3話 水着が、ない!!

 昨夜、柳の提案で皆で海(川になるかもしれない)に遊びに行くことに決まった。予定は来週辺りになるだろう。

 そんな夏休み定番の予定を前に鏡也は――


「着ていく水着が、ない!!」


 深刻な状況に直面していた。


 家にある水着が、中学生の頃に買って貰った学校指定のパッツパツの紺色の水着しかないのである。

 特に今年の鏡也は六月から学校に行っていないし、去年の選択も水泳じゃない方を選んでいたから、高校に入ってから水着が必要になったことがないのだ。


 如何に、オシャレに無頓着な鏡也でも流石にこれは着ていけない。

 と言うか、海には桃も柳も来るのである。――しかも、自分の水着を見たいと言われていたことも思い出していた。


 最低限、幻滅されないような格好良い水着を用意したい。

 しかし、鏡也は今まで家族以外の人と海に遊びに行くなんて経験がなかったので、どう言ったのを買えば良いのか解らない。


 スタイリストさんに相談するか――いや、プライベートな用事で巻き込むのは申し訳ないし。

 ただ、昨夜期待されてるようなことを言われてしまったので、適当に選ぶわけにもいかない。

 こうなったら


「(助けて、お姉ちゃん――)」


 鏡也は頼れる姉(義理)に『水着選ぶの手伝って!!』という、簡潔なメッセを送った。十秒後に『二時間待って!!』という返事が来た。




                    ◇




 昨夜、柳の提案で皆で海(川になるかもしれない)に遊びに行くことに決まった。予定は来週辺りになるだろう。

 そんな夏休み定番の予定を前に桃は――


「着ていく水着が、ない!!」


 深刻な状況に直面していた。


 家にある水着が学校指定の、紺のスク水しかないのだ。

 桃がリーダーを務めるアイドルグループ『世紀末シスターズ』は水着を着るような仕事を受けないし、グループのメンバーでプールとかに遊びに行く時も「どうせ女だけだし、ナンパとかされても面倒だからスク水でよくね?」ってノリで、学校指定の水着を着ていくばかりなのだ。


 水着のサイズ自体は去年買ったばかりだし、問題ないのだが――


「……カガみんも来るのにっ」


 スク水じゃいけない!!

 アイドルとしてのプライドもある。そうでなくとも、カガミは、桃にとってはずっと先を行く――いつか追いつきたいと思っているライバルで、色々と意識している男の子なのだ。


 だから、


「ちょっと出かけてくる!!」


 桃は水着を買うために、急ぎ足で外に出かけた。





                     ◇




 そして柳も


「着ていく水着が、ないのです!!」


 鏡也や桃と同じく、深刻な状況に直面していた。


 中学生の頃に買って貰った学校指定の、紺色の水着しかないのだ。

 柳はそもそも泳ぐのがあんまり得意じゃないし、学校での水泳も何だかんだ理由を付けてはサボっちゃうタイプだった。

 最近は学校にも行ってないし、当然友だちも居ないので水着を買う理由も無く――


「うぅぅ、目先の欲に踊らされちゃったのです……」


 泳げないし、水着も持ってないし。なんで自分から海になんて行きたいと言ってしまったのか。

 それはカガミの水着が見たいから――それ以上でもそれ以下でもなかった。

 そのことについて柳は後悔していない。


 いや、ちょっとしてるかもしれない。


 四つん這いでorzしながらうなだれるのを辞めて、バッと立ち上がった。


「こうしちゃ居られないのです!!」


 柳は水着を買いに行くために、家を飛び出した。




                    ◇




 以前、撫子と鏡也の休日が被った日。

 お互いに遊びに誘おうと思っていたのに、明確な口実がなく。また、会いたいからってだけで誘うのに気が引けて、一日が暮れてしまったことがあった。


 その日は、偶々買い物中に出会って撫子の家で夕飯を食べることになったが、それでも「もうちょっとだけ長く、一緒に居たかった」と思ったのを思い出す。

 今度何かあったら誘おう。もしくは、誘って欲しい。

 そして、お姉ちゃんとして弟と遊びに行ったりしたい。


 今度みんなで海に行くが、そうじゃなくってこう――


『水着選ぶの手伝って!!』


 そう思っていた折に、スマホが震えた。


「鏡也くん!!」


 今日は午前中は撮影があるが、昼過ぎからはフリーだったはずだ。

 撫子はキョロキョロと周りを見渡してから、後一時間ちょっとで終わりそうだなと判断して、今、自分の出番じゃないことを良いことに超特急で返信する。


『二時間だけ待って!!』


 鏡也とお出かけ。そう思うと、心が弾む。


「(そっか、鏡也くんってあんまりそういうところに遊びに行くタイプじゃないし、水着持ってなかったんだ)」


 それで、選ぶのを私に――


「(私に♪)」


 鏡也が指名したのが自分だったことが、撫子はスッゴく嬉しかった。

 なんかこう、お姉ちゃんって感じがするのだ。




                   ◇




 ピンポーン。


 撫子から『二時間待って!!』の返信が来てから一時間半後。

 鏡也は、待ってとは言われたもののどこに集合すれば良いのか、折り返し連絡するか迷っていた。

 そんな折にインターホンのチャイムが鳴り響いく。


「どちらさ……って、お姉ちゃん!」


 ドアを開けると、白いフリルの着いた清純そうなワンピースを着こなす、麦わら帽子を被った美女――撫子が居た。


「なんか、映画の中の人みたいな格好だね」


「うん。まさしくさっきまで撮影だったからね」


 道理で。


「って、迷惑じゃなかった!? 撮影もあったのに……」


「大丈夫! 今日は元々午後は暇になる予定だったし、それに。弟の頼みとあらば、どこへでも駆けつけちゃうのがお姉ちゃんなのです!」


「な、なるほど?」


 よく解らないけど、まぁ撫子が大丈夫というのなら大丈夫なのだろうと、鏡也は無理矢理納得する。

 それに、撫子が来てテンションも少し上がっていた。


 鏡也が、着ていく水着がなくて何を選べば良いのか解らないというのは本当である。そこで撫子を誘ったのは鏡也にとってこういう小っ恥ずかしいことを頼める相手が撫子だけってのもあるし、それに、鏡也も休日――みんなで海に行くのとは別口で撫子と一緒に過ごしたいってのもあったのだ。


「じゃ、行こっか♪」


「うん!」


 鏡也と撫子は並んで歩く。年齢差も相まって、その後ろ姿はさながら本物の姉弟のようだった。

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