28話 監督の思いつき

 鏡也が主題歌を完成させた。昨日の今日で。


 いや、実は一ヶ月以上悩み。苦しみ、色々考え、準備して。納得がいかずに発表していなかったものに納得しただけ。

 妥協とも違う。しかし何かが開花したわけではない。


 青い鳥や世界で一番綺麗な花の話を例えに出すのは傲慢だろうか。


 作曲者本人がスランプに陥り、納得がいかずとも手癖で作れる音楽がある。

 それを良いものだと言ってくれる信者がいる。


 鏡也は皆が集まる中、スマートフォンでミュージックを流し、霹靂の蒼の主題歌となる曲を歌う。


 いつ聞いても独創的で他にはない独特のメロディー。

 いつ聞いても訳わかんなくて、でもなんかハマってしまう歌詞。


 それ以上に、いつ聞いてもついうっかり飲まれてしまうそうなほどに透き通っていて魅惑的で蠱惑的な天性の歌声。

 この場にいる才溢れる監督や脚本家や役者や作家がそれでも痛感するのだ。


 カガミは天才である――と。


 この唯一無二の音楽性に桃は何度も嫉妬し、憧れ。真似しようとしたことも何度もあった、けど真似しきれなかった。


 柳はこのメロディーと歌詞と歌声の総合芸術になんども聞き惚れ、カガミの虜になって全てを捧げても良いと思った。


 撫子は初めてカガミの曲を聴いたとき、カガミが天才であると確信し。人見知りでずぼらであるにも関わらず、鏡也の両親を説得した。


 鏡也が自分で卑下し、何が良いのか解らず、自信が持てずとも。言われなければ……いや、言われても彼が納得いってないことを他人が理解できるはずがない。

 どんなミュージシャンでも――一流であればあるほど、実は「自分はもっと出来るはずなのに。どうしてこの程度なんだ!!」と高みを求め、行き詰まってしまう。


 でも、他の人間からすればカガミの作る曲はいつだって――


「んん、良いね。流石カガミくん! 僕の期待を優に超えてくるね!!! 素晴らしい! ブラボー!!」


「うっ。本当に、良かったのです。……言葉に出来なくてもどかしいのですけど、感動したのです!!」


「本当、流石カガみんって感じ。悔しいけど、スッゴく良かった」


「本当にスゴく良かったわ! ごめんね。ちょっと、感動しちゃって」


 ハンカチで涙をぬぐう撫子。

 

 竜司もあやめも黒部も、おのおのに感動し、感激し、心打たれるものがあった。

 それは、歌声の魔力もある。映画の主題歌が完成したって言う補正もある。この仲間内だけでのみ共有されている音楽でもある。


 でも、それ以上にいつだってカガミの作る音楽は『神』なのだ。


 信者でも信者じゃなくても、本人が自分の曲を信じられなくても。


 良いものは必ず評価される。評価してくれる人がいる。

 むしろ、それほどの曲を作っておきながら納得できないなんて――どんだけ自分に可能性感じてんだって話である。


 謙虚で、自信がないように見せかけて。

 カガミは実は誰よりも傲慢で、自分の可能性をこれでもかって信じているだけなのだ。


 そんな潜在的だけど、えげつない自信が籠もった音楽はやはり天才たちの心にもちゃんと響く。


 ほら見ろ、鏡也だってこんなスゴい人たちが褒めてくれたから


「(あれ? もしかして、この曲神ですか? いや、神だな。なんかフレーズも良く感じてきたし、サビ後のメロディーとか秀逸じゃね?)」


 手のひらドリルして、すっかり自分の曲が好きになっていた。

 柳や撫子や監督や他のみんなが褒めてくれる。――なにより、桃が認めてくれた。


 人間なんて単純なもので。誰かに――特に信じられる大好きな人たちに肯定されるだけで、こんなにも好きになってしまうものなのだ。




                    ◇



 美紅に止められたにも関わらず、こっそりと逢瀬を繰り返す蒼とキョウ。


 もし週刊誌にバレたら終るかも知れない。

 そんな障壁が二人の恋を熱くし、良い雰囲気はとうとうキスを――


「蒼……」


「キョウ……」


 目を瞑り唇を差し出す撫子――もとい蒼。

 蒼。この子は蒼で、俺はキョウ。……キョウ。この人は撫子さんでもお姉ちゃんでもなく蒼。

 キョウは「俺の目を見て」


 そう言って視線を逸らし、唇を蒼に近づけるキョウは


「ちょ、ちょっと待って!」


 直前のタイミングでヘタレていた。


 もう三回目である。

 いやだって、演技でもリアルでもキスなんかしたことないし。


 恥ずかしそうに目をそらす撫子はスゴく綺麗で、化粧品の匂いが鼻腔をくすぐって。どうしても意識して、こっちまで恥ずかしくなってしまう。

 最初、勢いでやろうとしたら監督に「ちょっと待って。キョウはそこで恥ずかしがったりしない」と真っ赤な耳を指摘されて以来、全然踏ん切りが付かなくなってしまったのだ。


「ふふっ。じゃあ、もう一回やりましょ。監督お願いします!」


「はいよ。次こそ決めちゃってよね!」


 撫子の言葉が放たれるや否や、カチンコの音が鳴り響く。


 テイク4。


 そんなじれじれ演技が進まない様子を見て、柳と桃は


「(うがーっ、なんかなんかこうやきもきするのです!! 胸がもやっとするのです!! 書いたの私だけど!!)」

「(うーん、演技だって解ってはいるんだけど。胸の奥がチクッてする……)」


 得体の知れないもやっとした感情に、少しだけ心臓がキュゥと縮んでいた。


 対して竜司とあやめは

「(若いなぁ。俺も初めての時は、かなり緊張したなぁ)」

「(カガミくん、初。かわいいわぁ)」


 と、微笑ましく見ていた。


 黒部は

「(なんやねん。撫子はんとキスできるとかうらやましすぎるわ! ……って言って場を盛り上げたろ)」

 と、ウケをとろうとしていた。


 そんなこんなでテイク5、テイク6。


「(うーん。カガミくん、今まで演技が完璧だったから忘れてたけど初めてなんだよなぁ。高校生だし)」


 モテそうなのに、キスでこんなにも躊躇するのは予想外だったがこのままでは話も進まない。

 仕方がないので、唇をギリギリまで近づけてカメラの角度でキスしていたように演出することにした。


「すみません……」


「別に良いよ。役者さんが出来ないところを、編集やカメラ周りで上手く演出するのも映画の醍醐味だからね」


「ありがとうございます」


 お礼を言いながら、安堵する鏡也は、しかし撫子とキスする機会を失ってしまった後悔もちょっとだけしていた。

 ……やるってなるとヘタレて出来ないくせに、その唇を交わしたいとは思うのだ。


 そして撫子も、少し残念に思いつつ――やはり安堵もしていて。


 桃も柳も、結局フリで済ますことに安堵していた。


「カガミくん、シャイやなぁ。実は童貞だったり?」


「どどどど、童貞ちゃうわ!!」


「あははっ。ノリええなぁ。そう言うの好きよん!」


 黒部がおどけて、会場が笑いに包まれる。


「(こいつ童貞だ)」

「(童貞ね)」


 と反応するのはお約束で。


 そんなこんなで、ちょっと出来ないところもあったけど。なんだかんだ、撮影は進んでいく。



 

                     ◇



 撮影の終わり、監督が唐突に


「あのさぁ、カガミくんの曲聞いてふと思いついたんだけどさぁ。エンディング、桃ちゃんとカガミくんがコラボしたら超絶面白いんじゃね?」


 桃ちゃんの作ったパートを蒼に歌わせてさぁ。


「確かに。折角、今をときめく音楽家が二人いるんだし」

「イケるイケる。良いんじゃないすか?」


「どう? 桃ちゃん、カガミくん……」


「あの……「そうですね。やってみたい……ですね」……私も同じく、です」


 桃と鏡也は互いに目配せしながら、スゴく微妙な心境で。映画での桃とカガミの初コラボを承った。

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