10話 鏡也がカガミくんなわけがない(願望)
昨日、学校が終わってすぐに読み合わせという名のじゃれ合いを撫子とした後、急遽家に来ることになり、そのままドキドキしたのた鏡也であるが、その日もまたその次の日も普通に平日である。
超売れっ子女優である撫子は当然今日もお仕事だし、鏡也も打ち上げなどに顔を出さない関係で、今日はお仕事はないが普通に学校がある。
鏡也の話はともかく、鏡也が目覚める頃にはもう撫子は仕事のために鏡也の家を後にしていた。
まるで、撫子が泊まりに来た一連の出来事の全てが泡沫の夢であったようにさえ思える。
しかし、決してそれは夢ではない。
朝、日課のメールチェックをすると最近おなじみになりつつあった桃と柳のおはようメールの他に「昨日の夜はちょっとアレだったので、なかったことにして!」と合掌している風の絵文字を添えた撫子からのメッセージも届いていた。
「あ。桃と柳から自撮りメール貰える方法、お姉ちゃんに相談しておけば良かったなぁ」
昨日一日、お姉ちゃんって呼ばないと「むっ」とされた影響か。それとも鏡也が撫子を姉のように慕っている証左なのか、ほぼ無意識にお姉ちゃんと呼んでしまう。
尤も、次会うときまでには照れが勝って撫子さん呼びに戻る可能性が高いが。
とりあえず、鏡也は桃と柳の簡素なおはようメールに簡素な返答をしつつ撫子への返信を考える。
本当に、色んな意味でドッキドキな一日だった。
昨晩ベッドの上であんななってしまったけど、同じ事務所の先輩とあんな感じになるのはいただけない。流石に後輩である鏡也がそれを申し出ることは出来ないが、撫子がそう言うのなら鏡也としても願ったり叶ったり。
へたれと笑いたくば笑うが良い。
鏡也はなによりも撫子と気まずくなりたくないのだ。
そんなことを考えつつ「そうですね! 俺も色々アレでしたし忘れてくれると嬉しいです」と返信しておいた。
◇
チラチラ。チラチラ。チラッ。
「(何か美緒がスゴくこっち見てくる)」
「関わらないで」と言われたから律儀に関わってないと言うより、振られたときの文言で一気に冷めてしまって、特に関わる気にもならなかったと言うのが正しいが。
そう言えば、振られた直後だというのにこの一週間ほど、すっかり美緒のことが頭から抜け落ちていたことに気付く。
しかし、こんなにこれ見よがしにこちらを見てきて。一体何なんだろう、と鏡也は思う。
アレだろうか。
一週間前は見るも無惨なこっぴどい振られ方をした鏡也であるが、鏡也と美緒は幼馴染み。
なんだかんだで幼い頃から一緒に居るし、恋人としては絶対ムリだけど腐れ縁の友達として素を出せる気楽な関係は元に戻したい的な。
美緒が、偶々撫子が鏡也の家に招かれるところを目撃して、今更憧れのカガミくんの正体が鏡也であったことに気付いたことなどつゆほども知らない鏡也はそんな見当外れな予想をする。
とは言え、美緒が腐れ縁として友人として接したいというのであれば、別に鏡也はそれを拒むつもりはなかった。
正直な話、もはや鏡也にとって美緒は割とどうでもいい存在なのだ。
鏡也が正体だとは気付いていなくても、暇な休み時間とかに長々とカガミくんのどこが好きかを聞かされるのは別に苦じゃない。
ただ、かつてのようにその美緒のためにあえて時間を空けたり作ったりはしないと言うだけで、以前のように登下校中にしゃべったりするのは鏡也的には別に構わないのだ。
まぁ別に関わらないなら関わらないでも構わない。そんな感じのスタンスだった。
対して美緒は
「(……い、言われてみれば確かにかなりカガミくんの面影あるよね。本当に鏡也……。だとしたら私はとんでもないことを……。いや、でも鏡也がカガミくんだって決まったわけじゃないし)」
内心がもうしっちゃかめっちゃかだった。
ダサくてだらしない幼馴染みの正体が、大好きなミュージシャンのカガミくんだったと言う驚き。
いやいやそんな訳ないよねと思う疑念。
もし本当だとしたら、一週間前告白されたのに振ってしまった。なんてもったいないことを……という後悔。
あんな酷い言葉で友人を一人失い、剰え大好きなミュージシャンにまで嫌われてしまったかもしれないという不安と恐怖。
美緒としては、もう鏡也がカガミくんだって。昨晩の光景を見て本能が確信しているのに、諸々の事情を考えると信じたくない気持ちの方が大きかった。
だって、もし本当にカガミくんだったなら……。
その時はもう、美緒は悔やんでも悔やみきれない。
もっと情報が欲しい。そして、証明したい。鏡也は決してカガミくんではない、と。
だって美緒は誰よりもカガミくんのことが好きで。
夜な夜な、プライベートなカガミくんにばったり会ってそっから恋愛して結婚するとかそう言う妄想までしちゃってるのだ。
そして、恋人になるチャンスだって来たのに。
調べて、暴いてやる……。
証明してやる。あの日、鏡也が美緒に告白した日。自分がカガミであると宣ったのは、振られて頭がおかしくなったが故の狂言だって。
鏡也なんかが決してカガミくんの正体であるはずがないって。
焦り。動揺。それを誤魔化す溜めに無理矢理点火したやる気の炎。
そんな美緒の内心もつゆほども知らない鏡也は、チラチラ見られるのは気になるが、気にしてもどうしようもないのでスルーを決め込むことにしていた。
そんな鏡也は暇々メールチェックをしていた。
「(あ、桃から来てる)」
『今日の放課後空いてますか?』
『空いてます』
これからは普通に打ち上げとかにもちゃんと参加して、コネを作りつつ着々と仕事を増やしていく予定だからこんな風に突発的に約束を取り付けられる機会も今後減るかもしれない。
減るにしても、余裕のあるスケジュールは心がけたい。
そんなことを思いながら返信すると、すぐに返ってくる。
「(言えた義理じゃないけど、今、授業中なんだよなぁ)」
鏡也のクラスは自習だけど。桃のクラスも自習なのか、それとも桃が不真面目さんなのか。
鏡也は、放課後桃と会うのが楽しみだった。
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