8話 人気女優が家に来る

「(そうか。霹靂の蒼ってラブコメだし、そう言うシーンもあるんだよなぁ)」


 初めての演技なのに、主役級の役柄を渡されて気付かなかったけど……カガミは、撫子と演技とは言えそう言うシーンをする自分を想像してかぁっと顔が熱くなるのを感じた。

 撫子には凄く親しくして貰ってるし、恩義もある。


 でも恋愛対象にするには、年も結構離れているし……なにより撫子側がカガミを「弟みたいなもの」と断言している辺り、全く恋愛対象として意識していない節もある。

 鏡也も鏡也で幼馴染み一筋だったこともあって意識したことはなかったが……


 鏡也には今、好きな人も居なければ撫子は日本でも指折りの美人さん。


 これで、年頃の男子に意識するなと言われる方が無茶な話だった。


「―――――――♪」


 自分の歌を歌って心を落ち着ける。


 カガミは霹靂の蒼原作者である柳たっての希望で主演に選ばれ、初めての演技を成功させるためにあの撫子さんがコーチをしてくれるというのだ。

 こんな思春期男子みたいな下心で惑わされるのは、凄く失礼である。


「あ、カガミさん。ここに居ましたか。いきなり走って行ったから何事かと思いましたよ」


「そりゃ走るよ! なんで、事前に教えてくれなかったの!?」


「ははーん。もしかしてカガミさん、撫子さんとのラブシーンを想像して照れちゃった感じですか?」


「……去年の忘年会の出し物で魔法少女のコスプレをしたマネさんの写真、マネさんの彼女に送っときますね」


「ちょ、え、ま、待ってください!! カガミさん忘年会来なかったのに、どうしてそんなもの持ってんですか!?」


 ……知り合いに「お前のマネ変わってるな」って写メ付きで送られてきた。

 まさしく図星を突かれたカガミは、些か苛立っていた。


「でもまぁ、カガミさん。他の人とは交流ないですけど、撫子さんとはなぜか仲良いですし。演技指導も頼んでおいて、良かったでしょう?」


 マネージャー全てお前の差し金か。

 いや、それなら全てが納得いく。


 あんな短期間で主役のオーディションが済むはずもないのに撫子さんで決まっていたし、多分、俺を主演にする話含めて全部マネージャーが根回ししたのだろうとカガミは予想する。

 実際は、カガミの主演に関しては柳の希望で、撫子が主役なのは監督が撫子のファンだったからなのだが


「(マネージャーとしては優秀だな! この事務所の犬め)」


 マネの彼女に送る写真は、マネージャーが羽目を外して裸ネクタイになったやつも添えつけておこうと決意した。せいぜい彼女に幻滅されれば良い。

 そうこうしているうちに気持ちが落ち着いたカガミは、撫子の元まで急いで戻った。



                     ◇



「急に出てしまって済みません!」


「良いわよ。どうせまだ脚本は出来上がってないし、演技指導って言ってもやることほとんどないし」


「え”?」


「鏡也くん、ミュージシャンだから声は通るし感情表現も出来るわよね? 身振り手振りとか役に入り込めるかとかは結局脚本を読み込んでからじゃないとなんとも言えないし」


「じゃあなんで俺呼ばれたんすか」


「会いたかったから! 最近色々と忙しかったし、直接お話しする機会もなくってお姉ちゃんさみしかったのよ~~」


 言いながら、撫子はカガミに抱きついてくる。

 柔らかい。良い匂い。心地良いのでもうちょっと抱きつかれても良いかな、と思わないでもないけど、さっきのこともあって照れの方が上回ったカガミは「ええい、面倒な」と撫子を撥ねのけた。


 やることないってどういうことだよ、とマネージャーに抗議の視線を送ったカガミだが、マネージャーはいなくなっていた。


「拗ねないの。とりあえずお姉ちゃんと原作の方読み合わせしよ?」


「まぁ、そっすね」


「鏡也くんはもう読んだ?」


「まぁ同い年の子が書いてるって話だし、本屋大賞取った瞬間読んだよ。そりゃ」


「男の子だね。ところで、小説は今持ってる?」


「持ってない」


 誰かさんが、事前に何をするか伝えてくれなかったからね! と見て見るカガミだったが、マネージャーはやはり居なかった。

 尤も、授業参観じゃないしどっか行ってても構わないわけだが。


「じゃあ、一緒に読も」


 そんなこんなで夜になるまで鏡也と撫子は、時折小芝居や茶番じゃれあいを挟みながら、放課後の弱小演劇部のような、あるいは本当の姉弟のような緩いノリで霹靂の蒼を読み込んだ。



                        ◇



 読み込みに熱中していたと言うより、遊んでいたらあっという間に時間が過ぎていたという表現が正しいか。カガミと撫子が空腹を感じる頃合いにはもうすでに世間は夜へと移っていた。


「お腹が空いた。お姉ちゃん、偶には鏡也くん家でご飯食べたいなぁ」


「そうだね。そうしたら……って、え? 今なんて言った?」


「偶には鏡也くん家でご飯食べたいなぁって」


「いや、お姉ちゃんは家でご飯食べたことないでしょ」


 撫子がカガミの家に訪れたことはある。でもそれは、かつてカガミがミュージシャンとして頑張りたいって宣言したら、両親に猛反対されたとき、態々カガミの家にまで行って「鏡也くんは才能があります!」と説得しに行ったのだ。

 マネージャーの説得は全部撥ねのけた両親も、あり得ないほどの美少女でその時から売れっ子だった撫子の説得は「この娘がここまで言うのなら」とあっさりと手のひらを返したのだ。


 カガミ自身その時のことは非常に感謝しているし、これがカガミが撫子にどうしても弱い理由の一つなのだが。


「やっぱり、アポなしは流石に迷惑かな?」


「……じゃあ、ちょっと聞いてみるから。ねえ、お母さん。お姉ちゃ……撫子さんが家で晩ご飯食べたいって「本当に!? 今日はお母さんお仕事休みだったから張り切って作ったのよ! 是非いらっしゃいって伝えておいて」……」


「決まり?」


「そだね」


 カガミは思う。

 うちの親、オープンすぎるだろ。


 外は暗いし、ここはカガミの家から駅3つ分離れているのでどっか行ってたマネージャーを呼び出して撫子共々カガミの家に車で送り届けて貰った。

 撫子がカガミの家に来る。

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