9話 幼馴染みは真実を知る
「(本当に、過酷な時間だった)」
撫子に一番風呂を譲り、ご飯を食べ終えた鏡也は自室のベッドで俯せに突っ伏していた。
結論から言えば、両親は撫子に対してデレッデレだったし、撫子は撫子で「鏡也くんは私の弟みたいなものですから」とか両親の前でもいつものお姉ちゃんムーブを噛ましてきたりと、なんかもう、年頃の男子的にはかなりいたたまれない恥ずかしさに苛まれる時間を過ごしていた。
「まぁ、お世話になってるのは事実だし。撫子さんは両親にも紹介したい人ではあったけど」
以前、鏡也がカガミとして芸能活動を本格的にしようと考えたとき、マネージャーでも説得できなかった両親が首を縦に振ってくれたのは撫子が鏡也の両親に直接話をしに行ったからだった。
感謝しても仕切れないだけの恩もある。
でも、だからといって恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
だから今まで中々お招きできなかったし、いつかは招くべき客だったから良い機会だったと割り切るしかないが……。
鏡也は突っ伏しながら、お風呂に入ろうかと思って撫子が風呂に入っていたんだと思い出す。
あれ? なんで、撫子さんがお風呂に……って言うか、家に泊まることになってるんだ?
なんか食事中、両親が撫子にでれでれだったのは知ってるが、気恥ずかしさのあまり耳を塞いでいたから聞いていなかった。
と言うか、自然な流れすぎて止める暇もなかったのだ。
「うぅ、どうしよ……」
そうこう悩んでいる間に、鏡也の部屋の扉が開いてバスタオル一枚に身を包んだ撫子が現れる。
「お風呂気持ちよかったよ。鏡也くん、次入ったら?」
「あぁ、じゃあそうします」
それだけ言って、鏡也は撫子の方を努めて見ないようにしてスタスタとお風呂へ向かった。
「(ななな、なんなの!? いくら俺を弟みたいなものと思ってるからってアレは流石に無防備すぎない?)」
鏡也は鏡也で撫子のことを慕ってはいるのだが、しかし、一緒に居た時間がめちゃめちゃ長いというわけでもなく、流石に異性として意識しないなんてことは出来ない。
って言うかもう、さっきのバスタオル一枚の姿は思春期の男子にとってはあまりにも刺激が強かった。
使った後のシャンプーの香りがする、お風呂場。
さっきまで撫子が使用していたことを思うだけでドキドキが止まらない。
でも、あれだけお世話になっていて、しかも弟のようにかわいがってくれる同じ事務所の先輩である撫子をそう言う目で見るのは流石に……。
下手に勘違いでもすれば、事務所でも番組でも非常に気まずい思いをすることになる。
「心頭滅却、精神集中」
鏡也は冷水シャワーでザッと頭を冷やしてからお風呂を出て、バスタオルを腰に巻いて部屋に戻った。
撫子がなぜか囚人服のような鏡也の普段着を着ているが、気にしない。
自分も半裸だけど、一々ツッコめばそれこそ墓穴でしかないので黙って服をタンスから引き出し、部屋の前の通路でそそくさと着替えた。
「(大丈夫なのか? 俺の家から出て行くところを週刊誌にでも撮られたら女優生命終わらない?)」
熱愛報道発覚! お相手は今話題のミュージシャン、カガミか? 的な。
カガミは自分はアイドルではなく作曲家なので関係ないと思っているが、実際のところ、撫子と同じくらいにカガミに恋人が居ると発覚すれば荒れる可能性はある。
いや、テレビでも仲良いってアピールはしているし、表のカガミと撫子なら釣り合ってるし、逆に炎上しない可能性もあるが。
「鏡也くん。この漫画の続きってある?」
「あぁ、それは発売待ち。その作品の作者のやつだと、そっちにもあるよ、お姉ちゃん」
鏡也は平静を装いつつ、撫子に漫画を勧めるが内心はそわっそわだった。
そりゃそうだ。日本でもトップクラスの美女が、自分の私服を着て無防備に寝っ転がりながら漫画を読んでいるのだ。これでドキドキしない男など居ない。
そんな鏡也の内心を知ってか知らでか相変わらず撫子はリラックスしている。
それが鏡也にとって悔しくある反面、恋愛対象として意識されないが故の安心感もあるのだが、もう夜も遅いしこのまま一人で悶々と考え込むのは色々とよろしくないと悟って、何も考えず寝てしまうことにした。
撫子を押しのけて布団に入り込む。
「えー、鏡也くんもう寝ちゃうの? ……じゃあ、私も一緒に寝る!」
撫子も撫子で眠くて頭が少し働いていないのか、少し行動がお馬鹿になっていた。
鏡也が眠ろうと潜った布団に入り込む撫子の方へ振り向いた鏡也は、
「一緒に寝るの?」
と、眠気混じりの低めの声で聞いた。
おでこがぶつかるほどの至近距離。
撫子は子供だと、弟のようなものだと思っていた鏡也の意外に低い声と出っ張ったのど仏に、ふと鏡也も男であることを意識してしまった。
「(え、うそ……)」
先ほどまで鏡也が感じていたようなバクバクが撫子にも伝染する。
「じょ、冗談! 夜も遅いし、私は下の方で寝るから! おやすみ!」
ドキドキがバクバクが。同じ事務所の仲の良い後輩をそう言う目で見てしまうと、あまりにも気まずいから、そう言う目で見てはいけない。
遅まきながらそのジレンマに気付いた撫子は結局、この夜、一睡も出来なかった。
一方鏡也も鏡也で、至近距離の撫子へのドキドキが収まらず、一睡も出来なかったのであるが。
◇
時は遡り数時間前、なんとなく近所のコンビニまで散歩した帰り道で偶々鏡也の家を通りかかった美緒は、ちょうどマネージャーの車から鏡也と撫子が出てくる瞬間を目撃していた。
「(嘘。どうして鏡也があの青井撫子と?)」
いや、違う。着ている服は学校の制服ではあるが、その顔はメイクを整えたからか少しカガミの面影があった。
その時、ふと美緒の脳裏に鏡也から告白された日の出来事が頭をよぎる。
「(そう言えば鏡也、自分がカガミくんだって……)」
もしアレが、振られたが故の騙りではなく、真実を打ち明けたのだとしたら。
美緒は、大好きなカガミに対してとんでもないことを言ってしまったと言うことになる。
「(いや、でも嘘よ。よりにもよってあの鏡也が、カガミくんなんて)」
これは幻覚。見間違い。
美緒が目をこらして再び見る頃には、既に鏡也たちは家の中に入っていて近くにあったマネージャーの車も居なくなっていた。
しかしそれでも、美緒は自分が見た光景が幻であるとは思えず。その日の夜は一睡も出来なかったのである。
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