8話 鏡也の良いとこ見てみたい
海! いくら離岸流などのない海水浴場でライフセーバーも居て十分な安全があるとは言え、あまり一人で来ることはない場所。
それは家族だったり、友だちだったり、恋人だったりと来る場所。
水着で一悶着ありつつ、気分を切り替えてさぁ海を満喫しようと思い立った鏡也、桃、柳、撫子はとても重大な事実に気付いてしまう。
――泳ぐのは、一人でしか出来ない!!
海だ!! 楽しみだ!! と来た鏡也たちだが、その目的はあくまで水着をみること――それ以上でもそれ以下でもない!!
そして、それはもう十分に達成された。
ぶっちゃけ、鏡也も桃も柳も撫子も、目的は既に達成しており、更にぶっちゃけるなら――日差し強いし、海に入ればベタベタするだろうし……室内で遊びたい。とか思っていた!!
しかし、ここで「なんかもう満喫したし、室内に行かない?」と言おうものなら、それはもう「水着だけが目的です!!」と言うようなものである。
言ったら最早変態だ!!!
しかし、それぞれ泳ぐって……。どうせ一緒に来たのだから一緒に遊びたい。
「ね、ねえ。び、ビーチバレーでもしない?」
そんな空気の中桃が切り出した。
「い、いい案なのです! 桃ちゃん、ビーチボール持ってきたのです?」
「も、持ってきてないけど……」
微妙な空気が流れる。
一応今日はお泊まりと言うことで、みんな夜に遊ぶトランプとか、気合いの入ったかわいいパジャマとかは持ってきたけど。
海水浴の道具に関しては、浮き輪すら誰一人として持参してくる者は居なかった。
と言うか、海に行く機会なんて殆どなかったので、持ってないのである。
「……お、俺、買ってくるよ。売店で売ってたはずだし!!」
「え? あ、うん……」
鏡也はそそくさと海の家の方に駆けていった。
ついでに飲み物とか適当に買ってこようと、気の利いたことを考えながら。
その傍らで絶世の美女を前に、本能に忠実に動く二人の男が居た。
(お、男が離れたな?)
(丁度良い。声、かけに行こうぜ!!)
「お姉さんたち、ちょーかわいいね。芸能人みたい」
「三人で来てるの? 俺たちも二人で来てるんだけど、良かったら一緒に遊ばない?」
ナンパである。
柳はスッと桃を盾にするように後ろに隠れ、撫子は桃を護るように一歩前に出る。桃は不安そうに、撫子の腕を掴んだ。
みたい、じゃなくてまさしく芸能人なんだけど。ナンパは撫子すら知らない。あるいは気付いていない様子だった。
浅黒い肌から察するに、普段遊び歩いていて、テレビなんて殆ど見ないのだろう。こう言った手合いが却って一番面倒である。
「あの、済みません。連れも居ますし、迷惑なので……」
「そうなのです! 三人じゃなくて四人なのです!」
「や、柳ちゃん!?」
キッパリと断る撫子の後ろからスゴく小声で柳がヤジを飛ばす。それに桃が驚く。
「まぁまぁ、そんなこと言わずにさ」
「な? 良いだろ?」
ナンパの片割れが、撫子の腕を掴んで強引に誘おうとする。それを見て、桃は警察を呼ぼうかと思ったその時、声が聞こえた。
「お待たせ!! ボール買ってきたよ! あと、飲み物も……って、あれ? ね、ねえ。あの人たち知り合い?」
鏡也である。鏡也の問いかけに、スマホを取りだしていた桃はブンブンと首を横に振った。となればナンパか……。
まぁ、めちゃくちゃ綺麗だし。そりゃ声もかけられるか……。
少しだけもやっとした気持ちを抱えながらも、鏡也は前に出た。
「あの……(って言うか、こう言うときなんて言えば良いの!? 俺、ナンパされたことないし、そんな現場に立ち会ったこともないからなんて言えば良いのか解んないんだけど!!)」
出ただけだが。それでも長い前髪の間から、ナンパ二人を見つつ、撫子を護るように位置を取る。
でも、前に出てはみたものの鏡也はナンパが怖くて仕方がなかった。
自分よりも一回りは大きい体格。それが二人。フラッシュバックするのは、数週間前、ヤンキーに殴られた記憶。
怪我をして多くの人に迷惑をかけた。純粋に痛かったし、商売道具を傷つけられたショックも思いの外大きかった。
「え、なに? 連れって、こいつ? うわ、くらそー。ちょうだせっ」
「お姉さん、流石にこいつは釣り合いませんよ。こんなやつほっといて俺たちと遊ぼうぜ……!?」
ナンパが途中まで言って、しかし、それ以上鏡也を馬鹿にする言葉が紡がれることはなかった。
「と、取り消すのです!! か、カガミ様はダサくなんてないのです!!」
「こ、このアマ……!」
柳に頬を引っぱたかれたことによって激昂したナンパが柳に掴みかかろうとする。鏡也は柳の間に割って入って、ナンパから柳を護った。
鏡也は思う。何を自分は恐れていたんだと。
鏡也が嫌なのは殴られることじゃない。柳や桃や撫子に迷惑が掛ったり、三人が傷ついたりすること。それが嫌なのだ。
「あの……連れが手を出した点はごめんなさい。でも、迷惑なのでお引き取りください!」
暗そうな見た目に似合わないやたらと透き通った声でそう言い放つと同時に、長い前髪の間から鏡也のやたらと整った顔が覗かせた。
それにさっき、女の子がカガミ様って……
「え!? もも、もしかしてかか、カガミくん!?」
「ま、ままマジ!?? お、おお俺大ファンなんですけど……さ、サイン貰っても良いですか!?」
ナンパは普段テレビをあんまり見ない手合いだ。
テレビでの活動が主ではない桃や柳は兎も角、どのシーズンでも九時以降のドラマで二作以上出ている撫子すら知らないのだ。
ゴールデンタイムのバラエティですら見てるか怪しい。
そんな芸能人に疎い二人も、鏡也の――カガミのことは知っていた。
それは「カガミくんが好き」と言えばモテるかどうかは兎も、会話のとっかかりになるから。そう言う理由で聞き始めたら想像以上にイカした音楽で、二人はカガミに素でハマってしまったのだ。
ドライブ中に流す音楽も、カラオケで歌う持ち歌もカガミの曲である。
そんなナンパ二人は「ちょ、ちょっと待っててください」と言ってからそそくさと自分の車に戻って三分、ペンを持って戻ってきた。
その三分の間に、鏡也たちは鏡也が気を利かせて買ってきた飲み物を飲んでいた。
「あ、あの……す、スマホの裏にお願いします」
「お、俺もお願いします」
鏡也は少し思案してから
「書いたら、お引き取り願えますか?」
「も、勿論です!!」
「や、約束します!!」
言われたので、以外にシンプルなブルーとグリーンのスマホをカバーから取りだしてサインを書いた。
「「あ、ありがとうございました!!」」
サインを貰ったナンパ二人は、ぺこぺこと頭を下げながら帰って行った。
「流石カガミ様、スッゴく人気なのです……」
「うん。悔しいくらいにね」
「流石鏡也くんって感じだけど……」
柳も桃も撫子も、ナンパに割って入った鏡也のことは格好良いと思ったし、嬉しかったけど。それ以上に、なんだか釈然としない気持ちになった。
―――――――――――――――
因みに、ナンパ二人が鏡也を馬鹿にしたとき桃は『110』まで押してました。
撫子も、柳が動いてなかったら手が出てた雰囲気はあります。
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