12話 桃とカガミの打ち合わせ
鏡也と桃は、色んなところで共通点がある。
年齢が同じで、人気絶頂のミュージシャンであるとか。そんなにオシャレに頓着せず、メイクさんやコーディネーターに頼りがちなところとか。シャイなところとか。負けず嫌いなところとか。
性別と見た目は全然違うけど、内面は実質ドッペルゲンガー。
桃の「アイドルだけど世紀末シスターズは恋愛禁止じゃない」というあまりにも思わせぶりな台詞にドキドキバクバクしていた二人だが、音楽の話になるとそんな浮ついた色事もすっかり頭から抜け落ちる。
どういう方向性でやっていくか。メロディーはどこを合わせるか。どういう感じにしていきたいか。
機材をいじり、キーボードをいじり、ギターをいじりながら「あーでもない、こーでもない」と音楽を作る二人はもはや意識し合っていた男と女ではなく、尊敬できるミュージシャンとして真剣に接していた。
桃も鏡也も音楽が大好きで、音楽に対しては非常に真摯だった。
真摯故に時間を忘れ、熱中していた。
良い感じに大まかな形が出来上がって一段落。あとは歌詞を考えたり、聞きながら細かい音を調整していったりしたりしていく必要はあるもののそれなりに満足のいく曲が出来た頃には、携帯のデジタル時計が『22:30』を示していた。
「あ、やべ……」
鏡也は両親に友人の家に行くとは伝えていたけど、ここまで遅くなるとまでは伝えてない。
門限もないし、深夜徘徊は23:00~が条例なんだけど、それでも遅くなりすぎてしまった。
「あ……。カガみん、大丈夫なの? 夜も結構遅くなっちゃったけど」
「あぁ、まぁうん。大丈夫。うち、門限とかは特にないし」
別に鏡也は優等生というわけでもなく、多少夜遅くに出歩くことにさして抵抗があるわけでもなかった。
「って言うか、こっちこそ長居してゴメンね?」
「いいや! 熱中してたのは私も一緒だから!」
ぐるるるるる。
両手を合わせて謝る鏡也と、両手をあたふた振ってこっちもゴメンと返す桃。
いつもならここから「悪いのは自分だから」と収集が付かなくなるまで譲らない展開になるのだが、やはり何時間も作曲に熱中してたせいか、二人のお腹が同時に空腹の悲鳴を上げた。
「「あははははは……」」
めっちゃ恥ずかしい。桃も鏡也もお腹の音を聞かれた恥ずかしさで、口をもごもごさせるが、二人同時に鳴ったのが救いだった。
片方だけだったら恥ずかしさで憤死するところだった。
沈黙が場を支配し。鏡也は少し慌てたように「じゃあ、俺そろそろ帰るわ」と
「あら、貴方がカガミくん? 生で見るとやっぱり顔ちっさいわぁ。格好良い!」
桃の家を後にしようとしたら、桃の母親が出てきた。
「お、お母さん!? 帰ってきてたなら言ってよ!」
「言ったわよ。でも、桃もカガミくんも夢中になってたみたいだし、邪魔しちゃ悪いかなぁって思って。音楽作ってたの?」
「そうだけど!」
「そうだ。カガミくん、ずっと音楽作っててなにも食べてないでしょう? 良かったら晩ご飯、家で食べていかない? 一人分多めに作ったから!」
「お母さん!」
親が友人に絡んでくると言うのはやはり、子供としてはなんとも言いがたい羞恥心がある。
親としては、子供が仲良くやれてるか心配だし、どんな子なのか知っておきたいという感情もあるのだが、だからといって、桃はやはり恥ずかしかった。
正に昨日、撫子が家に来たときの鏡也の心境そのものである。
そんな桃にシンパシーを感じつつ、しかし空腹で正直このまま歩いて家に帰るのは辛そうだなぁと思っていた鏡也は、折角作って貰ってるみたいだし、とごちそうになる気満々だった。
「迷惑じゃなければ」
「カガみんまで!?」
桃としても、カガミと一緒に食事をするのに抵抗はない。寧ろ、一緒の食卓を囲むのは嬉しいまであるのだけど、それでも予期せず自宅で、というロケーションになると背中がもぞもぞっとする感覚がする。
それに、今の今までは音楽に集中して忘れていたけど、さっき思わせぶりで小っ恥ずかしい言動と取ってしまった手前、カガミと一緒に居るのがそもそも恥ずかしいのだ。
とは言え、あんまり拒んで、嫌ってるって勘違いされるのは絶対に嫌だし……。
「迷惑だった?」
「全く!」
こうなりゃなるようになれ! 桃は少しやけくそ気味に鏡也の手を引っ張って、リビングに向かう。その様を「若いって、良いわねぇ」と桃の母親は微笑ましげに見ていた。
◇
あれから鏡也は普通に、桃の家でご飯をごちそうになって。
桃の母親から「この子、前からそうだったけど、ここ最近輪をかけてカガミくんの話をするようになって」的な世間話を聞かされて、鏡也的には嬉しい反面桃的にはひたすらに恥ずかしい時間を過ごした。
鏡也も空腹に気を取られてすっかり忘れていたけど、ここは色んな意味で意識している女の子桃の家だと気付いて、急に居心地が悪くなる。
「もう遅いし、泊まっていかない?」
桃の母親は鏡也にそう問いかけるけど……流石にそれは身が持たない! ドキドキし過ぎて心臓発作で死んでしまう!!
とは流石に口が裂けても言えないので「家も近いので……」と断っておいた。
もったいないことをしたかもしれない。ちょっぴり後悔する鏡也。
そして桃も、泊まるって話が出たときは「(ムリムリムリ! 流石にこれ以上は心臓が持たないから!)」と焦っていたのに、いざ断られるとそれはそれで残念な気持ちになった。
そんなこんなで、日付が変わるほどに遅い時間に帰り着いた鏡也は母親に鏡也の分に作られた晩ご飯は明日の朝にでも食べると伝えて、さっとシャワーを浴びて、自室のベッドに突っ伏す。
なんとなくスマホの画面を覗くと、桃から一件のメッセージが届いていた。
『今日の諸々、恥ずかしいから忘れて!』
……なんか最近、忘れてメール多いなぁ。そんなことを思いながら、「かわいかったので忘れません」と返信しようとして思いとどまった。
いや、流石にこれは……鏡也が忘れてメールを送らなければならなくなりそうな文だ。
そこで、鏡也はふと思いつく。
「(そう言えば、今日もう普段のクソダサスタイル見られちゃったし、今なら自撮り写メ貰えるチャンスなんじゃね?)」と。
忘れて! のメールの返信としては支離滅裂だけど「忘れません」以外のメッセージも思いつかないし。
それに、今はお風呂上がりで髪もボサボサじゃないからキモさはかなり軽減されている自信もあった。
鏡也はベッドの上での簡素な自撮り写真と共に『おやすみ』の四文字だけ返信して、眠りに就いた。
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