夏休みと新学期!!!
1話 カガミくんは俺なんです
悲喜こもごもの『霹靂の蒼』の撮影が終わって二週間ほど。
三ヶ月後に控える『霹靂の蒼』の上映を前に、大人気女優の撫子や、新進気鋭の人気アイドル桃。その他竜司、あやめ、黒部などのキャストや、原作者であり、美少女JK作家の柳は、映画の関係者やスポンサーが集まる先行上映会に呼ばれていた。
そしてそれは超人気ヴォーカリストにして、今、最も注目されてると言っても良い映画『霹靂の蒼』の主人公を務めるカガミこと鏡也は――
「済みません。ここから先は関係者以外立ち入り禁止となっておりまして」
――係員の人に、立ち入りを拒まれてしまった。
いつもの、黒と白の囚人服のようなボーダーシャツ、徹夜明けのような深い隈、ボサボサの髪、怠そうな表情というダサすぎるファッションによって。
確かに、今の鏡也の出で立ちはどうみても不審人物だ。
まかり間違っても芸能人や大きな会社のお偉いさんが集まる、この先行上映会に招かれるような人間には見えなかった。
「いや、あの――」
俺がカガミなので、通してください。……その、衣装とかはメイクさんに任せっきりなもので……と、事情を説明して通して貰おうと思ったときだった。
「カガみん! 遅いな~って思ったら、こんなところで何やってるの?」
桃色の髪、ふりふりで煌びやかなドレスのような衣装をきた美少女が、係員の後ろ側からぴょこぴょこと走ってくる。
なんだこのかわいい生き物は。
桃は鏡也にとって、一人の友人で、それと同時に音楽活動をする上での同年代のライバルだった。
そんなこんなで桃を意識した結果、一人のファンにもなっていた鏡也は
「新衣装……めっちゃかわいい」
少しぼやけた頭だ、思ったことをそのまま口に出してしまった。
「え、いやその……。カガみんも、新衣装あるみたいだから……」
顔を真っ赤にして照れてるのか恥ずかしそうにしているのか喜んでいるのか。そんな様子の桃を見て、鏡也は自分がさっきの「かわいい」を口に出していたことに気付いた。
――って、めっちゃ恥ずいこと言ってるし!!! 軽薄にかわいいとか言ったら、なんかチャラ男みたいじゃん。
それに、なんかこう。なんかこう!!!
言い表せない感情に悶える鏡也と、不意打ちで――ミュージシャンとして、そして一人のファンとして意識している鏡也にかわいいと言われて悶える桃。
そんなこんなでてんやわんやしていると、今度は鏡也の後方からしっとりとした黒い髪に――今日は、衣装が貸し出されると聞いていたからか、上下緑色のジャージに身を包む美少女。霹靂の蒼の原作者であり、カガミの熱狂的なファンである柳が急ぎ足で走ってきた。
「はわわわっ! カガミ様、今日もかっこいいのです!! もしかして、カガミ様も遅刻なのです?!」
鏡也の格好は、オフのデフォである囚人服のようなクソダサスタイルだ。
そのせいで係員に足止めをくらっているのだが、柳の目は節穴なのか。――普段の自分を格好良いと言ってくれる柳に感謝しつつ、
「いや、まだギリ遅刻じゃないと思うけど……マネージャーここに居ないし」
「って言うか遅刻も何も、一応開宴まではあと三十分近くあるから。……まぁ、衣装合わせがあるから、ちょっと早めに来いとは私も言われたけど」
「「え、そうなの(です)?」」
桃の言葉に、柳も鏡也も初耳と言った表情をした。
いや、一応柳は編集に。鏡也はマネージャーにちゃんと言われているのだが、まぁ聞いては居なかったらしい。
とは言え、衣装合わせがあるし、既に美少女な柳は兎も角鏡也はそのクソダサをなんとかするためにメイクもしないといけない。
鏡也はそろそろ通してくれませんかね? と言った表情でチラッチラッと係員の方を見てみると、係員はスゴい表情で青ざめていた。
そりゃそうだ。あの桃と柳がカガミと呼び、慕う――本日の主役であるとも言える鏡也を、そのカジュアルが過ぎる格好だけで立ち入り禁止にしてしまったのだ。
もし鏡也が機嫌を損ねていたら、係員のクビは飛んでしまいかねない。
冷や汗を流していると、係員の後ろから藍色のシックでセクシーなドレスを着たとんでもない美人――大人気女優の撫子が歩いてくる。
「鏡也くん! 新衣装があるって聞いた? スッゴく格好良いし、着替えもメイクも手伝ってあげるから、早く行こっ!」
その冷たくて柔らかな細い両手を鏡也の肩に乗せてくる。
「お姉ちゃ……ん”っ……な、撫子さん」
「むっ……お姉ちゃんって呼んで……」
撫子が少しむくれた表情をするが、今日は身内だけじゃなくてスポンサーとなる企業のお偉いさんも来るのだ。
流石に、そんな場で撫子をお姉ちゃんと呼ぶのは――そんなに問題はないだろうけど、鏡也にとっては些か恥ずかしかった。
まぁ、とは言え。撫子は鏡也にとっては事務所の先輩だし、色々活動していく上でかなりお世話になったりしたので、頭が上がらないから、結局恥ずかしさは甘んじて受け入れるしかないのだが。
「って言うか、鏡也くん。どうしてあんなところに居たの?」
「なのです! 桃ちゃんと喋るにしても、控え室で喋れば良いのに!」
「いや、私が来たときには……」
撫子が、柳が。鏡也があの、中途半端な場所にいたことに疑問を持ち、桃がなにかを言おうとする。
係員の冷や汗が脂汗に変わる。
「(……私、明日から無職だ……)」
自らの見る目の無さが招いた窮地に軽く絶望していると、鏡也は「ちょっとね」と桃の言葉を遮って、悪戯っぽく笑った。
桃も柳も撫子も。鏡也への好感度が高く、そして最高のヴォーカリストであることを知っているから、鏡也の笑みでみんな一様にこう勘違いするのだ。
――あぁ。あの人、カガミのファンで握手でも求めていたのかな? と。
青ざめてクビをも覚悟してたけど、特になにも怒られずぽかんとしている係員に鏡也は口パクとジェスチャーで
「(お手数をお掛けして済みません。お仕事ご苦労様です)」
係員に伝えた。
係員は思う。
なんて懐が深くて、優しくて、そして格好良いんだ!! と。
確かに鏡也の服は囚人服のようではあるし隈も深い。
でも、その服は逆に飾らない姿が好感が持てて、隈もあの素晴らしい曲を生み出すために日夜頑張っている証だと思う。
そんなに頑張って、あれほどまでに人気があるのに。
それでも係員の失礼を、笑顔で許してくれる人柄の良さ。
係員は今まで、なにかに熱中したことはない。
でもこの日、また一人。カガミの熱狂的なファンが増えた。
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