21話 美緒は恋に落ちる
一週間経っても、二週間待っても、三週間……。
結局、鏡也からの返信がないまま時だけが流れていった。
最初の一週間、美緒は返信がないことを楽観視していた。
「(ははーん。いきなりのメールにびっくりして、返信が出来ずにいるのね! やれやれ仕方ないわねー)」
鏡也がカガミだったとは言え、以前告白してきたのだ。
きっと今も、私のことを好きに違いない。
あぁ、返信が来て恋人になったら何をしよう。
まず、私カガミくんと付き合ってます、ってSNSとかで自慢しまくって、それで、誕生日の時とかには私のためだけにカガミくんが一曲作ってくれて。
あ、あとカガミくんほどの人気ならお金も沢山稼いでるわよね?
だったら、プレゼントとかも欲しいなー。
そんな、いつもの妄想を。いつもよりも身近なものとして楽しむ美緒は、いつもよりもずっと心がウキウキし、ドキドキしていた。
二週間目。
「(あれ? なんで、こんなにも時間が経ってるのに返信が来ないの?)」
流石に美緒はおかしいと思い始めていた。
……もしかして、あの告白の一件で拗ねてる。いや、もしかしたら嫌われたのかもしれない。
悪い想像が膨らんでいく。
実際、鏡也は美緒のことを嫌っていない。
あの告白の日「好きな人」から「恋人にはしたくない知人」に変化しただけだ。
メールについての話ははぐらかすかもしれないが、鏡也に「あんたカガミなの?」って聞けば「そうだよ。気付かなかった?」と普通に答えるくらいはある。
学校でも同じクラスなんだし、直接話しかければ何か変わるかもしれないが。
メールの返信が一切来ないこと。
鏡也がカガミだったと言うこと。
それを知らずに、振ったのを後悔していること。
それらがどうしても心に突っかかって、話しかけられないのだと。この時の美緒はそう思っていた。
三週間目。
「(なにあいつ。囚人のくせに。鏡也のくせに……なんで急に格好良いのよ!?)」
相変わらずのもっさい髪。ちょっとよれた制服。深い隈。
教室にいれば心ない人たちから「陰キャ」と蔑まれ、大半の人からは特になんの印象も抱かれないようなそんな見た目の鏡也。
でも、鏡也がカガミと知ってから、なんかこうオーラが違うような気がするのだ。
これが後光効果とでも言うのだろうか?
以前はいつもだんまりなのがなに考えてるか解らなくて気持ち悪いって思ってたのに、カガミと知ってからミステリアスクールって思ってしまうし、
深い隈だって「自己管理も出来ないやつ」から、「きっと毎日頑張ってるんだろうなぁ」と印象が変わったし、
服がダサいのだって、普段はちょっとぐーたらなのがかわいいって思えるようになった。
そんな美緒の変化。
それは鏡也に対するイメージが変わったと言うのもあるが、それ以上に鏡也自身が変化した側面も大きかった。
以前は本当にいつもだんまりだったけど、今は「ちょっと熱心なカガミのファン」ってことになっていて、クラスメートから時折話しかけられており、その時に笑顔を見せるようになった。
以前の鏡也は常日頃「昨日も思うように歌詞が書けなかった」「どうしよう。新曲で失望されたら」「このメロディのどこが評価されたんだ? ファンは俺になにを求めてるんだ?」と、ネガティブな思考をしていて、それが表情に滲み出ていた。
故に、深い隈と相まって人相にも悪印象が強かったのだが、今は
「あ、桃からメールが来てる。来週も一緒に作曲……楽しみだなぁ」
「霹靂の蒼、脚本出来たんだ。じゃあ今度、お姉ちゃんと読み合わせだな」
「あ、柳が脚本めっちゃ良いって言ってる! 楽しみ」
と、考え方が前向きになって、それが鏡也の表情を明るくさせていた。
人間見た目が九割とは良く言ったものだが、これは決して顔の造形が整っているとか不細工だとかそう言う話ではなく、恐らくどういう表情をして、どういう背格好をしているか、という話なのだ。
陰鬱そうで、猫背で、愚痴ばかり吐くような人は顔の造形が整っていてもイケメンと言われないように。
逆に、自己肯定感が強くて、毎日楽しそうに笑っているような人は、多少造形が不細工だってついこっちまでその楽しさが伝染するようで、中々嫌いになれなくなるのだ。
美緒に振られてから、ほんの少し明るく変わった鏡也は本当に毎日が楽しくて。
日々をルンルン気分で楽しんでいる鏡也は、以前よりほんのちょっと魅力的になっていて。
とどのつまり、変わってしまった鏡也が思いの外格好良くて。
美緒は今更、鏡也の魅力に気付いてしまった。
「(嘘よ。こんなに、こんなに鏡也が格好良いわけがない!)」
今まで見下していて、軽蔑すらしていたのに。
なのに、急に意識して。同じ教室にいるだけでドキドキするし、なんか何気ない仕草が愛おしいし。
鏡也がカガミだって知ったから?
いや、鏡也が自分のことをカガミだって名乗ったときはぶん殴りたくなるほど腹が立った。
なのに、なのに……。
こんなタイミングで。
もう、鏡也は。カガミは、美緒の手の届かないところまで離れていってしまったのに。
美緒は、哀しいまでに鏡也のことが好きになっていた。
恋に落ちてしまったのだ―――。
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