33話 撮影の中止とちょっとした休暇
「(今日は、撮影現場に行きたくないなぁ……)」
学校に行かず撮影に行きたいときに限って悪天候だし、撮影に行かず家に引きこもっていたい時に限って空は憎たらしいほどに晴れ上がっていた。
鏡也は鏡に映る腫れ上がった頬を眺めて憂鬱になる。
身体のあちこちに出来た痣。
夏場だから半袖を着る機会も多いし……
「(痛てて。……メイクで誤魔化せるかなぁこれ)」
誤魔化せるんなら鏡也が痛いのを多少我慢すれば問題ない。
ただ……
◇
「どうしたの鏡也くん!? ……その顔に……痣……」
撮影現場に行ってみて、一番最初に会ったのは撫子。
やはりというかなんというか予想通りの反応をされて、鏡也は驚かせて申し訳ないなぁと思う。
「いや、ちょっと……学校でね」
「大丈夫? スゴい傷だけど……なにがあったの?」
「…………」
真剣に。いや、ちょっと怒っている。
撫子に手を握られ、まっすぐに鏡也の瞳を覗き込む真摯なまなざしに鏡也は少しだけ考えて、昨日一昨日にあった一部始終を相談した。
別に隠していたわけじゃないけど、鏡也がカガミだってクラスメートにバレて。
別に知ったところで何か変わると思ってなかったのに、いきなり豹変したクラスメートに席を囲まれて質問攻めに遭って。
女の子が急に媚びを売ってきはじめて。
そんな鏡也のことが気に入らない不良グループにリンチに遭って、怪我をした。
淡々と。いや、酷く申し訳なさそうにことの顛末を話す鏡也に撫子は胸が痛む。
「ごめん。……俺の、考えが甘かった。そのせいで、お姉ちゃんとかみんなに迷惑が掛かるかもしれない」
「鏡也くんは悪くない。鏡也が悪いことなんて一つもないよ」
泣き出しそうな声で、謝罪を述べる鏡也を見て。撫子は思わず鏡也を抱きしめていた。鏡也は撫子にいきなり抱きしめられて、驚いた。
驚いたけど、それ以上に心が決壊して涙があふれ出てくる。
「うぅ……。うぅ……。ごめん。ごめんなさい……」
撫子自身、学生の頃から女優をしていて鏡也ほどではないがやっかみもあった。
やはり女優なんてことをしていては学校の人に隠すなんて出来ないし、知った瞬間に態度を変えてくる人がいて気持ち悪いと思ったことも一度じゃない。
クラスメートに「泣く演技してみてよ」としつこくせがまれたときはイラッとしたし、撫子の境遇に嫉妬して心ないことを言っていたり、いじめてくる人だっていた。
だからこそ思うのだ。
殴られて怪我をして。クラスでいきなりそのやっかみが来て。
一番辛いのは、哀しいのは他でもない鏡也のはずなのだ。
なのに鏡也は怪我をして、その怪我が目立って撮影に支障を来すことを気にしている。私やほかの関係者に迷惑が掛かると、掛けたくないと謝っている。
そんな、子供らしくないほどに真摯で真面目で直向きで。それでいて強い責任感をもつ鏡也を見ていると胸が締め付けられるようだった。
いや、それは違う。
照れて言えないだけで、鏡也もまた撫子と同じように。恐らくこの霹靂の蒼のメンバーのことが大好きで、撮影に携わるのが楽しくて仕方がないのだろう。
学校でのことよりも遙かに大きくて大事に思っている。
あるいは子供らしく楽しんでいる鏡也にこんな重荷を背負わせるのは酷なのかもしれない。
鏡也は撫子の胸を借りて思う存分泣きじゃくった。
こんな姿、他の誰の前でも鏡也は見せない。
撫子がお姉ちゃんだから見せられるのだ。
尤も、既に涙は出尽くしてしまっているけれど。
「(泣き顔見られたくないし。もうちょっとだけ……)」
鏡也はお姉ちゃんに甘える。
◇
「どうしたの鏡也くん!? その怪我……」
「ごめんなさい……」
「いや、別に良いけど。あー、メイクさん。鏡也くんの傷、誤魔化せそう?」
「済みません。もうちょっと腫れがひかないと、流石に……」
「だよね……。じゃあまぁ、主演が出来ないなら仕方ないし今日は解散!! どうせ暫く梅雨で撮影もまばらになってたし、梅雨明けまでお休みしよう!!」
監督がパンパン、と拍子をならして来ていたメンバーに伝える。
「ごめんなさい……。すみません」
「別に鏡也くんが謝ることでもねーだろ」
「お? ストーカーに拉致られそうになったことがある竜司さんは言うことが違いますね」
「うっせ」
「ドンマイドンマイ」
「って言うかカガみん。大丈夫?」
「痛くないのです? カガミ様?」
竜司もあやめも黒部も別に撮影が暫く中止になることを気にした様子もなく、桃と柳はただただ鏡也の怪我が心配だった。
不慮の事故、暴漢に遭うこと。うっかりリスク管理を怠って自分が何らかの被害に遭うこと。そんなのこんな仕事をしていれば「自分はならない」だなんて言えないし今鏡也の身に起こったことは結局明日は我が身なのだ。
下手すれば鏡也より酷い目に遭うかもしれない。
だからこそ、鏡也を責める人はいないし。
と言うかそうであろうがなかろうが、怪我をして酷く落ち込んでいる人を見て、撮影が中止になったことで文句を垂れるような人間はこの中にはいなかった。
それでも。いやだからこそ鏡也は申し訳ないと思う。
こんな優しい人たちには迷惑を掛けたくなかった。
「そうだ。カガミくん。いやカガミ。今日空いたしさ、折角だし男同士遊びに行かねぇか?」
落ち込む鏡也に竜司ががばっと肩を組む。
鏡也は少し考えて、
「行く。行きたいです」
「黒部さんも来ますか?」
「ええの? だったら行きますわ」
「はいはーい! 私も行きたい!!! カガミくんとデートしたいでーす!!」
「あやめ……男同士って言っただろ」
「うーん。確かに、竜司くんとか黒部さんはいらないし……ねえ、カガミくん。明日か明後日空いてる? 私とお出かけしない?」
今日、竜司と黒部と遊びに行く予定が出来て。明日、あやめとデートをすることになった。
「ちょ、えずるいのです。だったらカガミ様、私とも明後日――」
「じゃあ、私も。鏡也くん独り占めしたい! しあさってね!」
「な、流れで……カガみん。私も撫子さんの次の日で」
「う~ん。カガミくんスゴいモテモテだね」
男にも女にも。
監督が微笑ましく見る中、あれよあれよと言う間にどんどん撮影中止になった日分の予定が埋まっていく。
全くもう。これじゃあ、全然、部屋に籠もって落ち込んでいる暇なんてないじゃないか。
鏡也は、暖かすぎる人たちに感謝の気持ちと。嬉しさでいっぱいだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます