20話 カガミくんは鏡也だ(確信)

 ここ数週間。


 桃の自宅でコラボ曲を制作したり、

 柳とデートをしたり、

 撫子の家で手料理を振る舞われたり。


 今までより、少しだけ人間関係の構築に意欲的になった鏡也は、着々と三人の美少女たちと仲良くなっていた。


 その一部始終を、ストーカーのようにつけ回し目撃していた少女がいる。


 その名は美緒。鏡也を振った幼馴染みである。


 美緒はここ数週間の間、カガミと鏡也が同一人物であるということを否定するために、鏡也をこっそり付けて回っていたのだ。

 そして、得た結論は


「やっぱり、カガミくんの正体は鏡也だった……」


 少なくとも、鏡也がカガミくんでなければ桃や柳や撫子のような綺麗な芸能人たちと一緒に出歩いていることの説明が付かない。

 それに、桃は鏡也のことを「カガみん」柳は「カガミ様」と呼んでいる姿も、その目で耳でしっかりと確認した。


 美緒は全身から血の気が引いていくのを、感じる。


 思い出されるのは、あの日。鏡也に告白された時の記憶。

 日頃から、深い隈、ボサボサの髪、ダサい私服。その全てがマイナスで、鏡也に対しては「気持ち悪い」と思っていた。


 挙げ句の果てに、そんな気持ち悪いやつがいきなり推しの「カガミくんの正体は俺なんだ」だなんて言い出す始末。

 腹も立つし、うっかり本音が漏れたって仕方がないだろう。


「って言うか、何よ! ……今まで隠してきたくせに。いきなり言われても……そんなの信じられるわけないじゃない!!」


 美緒は、常日頃からカガミと恋人になったり、結婚したり。そう言った妄想をしていて、本当に出来るならそう言う関係になりたいと強く望んでいた。

 そして、その気持ちはカガミの正体が鏡也であると知った今でも揺るぎなかった。


 でも、あんな振り方をした手前……今更どんな顔をすれば良いのだろうか。


 もっと早く気付いていれば。鏡也の言葉を信じていれば。

 機会はあったはずだ。……でも、普段の鏡也がアレじゃ、美緒じゃ絶対気付けなかった。


 美緒は面喰いである。

 美緒自身の容姿は並程度――良くて中の上といったところだが、不細工は差別するし悪だとも思っている。


 そんな美緒に、鏡也とカガミを結びつけるなんて――ストーカーまがいのことをしない限り、どだい無理な話である。


 でも、それでも……悔やんでも悔やみきれない。


「いや……」


 待てよ。

 美緒は、そう言えば鏡也は確かに美緒に告白をしてきていたことを思い出した。


 鏡也は、美緒のことが好きだったのだ。

 少なくとも、自分から告白してくるくらいには。


 幼馴染みに恋をする。

 その恋心は、もしかしたら一朝一夕のものではなくもっと長いもの。

 今でこそ、鏡也は傷心で美緒に関わってこないが……それでも、ずっと好きだった子をいきなり嫌いになるなんて、そんなことがあるだろうか?


 案外、こっちから仲直りを申し出ればあっちも喜んで飛びつくかもしれない。


 いや、鏡也の皮を被っているとは言え中身はあのカガミくんなのだ。

 むしろ、美緒の方から「気が変わったわ。やっぱり付き合ってあげても良いわよ」くらいは言ってあげても良いかもしれない。


 鏡也に対しては十分すぎる譲歩と言える。


 そうね。そうしよう!


 美緒は思い立ったが吉日とばかりに、鏡也にメールを送る。


『気が変わったわ。やっぱり恋人になってあげても、良いわよ』と。




                  ◇



 なんか、美緒からのメールが来た。


 どれくらいぶりのメールだろうか?

 内容は、気が変わったから、やっぱり付き合ってあげても良いと言う旨のものをやたらと上から目線で認められたものだった。


 鏡也は、久々に来た幼馴染みのメールに戸惑ってしまう。


「(……どうしよう。こう言うのってなんて返せば良いのか解らない)」


 正直もう、鏡也からすればあの日、告白して降られた日に美緒への思いが凍てつくほどに冷めてしまったのだ。

 失望と期待外れと、お互いのお互いに対する理解の薄さが原因で。


 でも自分から告白した手前、ぶっきらぼうに「いや、もう好きじゃないんで……」と返すのは些か如何なものかと思われる。


『俺も気が変わりました、やっぱり恋人にならなくても結構です

 は、ちょっとつっけんどん過ぎる。


『あの日のことは忘れていただけると幸いです

 ……文章が硬すぎる。


『……


 どうしよう。幼馴染みと関わらなさすぎたせいで、美緒との距離感が全く解らなくなってしまった。

 鏡也は悩みながら、メールをひとしきりいじって……


 メールを既読スルーすることにした。


 だって、なんて返せば良いのか解らないし。

 なんて返せば良いのか解らないなら、返さなければ良い。簡単な話だ。


 この数週間。鏡也は美緒と一切関わらずに生きてきたが、別になんの支障もなかった。別に鏡也は、美緒のことが嫌いになったとか憎いとかそういうことは一切ない。

 ただ、この返答に困るメールを無視したことによって、美緒と疎遠になったとしてもまぁ別に良いか、とは思っていた。


 メーラーの画面を一つ戻し、連絡先として登録されている『撫子』『桃』『柳』の名前を見る。


 桃は同業者で、カガミとお互いに認め合うファン同士で。

 素直に尊敬し合えるし、気が合うし、音楽に関してもマニアックで込み入った話だって出来る。

 それに、超絶美少女。


 柳は同業者じゃないが、美少女高校生作家で、今度カガミが俳優デビューをする『霹靂の蒼』の原作者だ。

 カガミファンとしても、美緒より熱心で、モラルもある。


 撫子に関しては、大好きなお姉ちゃんだ。


 だからって訳じゃないけど、この数週間。鏡也にとって桃や柳や撫子と積極的に関わっていった時間は本当に楽しいものだった。

 ウキウキしたし。ドキドキしたし。ワクワクした。


 美緒に恋していたときよりも、ずっと心が躍っていた。


 別に、美緒が気に入らないってわけじゃない。

 ただ、桃や柳や撫子が本っ当に魅力的すぎて、優しすぎて、愉快すぎて。楽しすぎるだけなのだ。


 勿論、自分みたいな人間が関われるのが奇跡みたいなスゴい人たちだけど。


 鏡也はそんなことを思うが、桃も柳も撫子も、鏡也が彼女たちに思っているのと同じように鏡也をスゴい人だと認めている。

 認めた上で、カガミのオフの『鏡也』の時の姿を知っても受け入れてくれる。


 そして多分、今後鏡也が桃や柳や撫子の新たな側面を知ったとしても、きっと受け入れるのだろう。


 確かに、鏡也の普段の姿はキモい。

 見る人が見れば、カガミの時と比べ酷く幻滅することだって致し方ないだろう。


 でも、鏡也は。それでもオフの時の自分を受け入れてくれる人と関わっていたいと思っている。その形が友人であれ、恋人であれ、家族であれ。

 つまり、要するに。普段の鏡也の姿をキモいと軽蔑し、忌避した美緒には鏡也と、そんな美緒の内面を知って幻滅した鏡也は。


 お互いに素の互いを受け入れられない以上、仮に恋人同士になったとしても、上手くいく道理なんてないのだ。


 とどのつまり。結論を言えば。

 鏡也はもう、美緒のことが全然好きじゃないのだ。

 

 友人であろうとすら、思えないほどに―――

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