39話 桃に怒られる

 そう言えば、桃と鏡也が会うときに。音楽を作らないのは初めてである。


 それは二人がミュージシャンで、意識し合うライバルで、話の合う同い年で。

 故に音楽によって二人は大きく繋がっているからではあるのだが、それと同じくらいに「音楽関係なしに会いたいなぁ」と思う程度には互いを友人としても好んでいる。


 ではなぜ音楽関係なしに関われないのか。


 それは単純に、桃も鏡也も奥手でシャイだからだ。


 口実がなければ会うことも出来ない。

 誘ってくれるなら、理由なんてなくてもぜひ会いたいのに。自分から誘う勇気は出ない。


 でもあの日。鏡也が怪我をして、竜司が誘いやすい雰囲気を作ったあの日。

 桃は頗る勇気を出して、鏡也を誘った。


「(あぁぁぁ。どうしよう!! 時間ないのに着ていく服が決まんない!!)」


 これだと決めすぎだし。これだと手を抜きすぎ。仕事用のは論外だし。なんかこうイマイチ可愛い私服がない。


「(あーあ。どうしよう!! 着ていく服、これしかない!!)」


 かくいう鏡也も、何年ぶりかにオシャレをしたい。でも肝心の服がない状態に、辟易していた。

 一着しかないから着ていくしかないのだけれども。


 最近、お出かけする機会も増えたし。格好良い私服の一着でも持っていて損はないのかもしれない。


 そんなこんなで。

 鏡也が十分前に約束の場所に来て、その五分後に桃が来た。


 メイクは薄く、アイドルの時のような派手さはない。

 でも桃は、アイドルだからと言うか。桃だからと言うか、スゴく可愛かった。

 ……俺は、この娘と囚人服みたいな格好で街を歩くのか。


 最近何度か思うこと。


 恥ずかしいな。みすぼらしいな。

 オシャレに無頓着で、ついぞ一世一代の告白の時でさえもオシャレをしなかった鏡也にそんな感情が芽生える。


「その服、凄く可愛いね」


「本当に? えへへ」


 喜ぶ桃は、いつもの白黒ボーダーのシャツを着ている鏡也を。やっぱり素が格好良いと何を着ても格好良いなぁとは思うけれども。


 それでも、自分はちょっと背伸びをしてオシャレをしたのだから。


 オシャレをしていない鏡也を見て「もしかして自分はそんなに異性として意識されてないのかな?」と寂しくなる。

 鏡也が一種類の服しか持っていないとは思わない。


「それでさ、いきなりで悪いんだけど……服屋行って良い?」


「良いよ! 行こう!!」


 鏡也は桃に明かす。

 服が白黒のこれしか持っていなかったこと。流石にそろそろ一着は、オシャレな私服が欲しくなったこと。


 そしてうっかりと


「桃の隣を歩ける程度にはかっこよくありたいから」


「それってどういう?」


「いや、別に……その!! ……桃はライバルだから、あんまりダサいところは見せたくないって。それだけ」


「そっか」


 そこまで意識されてるのか。


 ずっと意識していて、憧れて、嫉妬して。

 それで今日だってカガみんには悪く見られたくないと。あわよくば可愛いと思って貰いたくてオシャレをしたのだ。桃は。


 その思いが一方通行じゃない。ちゃんと鏡也も同じことを思ってくれる。


 そのことが溜まらなくうれしかった。


 桃と鏡也は服屋に向かう。




                     ◇




「これが、俺……」


 テレビに出るときのカガミとも囚人と蔑まれる白黒ボーダー服の鏡也とも違う。

 清潔感があって、カジュアルでラフな格好。

 動きやすさを試すために、試着室の姿見の前で軽く片足を上に上げてI字になってみるけどぴったりと上がりきる。


 着心地も良い。


「カガみん、こっちとか、こっちとかどう?」


「いや、これでいいよ。スゴく良い」


「そっか。てか、カガみんスゴっ。それどうなってんの!?」


 良い機会とばかりに、カガミに色んな服を着せようとしていた桃は少し残念に思いつつそれ以上に上にまでピンと伸びきった脚に驚く。


「まぁ、ほら。俺も一応ダンスとかするしね」


「私もするけど! ……流石にそれは出来ないよ!!」


 と言うかそんな雑伎団みたいな体技は必要ないし、カガミのMVでもそんなことをしている画なんて見たことない。

 完全に、これが出来るのは鏡也の個人的な趣味だった。


 新しい服の伸縮性も確かめられたし、満足げに脚を下ろそうとして鏡也は少しバランスを崩して。

 ガタンと。


「…………」

「…………」


 鏡也と桃の顔が急接近する。お互いの加速する心音が聞こえそうなほどの近い距離。決して転ばない。

 でも、凄く近い。

 桃の綺麗な顔立ちが、良い匂いが。鏡也に急接近する。


「ご、ごめん。け、怪我はない?」


「だ、大丈夫。寸でのところで止まったから……」


 その気になればキスだって出来そうな距離。瞳に吸い込まれそうなほど近く。


 長い沈黙。どうすれば良いのか解らない。

 戸惑いつつも、何も言わず桃は鏡也を見つめている。鏡也も桃を見て、動けなくなっていた。


 キス……して良いのか?


 どちらともなく思って、引力に引き寄せられるように近づいたところで桃も鏡也もグイッと距離を取って我に返る。


「(わ、私今カガみんになにしようとしてた!?)」


「(俺、今、桃に……)」


 ブンブン頭を振る。

 それはない。


 桃はアイドルで、鏡也はスター。今演じている霹靂の蒼だって、丁度そんなシーンで揉めて大問題になっていたじゃないか。

 それに……今、桃と鏡也とそんな関係になったら気まずくなる。


 撫子や柳とも仲良くなって。

 それに、ドキドキしているのは自分だけで。……キス、とか意識したのは自分だけで、相手がなんも思ってなかったら。


 ただ、バランスを崩しただけだって思ってたら。


 してしまったら取り返しが付かない。桃と鏡也と、今後まともに顔合わせ出来なくなってしまう!!


 鏡也はもう一度「大丈夫? 本当に怪我はないよね?」と聞いて、桃は「大丈夫」と答えて、今のことは一度水に流す。


「怪我と言えば、カガみんはもう大丈夫なの?」


「まぁ、腫れとかは引いたかな。迷惑かけてごめんね?」


「カガみん。私も他の皆も、カガみんのことで迷惑だなんて思ってないから! ……次、謝ったら怒るよ?」


「ごめ……ありがとう」


 鏡也が怪我をして、多方面に迷惑をかけたのは事実だ。

 でも、それでもその一件で一番割を食ったのも鏡也なのだ。一番損して、一番辛い思いをした友達が迷惑だなんて謝るのは哀しいのだ。


「(桃に、怒られてしまったな)」


 桃になら、たっぷりと叱られるのもかわいくて幸せで楽しそうだとは思うけど。

 桃みたいな優しい人を怒らせるのはやっぱり罪悪感がある。


 服屋を出て、桃と鏡也は一日のんびりと街を回る。


 音楽が絡まずとも、桃も鏡也も一緒に歩き回る一日はスゴく楽しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る