9話 お泊まり回
水着で一悶着あったり、ナンパで一悶着あったり。
楽しい時間はあっという間に過ぎていくようで。日も沈む頃には、鏡也たちも、すっかり海を満喫していた。
「(うぅ、髪がぎしぎしするよぅ)」
「(今日は長風呂になりそうだわ……)」
「(はぁ。泳ぐのって思ったより疲れるわ。明日筋肉痛になってるかも)」
桃と撫子は、たっぷり塩水が絡みついた髪の手入れを考えて憂鬱になり。結局、一日中パーカーを脱がないままに海で泳いだ鏡也は、水着だった女子勢よりも一層体力を消耗した。
と言うか本音で言えば、水着見ただけで満足したし。海にした理由もそれ以上でもそれ以下でもないから、彼らにとっては水着を見せ合った後は割と蛇足気味であった。
だが、あそこで帰ろうと提案しようものなら水着だけが目的みたいだし。そう思われるのはやはり思うところがある。
故に、満喫したというよりせざるを得なかったのだが……
先頭を歩く柳の背中は、夕日で染まるよりも赤く染まっている。
「い、痛たっ……パーカーを羽織ると、ヒリヒリするのです……」
柳は、誰よりも海を満喫――と言うか、海の洗礼を受けていた。
カガミに水着を褒められたが故に調子に乗ってずっと水着でいたために思いっきり日焼けしたのである。
そう言えば、柳が一番来るの早かったよなぁと鏡也は思う。
こうも見事に日焼けをしていると、後ろから叩いてみたくなるけど。流石に女の子に触りに行く度胸はないのでしないけど。
「って言うか、一日中パーカーを着ていたカガミ様は兎も角。どうして桃ちゃんも撫子さんも全然焼けてないのです?」
「そりゃまぁ、アイドルだからかな?」
「そうね。女優だからかしら?」
アイドル故に女優故に、ちゃんと良い日焼け止めを塗っている……と言う意味で、桃と撫子は言ったけど、普段屋外にあまり出ず、日焼け止めを買うこともない柳には伝わらなかった。
◇
そんなこんなで、海の潮を落とすべくお風呂に入った四人は――それぞれの部屋で夕食を取っていた。一人で!!
このホテルは晩ご飯付きだが、食堂があるのではなくそれぞれの部屋に持ってきて貰えるタイプのホテルなのだ。
故に鏡也も桃も柳も撫子も、四人で来ているにもかかわらずそれぞれ自分の部屋でもそもそと懐石料理に舌鼓を打っていた。
「……腑に落ちない。いや、美味しいけど」
それに、部屋を別けなければそれはそれでスゴく大変だっただろうけど!!
でも、一緒に食べたかったなぁと鏡也は思う。そしてそれは、桃も柳も撫子も粗方同じ気持ちだった。
「……って、待って。これ、折角四人で来たのに……お泊まりなのに、後は帰るまでこの部屋で一人?」
どうしよう。遊ぶ機会とかあるかなぁとか思ってわくわくで持ってきたUNOが腐ってしまう!
でも、鏡也から遊びに行くのはもの凄くハードルが高い。
例え相手が姉のように思っている撫子であっても、それでも夜に女の人の部屋に行くなんて……
それをそつなくするには、鏡也の経験値はあまりにも不足していた。
そして桃も
「……折角四人で来たのに、あとはずっと一人?」
いや、桃は女の子だし撫子や柳の部屋に遊びに行くハードルは鏡也に比べて格段に低い。しかし、桃の無意識下でそのハードルの低い選択肢は除外されていた。
「で、でもカガみんの部屋に行くなんて……そ、そんなの」
意味深な意味が出てきてしまう。アイドルとは言っても、どちらかと言えば裏方作業に徹することが多かった桃には、男の子の部屋に一人で尋ねる度胸なんて持ち合わせてなどいなかった。
一人で……
「あ、普通に柳ちゃんと撫子さんを誘えば良いんだ」
なんでそんな簡単なことに気付かなかったのか、それを考えないようにしながら桃は最初に撫子の部屋に向かった。
初で、シャイで。
異性の部屋に遊びに行く度胸がない桃や鏡也に反して、あまりそう言うのを意識しない大人もいる。そう、撫子である。
「……折角皆で遊びに来たのに、一人ってのも寂しいわね。せめて鏡也くんと私だけでも同じ部屋にして貰えば良かったかな? ……あ、そうだ! どうせなら鏡也くんの部屋に遊びに行こう!!」
撫子はお風呂上がりの、タンクトップに短パンというラフというかおっさんくさいと言うか、そんな格好で、買っておいた缶ビールを二本ほど手に持って鏡也の部屋に向かう。
撫子は少し酔っていた。素面だったら多少は大人しかったかもしれないけど……
「鏡也く~ん、遊びに来ちゃった!!」
◇
コンコン、とドアをノックされたので開けると両手に缶ビールを持った、タンクトップ姿の撫子が顔を赤くしながら上機嫌そうに鏡也に抱きついた。
お、おっぱ……むにゅりと、抱きつかれたことで潰れる二つの大きなそれは明らかにブラの感触がなかった。
「え!? いや、ちょっとお姉ちゃん……」
昼間の水着の時もそうだったけど、どうしてお姉ちゃんは薄着で抱きついてくるんだ!! 異性として見られていないのは解っているけど、それでも鏡也も男の子だし押しつけられればどうしてもドキドキしてしまう。
とりあえず、押し返さないと理性が持たない。でも、強く押し返せない。
どうしたものかと逡巡していると、部屋の鍵を閉めている桃が視界に入ってきた。目が合う。
「カガみん……」
「い、いや違うから! アレだから!! お姉ちゃんが酔ってるから!!」
「酔ってないよ~」
「あぁ、もう! 一旦離れて!!」
鏡也はそっと、撫子の抱擁から逃れる。
「まぁ、事情はなんとなく解ってるけどね。でも、慌ててるカガみんを見ると少し、勘ぐっちゃうな~」
そんな鏡也の耳元で、悪戯っぽく桃が囁く。
……っ!!! だから、無自覚かもしれないけど、そう言う所作一つ一つでもの凄くドキドキさせられるんだけど!?!!!
鏡也はやはり女の子に免疫がなかった。まぁ、あっても桃や撫子相手にドキドキしない男なんていないだろうけど。
鏡也は顔が赤くなるのを誤魔化しながら、
「どうせなら、皆で遊びたいし柳も呼んできてよ」
と言うのだけで精一杯だった。
「まぁ、一人だけ仲間はずれって訳にもいかないしね」
そう言って、少しだけ不満そうに口を尖らせてから桃は柳の部屋のドアをノックする。欲を言えば二人が……いや、他意はないけど!
「柳ちゃん、いる?」
ドタドタガタッ
「ふぇ!? も、桃ちゃんなのです? な、何の用なのです?」
ドア越しでも柳の慌てようが伝わってくる。一体何をしていたのだろうか。
まぁ、詮索はしないけど。
柳は少し顔を赤くしながら、ドアを開けて顔を覗かせた。
「あのね、カガみんの部屋で皆で遊ばない? って」
「か、カガミ様のお部屋? す、すぐ向かうのです!!」
そしてまた、柳は慌ただしくなる。
そんなこんなで、鏡也も桃も柳も撫子も。結局、鏡也の部屋で寝落ちするまでゲームを楽しんだのだった。
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