5話 出発!!
夏休み。先日高校を中退した鏡也や普段不登校気味な柳にはそこまで関係ないが、割と真面目に学生やっている桃にとっては学校が休みになる、言わば休暇である。
しかし、だからといって休めるかと問われればそうでもない。
鏡也は最近俳優業まで始めた超人気のヴォーカリストカガミで、桃も女優業を始めたりした新進気鋭の人気アイドルだ。
柳は最近作品が映画化したばかりの人気作家だし、勿論学生ではないが超人気女優の撫子だって、夏休み関係なく多忙である。
そう、彼らは別に夏休みだからと言って暇なわけではない。
いや、寧ろ夏休み故に。学校に配慮しなくて言い分、仕事はむしろ忙しくなる――一種、彼らにとってのかき入れ時と言っても過言ではないのである。
つまり、一週間前。「みんなで遊びに行こう!!」「なら海が良いのです!!」と言ったやりとりがあった彼らは「あー一週間後楽しみだなぁ」「早く来ないかなぁ」と考える間もなく。
何なら、休みを取るために寧ろ仕事を増やしたりして調整してたこともあって、約束の日は割とあっという間に来たのだった。
◇
待ち合わせ場所、いつか桃と待ち合わせた駅前には白を基調とした海兵服のようなデザインの服を着こなす美少女が、キャリーバッグに軽く腰掛けて佇んでいる。
「あ、カガみん!!」
あまりにも絵になる光景に思わず見惚れていると、弾むハープのような綺麗な声が響いた。鏡也は、自分が呼ばれていることに気付く。
鏡也の格好は、霹靂の蒼の撮影中。鏡也の怪我休み中に桃に選んで貰った、家にあった唯一のオシャレな服装だった。
「あの時の、着てきてくれたの? スッゴく嬉しい!!」
ぱぁっと桃は笑顔を咲かせて喜ぶが、その内心は嬉しいなんてものじゃなかった。――や、ヤバい!! かかか、カガみんが私の選んだ服を着てきてる!!
流石に鏡也、カガミなのだ。オシャレな服なんていくらでも持っているだろう。その中で敢えて自分の選んだ服を着てくれるなんて……
鏡也が囚人服以外の私服を持っていないことを知らない桃のにとって、鏡也があの時選んだ服を着てきたのは、鏡也の想像を遙かに超える意味合いがある。
社交辞令のようなお礼の裏で、桃はこれまでにないほどにドキドキと嬉しさと照れくささのようなもので内心は割としっちゃかめっちゃかだった。
「うん。この服、スゴくオシャレだったから。それと、オシャレと言えば桃の服、めっちゃかわいいね」
「か、かわ!? ……あ、あー、うん。ありがとう……」
桃は、かわいいなんて言われ慣れている。アイドルだし。
でも、鏡也に言われる「かわいい」はなんか、何度言われても慣れなくて。こんな状態で言われれば、もう目が回るほどにたじたじになってしまった。
「(って、言うか桃、なんか照れすぎじゃない!?!!)」
そんなにも桃に反応されると言った鏡也としてもスッゴく恥ずかしくなってくる。純粋にかわいいなって思ったから褒めただけなのに。
いや、そもそも純粋にかわいいとか思ってる俺ちょっとキモい? 少なくとも恥ずかしい奴であることは間違いない。
照れて、恥ずかしがって。そのせいで、高いテンションに反して静寂が訪れる。このタイミングでの静寂は、恥ずかしさが相手に伝わりそうな気がして、避けたい!
「そ、そう言えば。海、スッゴく楽しみだね!」
「そ、そうだね……」
楽しみなのは事実だ。心が躍ってるのも。
しかし、二人が楽しみなのは泳ぐことや海に行くことではなく、根本的にはカガミの、桃の水着を見ることが楽しみなのである。
だが、そんなことを口にしたら完全に変態だ。
故に、再び静寂が訪れた。
い、いつもなら柳がこのタイミングで「か、カガミ様! もう来てたのです? 桃ちゃんも!!」とテンション高く話しかけてくる頃だが、柳のことだ。昨日楽しみで眠れなくて、ちょっと寝坊しているのかもしれない。
撫子も、車を用意する関係上ちょっと遅くなるだろう。
しかし、今のタイミングの静寂は恥ずかしさとか下心とかそう言ったのが相手に伝わりそうで、思春期男女的には避けたいのだ。
鏡也も桃も、頑張って話題を考える。
そう言えば!!
「そう言えば、映画の打ち上げの時。私の学校に来ない? って言ってた奴、結局どうなったの?」
「あ、あぁ。あれ? お爺ちゃんに言ったら、急いで手続きをしようって言ってたって、言ってなかったっけ?」
鏡也は軽く思い返してみるが、そう言えば言われてない。
徐にスマホを取りだして、メールを見てみると、そう言えば先週か先々週かに、「学校の件、手続き出来たよ!!」みたいなメールが届いた気がする。
その時の鏡也は、水着の用意とか仕事のスケジュールの調整とか、海が楽しみとかそんなのでふわふわしてたからあんまり覚えてなかったが。
「い、言われてた! 今日のことが楽しみすぎて、ちょっと忘れてた」
「う、うん。私もスゴく楽しみだし……」
桃はもしかして水着見るの楽しみにしてるの、私だけじゃない? と思った。そうだと少し嬉しいな、と思う反面、私の水着ちゃんとかわいい奴だったよね? と、少しだけ不安になった。
そんな内心を隠しつつ、
「そう言えば、転校の件じゃないけど。お爺ちゃんが、カガみんに会いたいって言ってた。……だ、ダメかな?」
「それって、柳も一緒にってこと?」
「いや、純粋にお爺ちゃんがカガみんに会いたいみたい」
なるほど。桃が最初に言ったように「転校の件」とは別でってことなのだろう。
ファンなのか、純粋に人となりが気になるのか。鏡也は仕事柄、子供が会いたがってるから、などの理由でお偉いさんの家にお邪魔する機会もないわけではなかった。
それに今回は、転入するにあたって話してみたいってのもあるだろうし。それに、桃のお爺ちゃんって言うのにも、少し興味があった。
「うん、良いよ。夏休み中だよね?」
「いや、別にいつでも良いみたいだけど……良いの?」
「勿論! 桃のお爺ちゃんには、個人的にもちょっと会ってみたいしね」
「それってどういう……」
意味? 意味深な鏡也の言葉に問い返そうとして、聞き覚えのある声が響いた。
「カガミ様!! 桃ちゃん!! 遅れて申し訳ないのです!! 今日がスッゴく楽しみで、昨晩は寝られなくって、寝坊しちゃったのです!!!」
緑を基調とした半袖のワンピースに、白いカーディガン。カンカン帽を被った美少女、柳が急ぎ足で向かってくる。
時間的には三分の遅刻だ。
寝坊もあるがきっと、オシャレをしていたからでもあるだろう。
「別に良いよ。それより、その格好かわいいね」
「か、かわ!? そ、それよりも、カガミ様の格好の方がオシャレで格好良いのです!!」
柳は、鏡也の言葉に照れながらも、褒め言葉で返した。
いつもなら、それにありがとうと返す鏡也の背中の服をちょこんと、桃が摘まんでいた。
「ふーん。カガみんは、誰にでもかわいいって言っちゃう人なんだ~」
「え? お、怒ってる?」
「別に~」
頬を膨らませて、不満そうにしている桃。怒っているのか拗ねているのか、ご機嫌斜めなのは解るけど、鏡也はそんな桃をかわいいと思ってた。
なんか、ヤキモチ焼かれてるみたいで悪い気分もしない。
それを言ったら、いよいよへそを曲げられそうだから口を噤むが。
「ごめん! ちょっと遅くなった!!」
そんなこんなで、少し遅れて撫子が来る。
全員揃った。ならば、いざ出発だ!!!
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