10話 柳の困惑
時は少し遡り、せっかく四人で来たにも関わらず一人一部屋取ってしまったばっかりに一人で夕食を取っていた柳は
「(今日のカガミ様もスゴく格好良かったのです……)」
昼間の、海での事を思い返してはニマニマしていた。
思い返せば、この今日はとても濃い一日だった。
待ち合わせで会った、朝一番のオフのカガミを始めとして。一緒の車でお喋りとかしながら海まで来た。
カガミの事が大好きで大好きで溜まらない柳にとってはこれだけで十二分にお腹いっぱいになれるほどの幸せな出来事なのである。
にも、関わらず……海で、カガミに水着姿を「可愛い」と言われて。
おまけに、カガミのふつくしすぎる水着姿まで拝むことが出来たのだ。
今日死んでも良い……柳にとって、これだけで幸せが天元突破する勢いだった。
そんな今日、柳を大きく揺るがす事件が起こった。
ナンパである。
柳だけでなく、桃、撫子と日本でもトップを争える美少女が三人、水着で介しているのだ。声を掛けられるのは(柳は予想外だったとは言え)当然の話だった。
それに割って助けてくれたのがカガミだった。格好良かった。
でも、問題はその後……柳はナンパがカガミを馬鹿にしたのに腹が立って、思わず強い口調で反論したのだ。
……怒りと必死さで、あの時なんて言ったのかは覚えてない。
もしかしたら、もの凄く口汚い言葉を使っていたかもしれない。
いつもの柳なら、それで「引かれたかもしれないのです」と悩むのに、今日に限ってはそんな悩みすらも出てこない。
それほどまでに、あの時柳は――鏡也を意識してしまったのだ。
「違う! 違うのですっ……私は、あくまでカガミ様の一ファンとして……!」
一ファンとして、カガミへの侮辱に怒った。それは間違いない。
でも、それと同じくらいに素の鏡也も柳にとっては大きな存在になりつつあった。
柳はこれまで、何度もプライベートでオフモードのカガミと関わってきた。確かにきっかけはカガミに会いたいと言う欲望からだった。
でも、それでも。普段の着飾らなくて、キラキラしてなくて。それでも近くにいて過ごして感じられた、鏡也の等身大の人間性。
雲の上の存在だと思っていて、無謬の存在と思っていた。
そんなカガミは人並みに悩み、柳と同じように自分の作品に疑問を持つことがあって、それでいてあんなに人気なのに向上心を捨てず、自分みたいなファンにも神対応してくれる優しさ。
柳は、鏡也と過ごしていく内にカガミじゃない、普段の鏡也の人間性にも少なからず惹かれていた。
「でも、私はカガミ様が大好きなのです……。それに、それに……こんなのじゃ、まるで私が鏡也さんにリア恋しちゃってるみたいなのです!!」
推しに恋するなど、言語道断……!!
「うがぁぁああああ!! 私は、推しにマジ恋するような痛い女じゃないのです……痛たたたっ!!」
柳はどうしようもない衝動に駆られて布団に飛び込む。その飛び込みでシーツの布が、日焼け止めを塗り忘れて軽く火傷した背中を擦る。
柳は涙目になりながら、食事の続きをしようと見てみればいつの間にか完食していた。カガミの事を考えている間にいつの間にか食べきっていたらしい。
「……折角の料理、全然味わえなかったのです」
でも、恋をすると食事が喉を通らなくなるって言うし……完食した自分はきっと恋なんかしていないのです!!
柳はそう確信して、グッとガッツポーズをするけど、それに伴って鏡也の顔を思い浮かべると胸がキュッと苦しくて切ない気持ちになった。
「いた、いたたた……」
思い返せば、最近の自分は変なのです。
柳は今までどちらかと言えば、カガミを
でも、最近は初めてカガミとデートした帰りに不意打ちで撮られたツーショットを何度も見返してはニマニマしたり、鏡也が自分の曲に自信が持てなくなって柳に相談しに来てくれたあの日――聞かされた曲と一緒に鏡也の言葉の一言一句を何度も頭の中でリピートしている。
それだけじゃない。鏡也の家に遊びに行って色々したときのことも、今日可愛いねって言われたことも、鏡也の水着も……目に焼き付いて離れなくて。
どうしようもないほどに、うがぁあああってしたくなる衝動がこみ上げてくる。
それでも、柳は以前と同じようにカガミの事が大好きだった。
曲は何度聞いても感動できるくらいに素晴らしいし、MVはセンスがヤバすぎると思うし、それに歌っている姿は雲の上の存在で、格好良いと思う。
でも、それと同じくらいに一人の友人としての鏡也の存在もカガミの中では大きくなっていて……
その大切さは比べられない。
「お、おかしいのです……」
柳は困惑していた。
カガミと鏡也の二面性に。そのどっちもがどうしようもなく好きになってしまっている自分に。
「好き!? ……い、いや、私はあくまでファンで……」
でも、それでも。ふと、鏡也の隣にいる自分を想像するのだ。
柳は思わず泣いてしまいそうだった。
だって。それまで流行に乗らず、趣味は? と問われてもなんて答えれば良いのか迷うような人間だった柳が、初めて「好きだ」と言い切れる程に入れ込んだのが、カガミで。
それで、異性として意識して、初めて好きかも……と思ったのが鏡也だった。
解らない。どうすれば良いのか解らない。でも……
「完膚なきまでに……カガミ様に、鏡也さんに堕とされちゃったみたいなのです」
好き。その言葉を口にしてみるとどうにもしっくり来て、幸せな気分になった。
そんな折りに、柳の部屋がコンコンと叩かれて――柳はドタドタガタッっと音を立てて思わず転げ落ちてしまった。
日焼けした背中から床に落ちてしまったせいで、もの凄く痛い。
「柳ちゃん、いる?」
声が掛ってくる。この声は……桃!?
き、聞かれてないのです!? ……今、思わず口にしたその好意が桃に聞こえて居ないことを祈りながら、やましいことを隠す子供のように急ぎ足で部屋のドアを開けた。余裕がない。
顔は赤く、呼吸が荒い。
「ふぇ!? も、桃ちゃんなのです? な、何の用なのです?」
桃は、そんな柳を追求せずに
「あのね、カガみんの部屋で皆で遊ばない? って」
……カガミ様のお部屋!? それは、是非行きたい!!!
「か、カガミ様のお部屋? す、すぐ向かうのです!!」
そう言って、すぐに準備したカガミであったが。カガミの部屋でいつも以上にテンパったのは言うまでもないだろう。
なにせ、柳は完膚なきまでに鏡也を意識してしまったのだから――
「カガミくん(←超人気ヴォーカリスト)しか愛せないから」と幼馴染みに振られた~その正体、実は俺なんですが~ 破滅 @rito0112
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