2話 夏休みの予定

 この先行上映イベントのためだけに用意された衣装を着て、軽く挨拶をしてから、完成した『霹靂の蒼』を見る。


 ここに居る関係者の大半は、それこそスポンサーのお偉いさんを除けば見るのは初めてではない。それでも、自らが参加したという思い入れと。霹靂の蒼の面白さは、決して色褪せることはなかった。

 流石に仕事だし、完成品を見るのは二回目で。内容は何十回も読み込んだので、大泣きすることはなかったけど。


 後は、キャストたちが喋ったり。

 来ていた人の中に、カガミのファンが居たのでちょっとファンサをしたりしつつ、先行上映イベントはあっという間に終わっていった。


「ふぁ~。疲れたけど、楽しかった」


「私もスッゴく楽しかったのです!! それに、カガミ様のファンサービス。相変わらず神対応だったのです!!」


 仕事が終わり、さっきまで来ていたいつもの囚人服に着替えたカガミが満足げにそう言うと、同じく緑色のジャージに着替えた柳は食い気味に同意した。


「ファンサービスって、袖破ってサイン描いて渡した奴? あの衣装、スポンサーに用意して貰ったものらしいし、険悪な雰囲気にならないか冷や冷やしたけど」


 そんな柳に、その格好で来たのか灰色の生地に赤いラインが入ったジャージに着替えた桃が、そう言うと、


「桃ちゃんは解ってないのです!! そう言う破天荒なところが格好良いのです!!」


 と圧し気味に答えた

 対する鏡也は桃の言葉に「え、そうだったの?」と柳の主張にかき消されるほど、小さく呟く。


「(えー、じゃあもしかして実はあれ破いて渡したの、マズかったんじゃ……。絶対後でマネージャーに怒られるじゃん……)」


 実際、カガミくんの大ファンなんです!! って出てきた女の子が、カガミの服を用意したスポンサーの社長令嬢でなければあの場でキレられてもおかしくなかった。

 そこ娘がめっちゃ喜んだから事なきを得たから良かったものの、一歩間違えれば、かなり印象が悪くなっていた可能性がある。


 いや、カガミがイベントとかに出てファンサービスをしようとすると必ずと言って良いほど何かしらの問題行動を起こすのは有名な話だし、カガミに一々怒るよりも、笑って許して仲良くした方がメリットが大きいので、別にそんなに問題はなかった説もあるけど。


「確かに、そこが鏡也くんのかわいいところでもあるけど。何かあったらって思うとお姉ちゃんは心配だわ」


「ご、ごめんなさい。次からは気をつけます……」


 白いシャツにデニムパンツと言う、ラフだが、美人が着ればもの凄く映える格好に着替えた撫子がポンと、後ろから両手を鏡也の肩に置いた。


「お待たせしてごめんね? じゃ、行きましょうか」


 鏡也と桃と柳が着替え終わっても控え室に居たのは、純粋におしゃべりしたかったってのもあるけど、それ以前に撫子と合わせて四人で、先行上映イベント後に皆でご飯を食べに行こうってなっていたのだった。


 鏡也は「今日は先行上映イベントがあるし、そこでご飯が出るだろうから今日は晩ご飯いらない」と母親に断りを入れていたのに、結局出なかったのだ。

 他の面々も、大方似たような事情で晩ご飯を食べ損なっているのである。


 そんなこんなで、四人はイベント会場の近くにあった適当なレストランに入っていった。





                     ◇




 鏡也の隣には「お姉ちゃんだから」と言うことで撫子が。向かい合う形で、桃と柳が座っている。

 カガミのファンである柳が鏡也から一番遠いのは、曰く「カガミ様の目の前なんて恐れ多い!!」とのことらしいが、その本音は、あんまりにもラフな緑色のジャージの姿を直視されたくないからだった。


 因みに、桃も灰色に赤ラインの入ったジャージを正面から見られるのは避けたかったので、秘密裏に柳と桃の間で鏡也の斜め前の席を巡る争いが繰り広げられたのは別の話。

 そんなこんなで、四人は割と早めに注文を決め終えた。


「そう言えば桃ちゃんが仕事に私服で来るの珍しいわね。いつもは制服で来るのに」


 撫子がそう言うと、柳も鏡也も「「確かに」」と言う。


「あ、あんまり見ないで欲しいかな。……夏休みだから、気が抜けちゃって」


 そう言って恥ずかしそうに頬を搔く桃に、撫子は


「まぁ、普段着ってどうしてもだらしなくなりがちよね。仕事でオシャレに気を遣ってるとなおさら、普段はめんどうにならない?」


「な、撫子さんがそれを言うのは嫌味です!」


 確かに今日の面々。鏡也はいつものダサい囚人服だし、柳は地味な緑のジャージ。桃は赤いラインの入った灰色のジャージと、近所のコンビニに出かけるニートみたいな格好をしているが、撫子だけはTシャツにデニムのパンツという、ラフではあるが撫子の抜群の容姿も相まって綺麗な格好をしているのだ。


「そうなのです! その格好で言われても説得力ないのです!!」


 鏡也は、撫子の格好は綺麗で格好良いと思うけど、照れくさいのでうんうんと軽く頷くだけ。

 代わりに、別のところにツッコむ。


「って言うか、もう夏休みなんだ」


「なのです!! 学校行ってないから忘れてたのです!!」


 そう、世間はもう夏休みなのである。


 柳はここ一年近く不登校気味で、鏡也もつい先日通っていた高校を中退していた。故に、学校の休みとかには疎いのである。

 ただ、それでも『夏休み』という単語には心躍らせる魔力がある。


「どうせなら、みんなでどこか遊び行きたいわね」


「あ、良いですね! って、撫子さん休み取れるんですか?」


「一週間くらいの休みなら、頼めばくれるんじゃない? 今年の夏は、霹靂の蒼の撮影もあったし。それに、鏡也くんと遊べそうな気がしたから、仕事減らしたしね!」


 減らしたしね! って……。確かに、今年は例年と違って鏡也は失恋したし。それに桃や柳という友だちも出来て、夏休みに遊びに行く! というのは自然な流れである。

 まぁ、それでもそのために撫子が仕事を減らすのは嬉しいやら心配やら。


 尤も、多少休んだ程度で撫子なら何の問題もないだろうし。

 それに、何気に『夏休みで友だちと遊びに行く』みたいな体験はあんまりなかった鏡也は内心うっきうきのワクワクだった。


「だったらどこに行く?」


「う、海が良いのです!!!」


 鏡也が少し声を弾ませて問うと、柳が即答した。


「海? ……ベタベタするし、日に焼けない?」

「確かに。髪も軋むしね……」


 桃や撫子――アイドルや女優で、美容を気にしたい二人は『海』に少し難色を示す。


「別に川でも構わないのです。ただ、ただ……私は、カガミ様の水着姿を見たいのです!!!」


「「((確かに!!!!!!))」」


 しかし、その難色は柳の一言で完全に覆った。

 だって見たい!! 鏡也の――あの、カガミの水着姿は是非とも見てみたい。

 なにせカガミはアイドルっぽい扱いを受けているが、ミュージシャンなので、あんまり露出の多い格好はしないのである。


 そうでなくとも、鏡也は普段着からして夏場でも春と変わらず白と黒のボーダーの囚人服のような――長袖のシャツなのだ。

 そんな鏡也の水着、見れるものなら是非お目に掛りたい。


「海、スッゴく楽しそうだね!! 私もカガみんの水着見てみたい!」


「そうね。鏡也くんの水着、私も見てみたいわ!」


「(あれ? こう言うのって普通逆じゃない? 俺が、桃とか柳とか撫子さんの水着にひゃっほーって喜ぶ感じの展開じゃないの!?!!)」


 なんかこう、こんなにも綺麗な三人に興味津々に見たいと言われると萎縮してしまう。と言うか、鏡也は自分の肉体にあまり自信がなかった。

 決して筋肉質なわけではないし、全体的に細いし。それに……


 とは言え、鏡也も年頃の男の子。

 それに、アイドルの桃や美少女JK作家の柳は勿論、お姉ちゃんと慕っていても、撫子だって女優で、全員が全員スゴく美人なのだ。

 それに、実力派で売っている撫子や、そもそも作家である柳は勿論。桃の『世紀末シスターズ』も、アイドルと名乗っていながら、バンドの体を成しているために鏡也同様あまり露出の多い格好はしないのである。


 友だち特権というか、レアリティというかそう言う意味でも水着姿は見てみたいし。


 それに、そうでなくともこの気心の知れた四人で海に行って遊ぶって言うのは非常に楽しそうで魅力的な提案に思えた。


「と言うわけで、海ってことで良いのです?」


「「「異論なし!!」」」


 満場一致で、夏休みは海(川になるかもしれない)に遊びに行くことに決まった。

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