしっかりした信頼できる相手に任せるべきだ。


「俺はお前さんの事を信頼してる。確かに1年程度と付き合いは短いが、それでも人を見る目はあるつもりだ。どうか頼む!」


「私からもお願いします。どうか息子を、暫く預かって頂けませんか?」


夫婦そろって大きく頭を下げた

カイルの方を見ると、暗い表情で俯いている。

彼としては両親と一緒に居たいのだろう。


「まいったなぁ……」


いや、冗談抜きで。

将来有望とは言え、ダンジョンに潜る予定の無い少年の子守りをしている程俺も暇ではない。

本来ならばハッキリと断るべきなのだろう。

だがここで断れば、ひょっとしたらカイルは預け先が見つからず国に帰って戦争で命を落とす可能性も出て来る。


流石にそれは勿体ない。

取り敢えず、妥協案を提示してみる。


「完璧に面倒を見ると言うのは難しいですね……俺も仕事があるんで。偶に顔を見せる程度で良いんだったら、安全な宿を紹介する事も出来ますが」


ミシェイルが宿泊している宿だ。

そこは政府管理下の物で、セキュリティや個人情報の保護にかんしては完ぺきだった。

また何らかの生活上のトラブルなどがあった場合も、管理者に相談すればある程度対応もしてくれる至れりつくせりの宿泊施設である。


「ああ、それでも構わない。この子も12。もう自分の事はある程度一人できる年齢だ」


「分かりました。それでいいんなら」


「ありがとうございます。ミテルーさん」


再びフォル夫妻が頭を下げた。

カイルは相変わらず暗い顔で俯いたままだが、両親とかきちんと話をしているのか、口出しはして来ない。


状況を考えれば永遠の別れとなる可能性も有り得るので、12歳の少年には辛い一人暮らしとなるだろうな。

ま、俺が気にする事ではないが。


「でも、出来るだけ早く迎えに来てあげてくださいよ」


「ああ、それは勿論だ。戦争が終わったら、俺とキュレルで直ぐにでも迎えに来るさ」


フォルは夫婦で生き残る気満々の様だ。

まあ勝つために態々神器まで手にいれに来たのだから、当たり前と言えば当たり前の話ではある。


だが個人的には、モッサ夫婦2人、もしくは片方が死んでくれるのが理想だった。

そうすれば神玉の事を仄めかし、カイルに冒険者を続けさせる事が出来るかもしれないからだ。


「だからそれまで頼む。ミテルー」


しかしあれだな。

フォルは人を見る目があるとかさっき言っていたが、心の中で死んでくれた方が有難いと願ってる俺を信頼してまう辺り、完全に節穴以外何物でもないな。

まあ預かるからには、カイルの身の安全は保障するが。


「任せてください」


そんな考えなどおくびに出さず、俺は笑顔で返事を返した。

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