37話 柳の励まし
雨粒や屋根に当たる音がこの空間を絶界にしていると錯覚する休日。
ほんのりとじめじめとした空気と、服は母親のを無断で貸し出して着替えてはいるが髪はまだ少ししっとりとしている柳。
鏡也と柳は鏡也の部屋でゲームをしていた。
トランプとかオセロとか。のんびり話しながら、適当に出来るやつ。
「ふふふ。これは、もう勝ったのです」
中盤、柳は白で鏡也は黒。盤面はほぼ白一色に染まっていて、柳は勝利を確信し、ほくそ笑んでいる。対する鏡也も、自分の勝利を確信していた。
盤面が二手目にして
黒黒黒
白白白
と並んだ時点で、ミスらなければ先手側であるすなわち黒が必勝なのだ。
「あ、そうだ。カガミ様、罰ゲームとか設定するの如何です?」
「別に良いけど。具体的になにするの?」
お互いが勝利を確信している段階で柳がそんな提案をする。
柳は勝利を確信しているが故に、自分は鏡也に何をして欲しいか。それを基準に罰ゲームを考えていた。
「(ほ、ほっぺにちゅーとか?……い、いや!! そそそ、それは流石に破廉恥なのです!! 私がカガミ様にちゅ、ちゅーをして貰うだなんて烏滸がましいのです!)」
「わ、私が勝ったらあ、頭をなでて欲しいのです!!」
「……あ、うん。い、良いよ」
寧ろ、勝たなくても柳の頭なら撫でたいが。
盤面のほぼ全てが白で、真ん中辺りにポツポツと黒が残る中盤のオセロ。
「(こっからどうやって負ければ良いんだ……)」
見る人が見ればどう足掻こうと鏡也に負けがあり得ない絶対的有利な盤面。
しかし、柳の出した罰ゲームの提案に鏡也と柳の内心はほぼ一致していた
「(勝って、カガミ様に頭を撫でて貰うのです……!!)」
「(負けて、柳の頭を撫でるんだ……!!)」
「(いや、柳の立ち回り次第では負けられる……!!!)」
もはや鏡也は罰ゲームの提案を出された時点で、負ける気満々でいた。
提案を出した時点で、柳は勝負に勝っているのだ。
「ここなのです……」
「うわっ、そこかぁ……。そこきついなぁ」
「ふふふっ(着々と勝利に近づいているのです)」
逆である。完全に勝利から遠ざかっているのだ。
圧倒的有利な盤面。残り少ない手数。柳がちゃんと立ち回ればギリギリ鏡也の負けもありえる程度の盤面。
なのに柳は、最弱オセロが絶対に負けるために敗北への詰め筋を作るように。
ほぼ無意識で、もはやどう足掻こうと鏡也が敗北することはありえないという状況にまで持って行ってしまった。
これはあまりにも、柳がポンコツである。
「はぁ……」
「あれ? あれれ? あれれれ?」
もう、殆ど角しか残っていない盤面が黒く染まっていく。
鏡也もなんとか負けられないかと頑張ってみたが、その結果は38対26で黒側の勝利。
完全に誰も望まない勝敗の結果になってしまった。
「うううっ、く、悔しいのです……」
本気で残念そうな柳と、柳に負けて頭を撫でるつもりだったのに勝ってしまって哀しい鏡也。
「あ、でも……俺が勝ったから。柳、罰ゲーム……」
「はっ! ……な、なにをすれば良いのです?」
鏡也の一言に柳はパッと明るくなる。
何を求められるか。……想像するだけでドキドキする。
正直、求められるところまで求められたい!!
いや、でもそれはファンとしても友達としての一線を越えてしまう……。
それは色々と不味い。気まずくなるかもしれない。で、でも……
「じゃあ、頭、撫でて貰おうかな……」
まぁ、そりゃそうか。
ちょっと物足りないような。でも柳が設定したボーダーだし。
パンパン、と膝を叩きながら正座の柳はこっちに来るのですと手招きする。
パンパンと正座の柳が膝を叩いてこっちに来るのですと手招き。
え? と戸惑う鏡也に、良いから早くするのですと言わんばかりの表情の柳。
鏡也はおずおずと柳の膝に頭を乗せた。
「(え、えぇぇえ!? か、カガミ様がわ、わわ私の膝に? ……ど、どうして?)」
柳の動作はどう見ても膝に来いと言わんばかりのそれだった。
しかし、それはただの癖のようなもので完全に無意識。つまり、鏡也の勘違いだ。
ひんやりとしていて、でも柔らかくて少し暖かい柳の膝の感触。
雨に濡れて、少し香りが強くなった柔軟剤と柳自身の香りがする。
見上げれば、顔を真っ赤に染めておずおずと鏡也の頭に手を乗せる柳の表情が見える……。
想像以上にドキドキする。
こんなに近づいていて、このうるさい鼓動が相手にバレてしまうんじゃないか。そう思うとどうしようもなく恥ずかしい。
「(はぅぁ!? こ、これはこれで……。いや寧ろ、こっちの方が幸せなのでは!?)」
鏡也の少しガサガサで、そのくせ無駄に柔らかい髪を撫でる。
手櫛でほどけばさらさらの髪。格好の割に、スゴく良い匂いもする。
「きょ、鏡也……様……」
「うぇ!? ……い、いや。そっちは様付けしなくて良いから!!」
「い、いや……これは……その……」
鏡也の頭を撫でていて、ついうっかり。頭の中で、そう言えばカガミ様の本名って鏡也だったし、そっちで読んでみたいなぁとか思ってちょっと魔が差しただけなのだ。鏡也本人に聞かれるつもりはなかった。
「その、カガミ様は、忘れてください!!!!!」
真っ赤な顔で。驚きと恥ずかしさに染まり、ちょっと泣きそうな柳はその場で顔を隠す。
「(普通に名前で呼ばれて嬉しかったけどなぁ)」
柳が忘れて欲しいなら暫く忘れていよう。
いつかまた、柳がカガミを鏡也と呼びたくなるその日まで。
◇
柳が中でも、二、三度ほどなった電話を鏡也が出もせずに切り即座に着信拒否。
無造作に置かれた手紙と、ポストに入っている更に多くの手紙。帰りがけすれ違った知らない女の子は、夕方帰ってきた鏡也の母親に追い返されている。
柳はそんな場面を少しだけ見て、鏡也に何が起こってるのか察した。
あの隈の原因も、あるいはそれについて考えていたのかもしれない。
例えばそう。女子高生本屋大賞受賞作家としてクラス中から奇異の目を向けられ、今までちっとも仲良くなかった――むしろ見下してきていた連中が手のひら返しをしてきたことに嫌気がさして。
いつしか、学校に行かなくなっていた自分のように。
あるいは鏡也も同じ悩みを……。
◇
夜、鏡也にとっては久しぶりに知っている番号から電話が来た。
「柳だ。なんだろう……」
手癖で切ってしまわないように、慎重に出る。
「もしもし」
『もしもし。あの……いきなりこんなことを言われても困るかも知れないのですが……。私は、カガミ様を知ってから毎日がスゴく楽しくて、関わるようになってからは幸せすぎて……。
本当に感謝しているのです!!! それだけなのです!!!!!』
切られた。……散らばった手紙や、今日何度か掛かってきた迷惑電話。
柳もそれを見てたしこれはもしかして……
「励まされた?」
丁度今、学校を辞めようか悩んでいる鏡也に。学校に行かなくなった柳がこの電話をしてきたのは偶然なのだろうか。
ただ、まぁ……
「今日柳と会って、割とすでに励まされたんだけどなぁ……」
これ以上励まされてどうすんだ!!
ツッコミを入れつつ、鏡也の顔には微笑みが漏れ出ていた。
「やれやれ」
『ありがとう。元気出た』
とメールで返しながら、眠りに就く。
就こうとして、なんとなく昼間の膝枕のことを思い出して。悶絶して、やはり今日も寝不足になりそうだった。
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