4話 水着を買いに
「来てみたは良いものの、どれがかわいいのかよく解んないのです」
水着がない! そんな危機的状況を回避するために、水着を売っている店に走って来たは良いものの、どの水着にすれば良いのかよく解らなかった。
いや、別に柳に美的センスが欠けているわけではない。
いつもなら適当に気に入ったものを選んで、パッと帰るのだが……
「(カガミ様が来るのに、ダサい水着なんて着けて行けないのです!!)」
鏡也――柳の大好きなカガミが来るのだ。
それを思うと、何を選んで良いのか……。あるいはスランプの時よりも、柳は行き詰まり、項垂れていた。
「あ、桃ちゃんなのです――」
そんな折りに偶々見つけた友人の元に――一筋の蜘蛛の糸を掴む心境で柳は小走りで向かった。
◇
「どどど、どうしよう……。どれにすれば良いか、解んない……!」
一方桃も、水着売り場の前でどれにするか迷い、行き詰まり、立ち尽くしていた。
桃はあんまり服選びに時間を掛けるタイプではない。ルックスが良い故に、何でも似合うからそもそも服を選ばないと言うのもあるが、桃はどちらかと言えば直感を大事にするタイプでもあるからだ。
ただ、
「(ワンピースタイプは子供っぽいって思われたら嫌だし、でもビキニはちょっと露出が多くて恥ずかしいし、でもセパレートタイプは何か浮きそうだし……)」
鏡也が、桃のライバルであり色々と意識している男の子――カガミが来るのだ。
カガミの性格なら、何を選んでも悪くは言ってこないだろうけど――どうせ水着を着るのなら、かわいいって思って貰いたいのが女心だった。
ただ、鏡也が思わずかわいいって言っちゃうような水着なんて――
「思いつかないよぉぉ!!」
だって、あのセンスの塊のような音楽を作るカガミなのだ。
どれだけオシャレな水着を着ていけば、あの感性に琴線に触れることが出来るのか――カガミのレベルの高さを知っているが故に、想像が出来なかった。
桃は今、音楽と水着のかわいさになんの関連性もないことに気づけないほど混乱していた。
「桃ちゃん――助けて欲しいのです!!」
「え、柳ちゃん? 助けてぇえええ!!」
そんな折に現れた柳の存在。
桃は、わらにも縋る思いでその手を取り――二人は、一緒に水着を選ぶことにした。
◇
「桃ちゃん、スッゴくかわいいのです!!」
「そ、そうかな? でも、ちょっと露出が……」
白を基調として淡いピンクのラインが入った、桃のイメージにぴったりのビキニ。
下はとてつもなく短いミニスカートのようにひらひらとめくれ上がるのが良い感じにそそる。
桃は、その容姿と全体的に細身で、しかし、出るところはちゃんと出ている。女性的で魅力的な身体つきをしているから、その水着姿はある種暴力的なかわいさを醸し出していた。
「でも、スッゴく似合ってると思うのです!!」
柳は本心から口にする。しかし、その眩しすぎる桃の水着姿に少しだけ引け目を感じていた。
――こんなに桃ちゃんは綺麗でかわいくて。多分、撫子さんだって綺麗なのです……女の子の中で、私だけ見劣りしそうで不安なのです。
「じゃ、じゃあ、こっちとかどうなのです?」
柳は桃に、他のもっと露出が控えめな水着を選んで差し出す。
「ごめんね。私ばっかりで。柳ちゃんは、どんな感じの水着にするの?」
「そ、それは……なんかこう、地味で目立たない感じのが良いのです」
自信なさげに、特に胸の辺りを抑えながら柳は答える。
柳は、あまり胸のサイズに自信がない。――今まではバストサイズなんて気にしたこともなかったのだが、こうして改めて桃の水着姿とかを見てると、自分はなるべく目立たない水着を着て、ひっそりとしたほうが良いような気がしていた。
柳はカガミのファンであり、オタクなのだ。オタクはオタクらしく、ひっそりと推しの視界に入らないようにしながら、推しの水着姿を鑑賞するのが正しい。
以前までの柳ならそう思うのに、なぜだか今は胸の奥がチクリと痛んだ。
「もったいないよ!! 柳ちゃん、スッゴくかわいいのに!! ちょっと待って! ……こんなのとかどう?」
そんな桃の両肩に手を置いてから、桃は水着姿のまま店売り場に駆けて。一着の水着を取ってきた。
「これは、流石に派手すぎるのです……」
「そんなことないよ! 試しに着てみて!!」
桃に進められるまま、柳は試着する。
そして、桃が「スッゴくかわいい!」と言ってくれたので、柳は少し恥ずかしいけどその水着を買うことにした。
桃も、柳が選んだ水着を――露出の多さは気になるけど、色合いとか着心地とか、純粋に気に入ったので、それを買うことにした。
「柳ちゃん、今日はありがとね!」
「ここ、こちらこそ。ありがたかったのです!!」
二人はぎゅっと手を取り合って、お礼を言い合った。
その天真爛漫な笑顔と、不器用で照れくさそうな笑顔の裏には。少しだけ、鏡也(カガミ)を思う気持ちがあった。
◇
どんな水着を選べば良いか解らない。だから、撫子を頼ってメッセージを送った鏡也だったが、現実は非情である。
男物の水着は女性用と違って、種類も少なく、基本的には色以外そんなにデザインに差もなかったりする。
故に非情なのだ。
「(どの水着選んでも、俺の身体の貧相さが露呈する……っ!!)」
試着して、カガミを見てみるけど。やはり他人に見せられたものではない。
水着の色合いとか種類云々じゃなくて、純粋にお腹周りとか肩周りとか――その明らかに鍛えていない、軟弱な肉体が問題なのである。
「あぁ、もう。これにする……」
「ええ、鏡也くん水着姿見せてくれないの!?」
「付き合って貰といて、すみません。……あ、お礼になんか奢りますよ。なにか食べたいものとかありますか?」
鏡也は当日、パーカーを脱がないことを内心誓いながら暗い表情で撫子に聞く。
撫子は、鏡也の水着が見られないのが少し残念だったけど。まぁ、本人がこれだし仕方ないかと割り切った。
「あ、じゃあ、鏡也くんが私の水着選んで頂戴!」
「え、俺がお姉ちゃんのを?」
お姉ちゃん、とは言っても撫子のである。
いくら弟のように思われてるとは言え、撫子はスッゴく綺麗なお姉さんで――年頃の男子的に、全く意識するなと言う方が無理な話である。
しかし自分から水着選ぶの手伝ってと言っておきながら、こんな感じになってしまった手前、断りづらい。
ただ、男の子に水着を選べって――
そんなの性癖の暴露に等しい恥ずかしさを伴うのだ。
「当日、鏡也くんが選んでくれたの着るから!」
想像するだけで、ボッと耳が真っ赤に染まる。
「わ、悪いけど……勘弁して」
ちょっと涙目で、掠れるようにNoを絞り出すと、撫子は少し残念そうに。それ以上に、思いっきり照れる鏡也を愛おしそうに抱きしめた。
「無理言ってごめんね? 鏡也くんがかわいくってつい」
「か、からかったの?!」
「んふふ」
やっぱりお姉ちゃんには敵わない。そんなことを思いながら、上機嫌そうな撫子にべたべた触られていると、遠目に桃と柳の姿が見えた。
二人で一緒にお出かけなんて、いつの間に仲良くなっていたんだろう。
いや、同じ日に同じ目的で同じ場所に。偶然でも必然でも集まっちゃう辺り。
鏡也も撫子も、桃も柳も、仲良しなのである。
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