27話 主題歌の完成
「はわわわわわっ。私は、なんて恥ずかしいことをっ……」
柳は昨日の喫茶店での一件を思い出して、悶絶していた。
よりにもよって、本人の目の前で好き好き言いまくるなんて、年頃の乙女にあるまじき失態!!
カガミのことは大好きだけど……それは、ファンとしてであって!
……でも、最近はちょっと仲良くなって。普段の鏡也としてのカガミもいいお友達で。
仲良くなったが故に。距離が近しくなったが故に、感じる恥ずかしさというものもある。
「うぅ。私はカガミ様を異性として意識するような、行きすぎた信者なんかじゃないのです……」
ただ、推しを推しとして推すだけで厚かましくも私が恋愛感情をもつなんてそんなのあり得ないのです……。
とは言え。とは言えだ。
そもそも柳と一緒にお出かけをしたりするほど仲の良い男の子が鏡也だけだし。
メールを交わして行く内に、ファンだけど、カガミのことを今までよりも好きになったけど。
でも、それとは別の親愛的な、友愛的な好きも出てきて。
カガミのことも、鏡也のことも好きになりつつある柳だけど。いや、だからこそ、昨日好き好き言っちゃったのが恥ずかしい。
「流石に今日は、顔合わせづらいのです……」
別に柳が撮影現場に顔を出しているのは、趣味である。ぶっちゃけ見に行きたいから言っているだけで、柳の仕事はすでにないと言って良い。
カメオ出演の話も聞いてないし……。
それでも、
「昨日の曲。私が一番最初に聞くことが出来たカガミ様の曲……」
最高だったのです。本当に、本当に嬉しかった。
思い出すだけで身体がふわふわしてウズウズしてどうしようもないくらいに走り出したくなるような嬉し恥ずかし、昨日の一日。
折角なら、ビデオカメラに収めて何百回も観賞したかった。
でも、撮ってなかったから。柳は目を瞑り、頭の中で昨日聞かされたカガミの音楽を何十回もリピートする。
◇
柳に励まされ、背中を押された鏡也は。あらかじめ曲の大本が出来上がっていたこともあって、その日のうちに主題歌を完成させた。
出来はそこそこ。
でも、柳がスゴく良いって言ってくれたからきっと良いものなのだろう。
自信がついた鏡也は、撮影現場に少し早めに来て。
それよりも早めに来ていた監督に、伝える。
「監督。主題歌、出来ました。これ、録音データです」
「え? マジ? 仕事早いね-。良かったら今……いや、皆が来たら歌って聞かせてよ! 柳ちゃんとかスッゴく喜ぶんじゃない?」
……まぁ、その柳のお陰で完成したんだけど。
鏡也としても、ちゃんと完成したから柳には聞いて欲しかった。
「別に構いませんが……音質とかは、録音の方が良くないですか? 肉声で歌うとどうしてもぶれが出ちゃいますし」
「問題ない問題ない! ぶっちゃけ僕が聞きたいだけだからね、カガミくんの生歌。録音データの方は後でバッチリ聞かせて貰うよ」
「そうですか? なら、これデータが入ったUSBです」
「ありがとうね」
伝えて、鏡也はぼーっとする。
昨日は、柳に「いつものカガミが良い」って言われてスゴく救われた。
本当に、柳には救われてばっかりだ。
柳にカガミが好きだって言われたから。あんなにもかわいらしくて才能があって、優しい人が素晴らしいって褒めてくれたから。
思わず頬がにやけてしまう。
そして、少しだけ胸がチクッてする。
鏡也は基本的に、自分のことを好いてくれている人が好きだ。その好意には行為で返したいと思っている。
でも、昨日のはその好意を利用したみたいな気もする。
追い詰められた鏡也はどこか無意識のうちに柳なら肯定してくれるって思って柳に声をかけたのではないのだろうか?
理解の深い原作者ではなく、信者としての柳に……。
鏡也にとって柳は同い年で、出演する映画の原作を書いているスゴい作家で。
友人……だと思っている。
親友と言うほど長く付き合っているわけでもない。恋愛感情があるかと問われれば違う気もする。でも、友人と片付けてしまうには物足りなく感じてしまう。
でも、だからこそ昨日の一件は甘えだったのかもしれない。
勿論柳はそんなことを思っておらず、むしろ行き詰まったときに甘えてくれたのが自分だとしたらそんなに幸せなことはないと喜ぶだろうけど。
これは、鏡也の心の問題である。
「何か、埋め合わせしないとな」
そう心に決めながら、空を見上げる。
柳のお陰ですっかりと軽くなった心で。
◇
昨日の鏡也の曲をリピートしている柳は、
「(行かないことくらいは伝えた方が良いのです?」と、監督に電話する。
「済みません、今日は気分が乗らないので、お休みするのです」
「えーなんで? 来なよ!! 今日、カガミくんが主題歌が出来たってことで皆の前で歌ってくれることになってるから!!」
「え!?!? マジなのです??!!」
作れないって打ち明けられたの昨日なのですが!?
ある程度出来上がっていたとは言え、仕事が早すぎる……。
いや、勿論
「やっぱり行くのです! ちょー行くのです!!!」
行くに決まっている。
昨日の件が恥ずかしくて、顔を合わせづらい?
そんなのカガミ様の曲の前には些末な問題!! 例え羞恥に悶絶しようとも、カガミの歌を聞き逃すわけには行かないのだ。
柳は超特急で現場に向かった。
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