7話 水着回

 青い空、広い海。

 雑に設置されたビーチパラソルの下で体育座りをする、黒いパーカーを着た根暗そうな長い髪の少年、鏡也は多すぎず、少なすぎず、ほどよく人が居る良い感じに田舎臭漂う海水浴場にて、ぼんやりと景色を眺める。


 しかし、その内心はスゴくソワソワしていた。


「か、カガミ様……」


 後ろから、少し自信なさげな声が聞こえて。鏡也はビクッと肩を震わせながら、声のした方を振り向いた。


 ディープグリーンを基調とした水着は、ビキニのようで、よく見れば上と下と繋ぐ細い紐のようなものが柳の細いウエストにぴっちりと張り付いている。

 そして極めつけは、上の方……ビキニトップスの下の方には切れ込みがあって下乳が少し見えるようになっている。


 胸はあまり大きくない柳だが、逆にその小さいバストの下乳が見えるのはなんかこう言いようのないレア感がある。

 その上やはり小食なのか、不登校児とは思えない、全体的に細身な肢体はシュッとした印象を与えて、格好良いというか。そのくせ妙に自信がなく、もじもじしているところがかわいらしいというか。


「(って言うか、エッッッッロ……)」


 少なくとも言えるのは、あまり女性に免疫のない童貞の鏡也にはあまりにも刺激が強すぎると言うことだ。

 完全に、美緒のために色々と人間関係を狭めていた弊害である。カガミはモテはするが、つい三ヶ月ほど前まで幼馴染みにぞっこんだったため、こう言ったものに対する耐性が薄いのである。


「ど、どうなのです……?」


 不安そうに、心配そうに柳は鏡也に尋ねる。


 かわいいって言って欲しい。でも、派手すぎて引かれたら嫌。それに、露出が多くて想像以上に恥ずかしい。

 そんなない交ぜの感情で、尋ねた柳だが……


「え? か、かわいい……よ?」


 鏡也は挙動不審になりながら、答えた。


「や、やっぱり、こ、こう言うのは私には似合わないのです?」


「そ、そんなことはないよ!!」


 そんなことは、ない。ただ、素直に「エロいね!」なんて伝えようものならただの変態だし、でもそう言う気持ちがあるせいで素直にかわいいね、とは言いづらい。

 と言うか、目のやり場に困った鏡也は自然と柳から目をそらしてしまう。


「どーん!! おまたせ!!」


 おろおろと、哀しそうな表情で持ってきていた上着を着る柳に、どうしたものかと悩んでいた鏡也は、背中にむにゅりとしたもの凄く柔らかくて大きな二つの感触に


「お、おお姉ちゃん!?!?!??」


「鏡也くんはね、柳ちゃんの水着がかわいいから照れちゃったんだよ。全く、初な弟ですな~」


 驚きながらも、撫子がフォローしてくれたことは解った。

 なんかこう、実際柳の水着に照れちゃって上手く伝えられなかったのは事実だけどそれを解説されるのは、凄く恥ずかしいというか、釈然としないというか。


 しかし、それ以上におっぱ……い、いやこれは考えたらダメだ。

 鏡也はめちゃくちゃ頑張って、平静を装いながら


「ま、そ、そんな感じ?」


 と、上擦った声で返事するのがやっとだった。だっておっぱ……い、いやこれは考えたら色々とヤバい。男子的にヤバいし、意識したら変態の誹りは免れない事態になってしまう!

 鏡也は、頭の中で初の武道館ライブの緊張感を思い出す。


 ようやく辿り着いた武道館。色んな人の思いを背負っていて、失敗したら方々に迷惑が掛る。うん。こんなところでやらかすわけには行かない。

 思いだしプレッシャーで胃がきゅるきゅると痛んだけど、どうにか平静を保った。


「ほ、本当なのです?」


「……まぁ、その。本当にかわいいとは、思ったよ」


 かわいいと思ったのは、恥ずかしがってもじもじする姿だけど。水着に関してはエロい……取り繕っても格好良いって感じだけど。

 しかし、少し照れくさそうに言う鏡也の言葉に柳は舞い上がった。


「でへへへ。カガミ様に、かわいいって言われちゃったのです」


「ねえねえ、ところで! 鏡也くん、私の水着はどう? かわいい?」


「かわいいも何も、その体勢じゃ見えないから! 離れて!!」


「そう? ……(耳だけもの凄く真っ赤。隠したのは、柳ちゃんの前だから?)」


 耳元で撫子に囁かれて、ぼわっと顔面がゆでだこのように赤くなるのを感じた。


 黒を基調とした、これまたビキニ。特に飾り付けがされているわけでも、地味なわけでもないとてもシンプルでシックなデザインのありふれた水着だ。

 しかし、それを彩るのは撫子の抜群のプロポーション。もう、何食べたらそうなるの? ってくらいのボンキュッボンで、色々と凄まじい。


 何が凄まじいって、そのデカメロン二つがさっきまで鏡也の背中に(殴 これは考えたらダメな奴!


 その上から羽織る淡い蒼のパーカーと、日よけの帽子がもの凄くオシャレだった。


「……まぁ、その。スッゴく似合ってると思うよ?(って言うか、なんでさっきあんなこと聞いてきたの?)」


「そう? ありがとう(ナイショ)」


 カガミに褒められて喜んだ柳がまだぽわぽわしてるのを見計らって、鏡也はアイコンタクトで撫子に問いかけると、撫子は悪戯っぽく唇に人差し指を当てて応える。

 しかし、当の撫子も正直なんであんなことを言ったのかは解らない。


 なんかこう、自分が抱きついてもあんまり照れてくれなかったのがつまらなかったのか、目の前で柳が鏡也にかわいいと言われてたのが面白くなかったのか。

 そんな狭量な人間ではなかったはずだけど、なんか、スゴくもやっとしたのだ。


 そんな撫子の内心など知らない鏡也は「(やっぱり敵わないなぁ)」と、いつものように思うわけだけど。


「……って言うか、桃は? 遅くない?」


「あれ? そろそろ来ると思ってたけど……」


「って、桃ちゃん!! なにそこでこそこそ隠れてるのです!?」


 柳も撫子も来て、ちょっとじゃれてたのにまだ来ない桃。

 それを心配して鏡也が尋ねると、撫子も怪訝に思って、柳もぽわぽわから目が醒めて辺りを探してみると、少し離れた物陰でこそこそとこちらを見つめる桃を発見した。


「ちょ、ちょっと待ってよ! (な、撫子さんの後に出て行くの結構辛いんだけど)」


 桃も、アイドルと言うこともあって自分の容姿やプロポーションに自信がないわけではないのだけど、しかし、撫子に比べれば少し劣っているような気がする。

 なんかこう、あんなにセクシーで綺麗に水着を着こなせる気がしない。


「大丈夫なのです! 桃ちゃんも十二分にかわいいのです!!」


 柳に引っ張り出されて、桃が出てくる。


 白を基調とした水着に、桃色のライン。ビキニボトムスの方はもの凄く短いスカートのようで、チラチラと見える中の水着はもの凄くグッとくる。

 鏡也は少し、桃に見惚れた後に思わず漏れ出たように


「か、かわいいと思うよ。スゴく似合ってる」


「そ、そう? ありがとう……」


 そんな嘘のない鏡也の褒め言葉に、桃も思わず照れてしまう。

 しかし、そんな桃と鏡也のやりとりに柳も撫子も少しもやっとした。


「そ、それより! カガミ様は、いつまでそのパーカーを着てるつもりです?」


「わ、私もカガみんの水着、み、見たいかな?」


 柳と桃の言葉に撫子も、同意するように頷く。

 三人の視線が、一気に鏡也に集まった。


「い、いや。その……」


「問答無用、男らしくそのパーカーを脱ぎなさい! 柳ちゃん、桃ちゃん!」


「了解なのです! カガミ様、悪く思わないで欲しいのです!」

「わ、わかった……ごめん、カガみん」


 撫子に羽交い締めにされ、柳と桃が迫ってくる。

 胸が背中に当たってるし、水着の桃と柳がめっちゃ近いし、触れられるし。でも、パーカーの中身には自信がないし。

 なんかもう色々とヤバい。不安と恥ずかしさと若い衝動が鏡也の中で色々とない交ぜになっていた。


「え? いや、ちょ、ちょっと待って!! 自分で、自分で脱ぐから!! ちょ、心の準備が!!!」


 撫子にパーカーを剥ぎ取られた鏡也は、一言で言ってしまえば美しかった。


 水着は黒を基調として、赤い炎が描かれたありふれたものである。

 しかし、鏡也の凄く整った中性的な顔立ちと、真っ白くてやたらと細い線。何より柳よりも細いと思われるウエストが作り出す、くびれ。

 その姿は女の子が男の子の水着を着ているような背徳感がありながらも、しかし、鏡也の肩の形や首ののど仏が確かに男だと物語っている。


「(カガみん、綺麗……)」

「(カガミ様、ふつくしいのです……)」

「(鏡也くん、ねたましいくらいに綺麗ね……)」


 鏡也の水着姿をみた女性陣は、何も言えなかった。


 それは水着に関しては、普通すぎて褒める点がないというか。鏡也の美しすぎる半裸に目が行きすぎて、水着に対するコメントが出ない。

 でもここで貴方の半裸スゴく綺麗だねと言おうものならそれは完全に変態である。


 それに……


 桃、柳、撫子の視線を一身に受ける鏡也は軽く泣きそうだった。

 鏡也がパーカーを脱ぎたくなかった理由、それはこの細いウエストから出来る、くびれにあった。

 中学生の頃に、水泳の時間に「日陰くん、くびれあるんだね」と言われて以来コンプレックスになっているのだ。


「も、もう良いでしょ! 恥ずかしいし、格好悪いし」


 鏡也は涙目になりながら、撫子からパーカーを奪い取って着てしまう。


 あぁ……。鏡也がパーカーを着るのを残念に思いながらも、三人はどう声を掛ければ良いのか解らなかった。

 確かに、鏡也の肉体は鍛えられては居ないけど、神秘的で凄く美しかった。

 良いもの見れて、ごちそうさまって気分ではあるけど。でも、それは間違っても格好良いと言えるものではない。


 あくまで「美しい」なのである。


 しかし、鏡也も男の子だ。水着姿を「美しいね」と言われようものなら、傷ついてしまうかもしれない。

 そのせいで、桃も柳も撫子も言葉に困っていた。


 そんなこんなで、各々がもどかしい気持ちを抱えつつ。海水浴は幕を開けた。





――――――――――――




書いていたら熱が入りすぎて、一話の文字数が『カガミくん』の中で一番多くなりました!!

ぞっこんもボンキュッボンもきょうび聞きませんね笑

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